第169話 死闘の果てに退路を断たれて
巨人のフォルクルと同じくらいの大きさだろうか。
俺の背丈をゆうに超す体格だ。兜のようなものをかぶった頭は、今にも天井にぶつかってしまいそうだ。
全身を覆うのは、黒鉄の鎧。
マントやシュルコーのような飾りは一切身につけず、戦士然とした姿を俺たちに見せていた。
「グ、グラっ、グラ……っ」
敵のあまりの体格にビビアナたちは戦意を喪失してしまったか。
巨人のガーディアンが腕をふり上げ――。
「きゃあ!」
やつの腕が天井に激突し、石の大きな破片が地面に落下する。
まずいっ。あのガーディアンに天井を崩落させられたら、俺たちはここで生き埋めにされるぞ!
「俺が注意を引きつける。お前たちはその隙に地上へ逃げるのだっ」
「い、いいんですかっ」
巨人のガーディアンが木の幹のような腕をふり下ろしてきた。
俺がふんでいた地面にやつの拳が落ちて、固い石だたみを打ちくだいた。
「とてつもない力だ。お前の膂力は俺やヴァールを凌ぐのだな!」
巨人のガーディアンに近づいてヴァールアクスをふり払う。
腰を狙ったが、一度の斬撃ではとても斬り落とせないか。
「グラートさま!」
ビビアナと兵たちは階段の前までたどり着いたが、俺を置いていっていいものか判断に迷っているようだった。
「地上へ早く出ろっ。ここで死にたいのか!」
「で、でも……」
「俺のことは心配するなっ。後で必ず戻る!」
巨人のガーディアンがうすく発光する!
両腕を地面につけてうずくまり、あの態勢から何を……電撃を八方へ放つ気か!
俺が後退するのと、やつが全方位の電撃を放ったのは同時だった。
白い光が波のように放たれて、暗闇のようなフロアが一瞬だけ真昼のように明るくなった。
「ぐっ!」
電撃が俺の四肢に絡みつく。
電撃は俺の身体を焼き、同時に身体の自由を奪ってくる。
感電して俺の身体が麻痺したのかっ。
ヴァールアクスは持てるが、腕に力が入らない。
「ビビアナたちは、全員地上へ帰還したか」
このような場所で生き埋めになどされるものか!
配下のガーディアンたちが俺の下へ殺到してくる。
感電して力は入らないが――
「俺の力は、こんなものではないぞ!」
預言士の先祖たちよ、末裔の俺に力をあずけろ!
腕の中にしまわれていた潜在力を解放し、ガーディアンたちを一斉に斬り払った。
「ドラゴンスレイヤーの力、とくと見よ!」
配下のガーディアンたちが上と下に引き裂かれる。
斧の衝撃で吹き飛んで、後ろでたたずむ巨人のガーディアンに激突した。
「お前もここで倒す!」
ヴァールアクスを引っさげて突撃する。
巨人のガーディアンに斬り払って、やつの右足を斬り落とした。
いけるぞっ。潜在力は感電を上まわるか。
巨人のガーディアンは移動できなくなったが、長い腕で俺を攻撃してくる。
槍よりも長い腕で水平に払われると、かわすのが困難になってしまう。
「くっ!」
やつの腕に足をすくわれて、態勢をくずしてしまった。
人型のガーディアンたちが続けて電撃を放ってくる。
「意思のない者たちにしてはよくできた連携だっ」
地面を転がって電撃をかわす。
すぐに起き上がって反撃し、人型のガーディアンたちをなぎ倒した。
巨人のガーディアンも、遠くにはなれた俺に電撃を飛ばしてくる。
やつが放つ電撃は、配下のガーディアンたちが放つ電撃とは威力が違う。
直撃すればきっと黒焦げにされてしまうだろう。
「お前を倒さなければ、俺は地上へは戻れないか」
巨人のガーディアンが階段をふさいでいる。
足を斬り落としてしまったから、やつをあそこから移動させることはできないだろう。
「お前の胸にある核を一撃で破壊する!」
感電していた身体は、元の状態に戻ってきた。
配下のガーディアンたちもほとんど葬った。
「巨人のガーディアンよ、さらば!」
俺は突撃して、渾身の力でヴァールアクスを斬り払った。
巨人のガーディアンは俺の動きに反応したのか、右腕で受け止めてきた。
ヴァールアクスがやつの腕を吹き飛ばしたが、胸まで刃は到達しなかった。
巨人のガーディアンが反撃で左腕を突き出してきた。
やつの剛腕が俺の左肩を貫き、そのまま後ろへ吹き飛ばされてしまった。
「ぐうっ」
まずい。左腕が動かない。
