第168話 虹色にひかる水晶と、赤くひかる異変
遺跡の地下のフロアは、地上の遺跡と同等か、それ以上に広い場所のようだった。
地上へとつながる階段があるフロアへ戻り、まっすぐに伸びる回廊を進んでいく。
ガーディアンに守られたこの道はゆるやかな坂になっていて、坂の終端は湖につながっていた。
「こんなところに泉があるんですね」
ビビアナが水面をそっとのぞき込む。
「ここは地下水が溜められた地底湖なのか? かなりの水量だな」
「そうですねぇ」
地底湖は暗闇の奥まで続いている。
永遠に続く暗闇をながめていると、魂が吸い取られてしまうような錯覚に陥る。
「グラートさま。どこまで調査を進めるんですか」
「そうだな。もう少し調べてみたいと思っているが」
ビビアナと兵たちは砂と泥で顔や衣服をよごしている。
口には出さないが、かなり疲れているのだろう。
「長居は危険だ。預言石を探して、早くエルコへ戻ろう」
このフロアの地面は、ところどころが石だたみになっている。
元はすべての地面が石だたみであったが、無限の歳月を経て風化していったのか。
「なんか、広い空間とちいさな部屋がたくさんつながってるんですね」
「そのようだな。現代の街の常識では考えられない建物の構造だ」
広大なフロアと小部屋が細い回廊でつながって、迷路のような構造になっている。
広いフロアのところどころで壁らしき瓦礫が転がっている様子を見ると、元は石壁で細かく仕切られていたのかもしれない――。
「グラートさま!」
ガーディアンがまたあらわれたか!
わずらわしい金属音を発しながら、人型のガーディアンたちが道をふさいでいた。
「ふっとべ!」
右足をふみ込んで、ガーディアンたちをヴァールアクスで一閃する。
先頭のガーディアンを破壊することはできたが、固い身体がヴァールアクスの勢いを止めてしまう。
後ろでひかえていたガーディアンたちまで破壊することができなかった。
ガーディアンたちが剛腕をふりまわす。
「グラートさまっ!」
ヴァールアクスで受けて直撃はさけたが、打撃の勢いまで相殺することができない。
吹き飛ばされて、背後の壁に背中を打ちつけてしまった。
「みなさまっ、グラートさまを守って!」
「おっ、おお!」
ビビアナと兵たちが前に出てくれたが、
「気をつけろっ」
ガーディアンの鋼鉄の身体は強靭だ。
ビビアナが放つ弓では太刀打ちできないかもしれないっ。
「はっ!」
ビビアナが弓矢をかまえて狙いをさだめる。
弦を張っている弓と矢の先が緑色にひかっている……?
「どいてくださいっ」
ガーディアンの攻撃を食い止めていた兵たちが、左と右に退避する。
ビビアナが決然と矢を放つと、矢は緑色の力とともに中央のガーディアンを射抜いた。
矢がガーディアンの胸に突き刺さると同時に、彼を吹き飛ばす。
他のガーディアンたちも衝撃に巻き込まれて総崩れとなった。
ビビアナ……すごいぞ!
「ドラスレさま!」
「後はまかせろ!」
きみはいつの間にそのような技能を身につけたのかっ。
壁を蹴り、突進力をつけてガーディアンたちに接近する。
ヴァールアクスをふり上げて、総くずれになっていたガーディアンたちを斬り倒す!
「さ、さすがっ!」
俺の全力を受けたヴァールアクスは、ガーディアンたちの鉄の身体を粉砕した。
衝撃でガーディアンたちの固い身体が鉄の破片となって宙を舞った。
「ビビアナ。きみは、いつの間にそのような技を習得したのだ」
ヴァールアクスを置いてふり返ると、彼女は照れくさそうにもじもじしていた。
「その……アダルさまとジルダさまから、教わりまして」
「ふたりが教えてくれたのか? あのふたりは、弓に関しては無知のはずであるが」
「はいっ。その、弓に魔力を込めたら、強くなるんじゃないかって、教えてくださいまして」
弓の技術と魔法を組み合わせたのか。
「魔道師らしいふたりの発想だな。すばらしい技術だと思うぞ」
「あ、ありがとうございますっ」
健気な彼女をのんびり賞賛している余裕と時間はない。
このガーディアンたちは何体いるのか。
意思をもたない彼らとの戦いは持久力が消耗される。
調査が長期化すれば、俺たちがどんどん不利になっていくことだろう。
「ここで立ち止まってはいけない。この先を調べたらエルコへ戻ろう」
「はいっ」
ガーディアンの襲撃にそなえながら、遺跡の細い回廊を進んでいく。
いくつかの小部屋にまたつながっていて、巨大な壁画や何かの装置らしき物体が発見された。
「グラートさま。これは、なんでしょうか」
「さあな。この手の知識は有していないから、わからないな。シモン殿であれば、何かの答えを導き出せるのかもしれないが」
立方体の、明らかに人の手によってつくり出されたものだ。
表面は砂でざらざらしている。
ただの台座にしか見えないが、預言士たちが特別な用途でこの装置を使用していたのだろうか。
「グラートさま。まわりに何か落ちてますっ」
装置のそばで屈んでいたビビアナが拾ったのは、水晶か?
虹色にひかる水晶だ。預言石とは異なるようだが……。
「きれい……」
「これは宝石か? 預言石ではないようだが、これも預言士たちが残したものなのか?」
こういうとき、おのれの考古学や歴史に関する知識のとぼしさを恨めしく思う。
「水晶にも見えますけど、洞窟とかで自然につくられるような水晶とは違うんですよね」
「そうであろうな。自然に生み出された水晶や石であれば、こんなにきれいな形にならないだろう」
この水晶も念のためにもって帰るか。
「この部屋は他にめずらしいものは――」
目の前の巨大な壁画をぼんやりと眺めていると、大きな音が突然鳴りはじめた。
「な、なんですか!?」
不快な音とともに部屋全体が赤くひかりはじめていた。
ガーディアンたちが放つ光線とは違う。松明に似た光の色……?
「グラートさまっ。これは……」
「わからない。だが、おそらく俺たちにとって都合が悪いものであろうっ」
俺の心が危殆を訴えている。
部屋中を照らす禍々しい光が、心の底にある不安と恐