先ほどの攻撃で肩がはずれてしまったか。
巨人のガーディアンも右腕を斬り落とされて痛がっているのか、地団駄をふむように左腕をその場でふりまわした。
長い腕が壁や背後の階段にぶつかり、脆い木々のように破壊されていく。
「やめろ!」
あの階段が破壊されたら、俺は帰還できなくなるっ。
巨人のガーディアンを、早く止めなければ……。
立ち上がるが、左腕のぶら下がった肩がはげしく痛む。
この腕は、使いものにならないか……。
「右腕だけで、充分だっ」
ヴァールアクスをもち、右腕に全身の力を込める。
巨人のガーディアンが俺の気配を察知し、電撃を放ってくる。
「同じ攻撃は何度も通じんぞ!」
右に飛んで電撃をかわす。
跳躍して、片手でヴァールアクスをふり上げた。
「今度こそ、お前を倒す!」
腕を動かして、巨人のガーディアンの脳天にヴァールアクスをふり落とした。
落下の力を得た刃がガーディアンの頭を割り、胸の下まで一気に分断する。
腰のあたりで刃は止まったが、ここまで分断できれば充分だ。
巨人のガーディアンは動きを制止させて、うつ伏せに力なく倒れた。
「敵は、これですべて倒したが……」
巨人のガーディアンの背後にあった階段を見やる。
階段は、崩落した天井や破壊された壁によって、完全にふさがれていた。
俺の背丈と同じくらいの瓦礫がつらなって、俺を完全に閉じ込めてしまっていた。
「俺は、ここで生き埋めにされるのか」
黒い絶望感が心を暗く染める。
地上に戻れなければ、ここで野垂れ死ぬしかないのだ。
食事がとれずに飢えるのが先か。それともガーディアンたちに殺されるのが先か。
だが、どちらにしてもあと数日の命となってしまうのだろう……。
「あきらめるな! 地上への出口はここだけだと決まったわけではない。他の出口を探すのだっ」
気を強くもてっ。戦場で弱気になったら負けだ!
左肩の激痛を耐えながら、地下のフロアを捜索する。
ガーディアンたちはほとんど破壊したようだ。あれから姿をあらわさない。
警報の赤い光が灯ったままなのか、このフロアは侵入したときよりも明るい。
先ほど調査した小部屋にまた入ってみるが、出口にはつながっていないようだった。
「預言石はここにも落ちていたか」
土に埋もれる預言石を拾い上げる。
俺の手におさまる預言石は、変わらずに紫色の光を放ち続けている。
これを探しにきたはずであったが、道に転がっている石ころのように見えてしまった。
向こうの壁に、また大きな壁画が描かれていた。
この絵は、ガーディアンたちなのか? 先ほど倒した巨人のガーディアンたちが何体も描かれている。
巨人の上には、塔のように高い雷――
これは、ガーディアンたちが災いを起こすことを予期したものなのだろうか。
預言士たちは、ガーディアンたちに殺されたのか――
「ぐっ」
肩の痛みに耐えられない。出口を早く探さなければ。
細い回廊を引き返し、地底湖のある場所へともどってきた。
湖は暗闇の向こうまで静かにたたずんでいる。
「この水は飲めるのか? いや、食料すら得られないこの状況下で、飲み水の選択などしている場合では――」
地下のフロアをまた警報が劈いた。
「また警報だとっ」
ガーディアンたちはすべて倒したのではなかったのか!
左右の細い回廊から、人型のガーディアンたちがぞろぞろと姿をあらわす。
その数は……六体か? いや、八体か。
「俺はいよいよ、ここで力つきるか」
左肩がつかえず、絶望感に打ちひしがれたこの状態では、この者たちを倒せない……。
「弱気になるなっ。あきらめた瞬間に死ぬのだぞ!」
ガーディアンたちが腕を突き出してくる。
槍のように尖った腕が俺の腰を刺した。
「ぐ……っ。させるか!」
反撃で先頭のガーディアンをねじ伏せる。
だが、片腕でヴァールアクスを器用にふりまわせない。
後続のガーディアンたちに胸を打たれ、俺は湖の岸まで追いつめられてしまった。
感情をもたないガーディアンたちが電撃を放ってくる。
五体のガーディアンたちから放たれたが、右も左も湖。
電撃をかわすことができない……っ。
「ぐお……っ」
強烈な電撃が俺の全身を焼く。
かっと白い光が視界をさえぎって、俺は何も見えなくなってしまった。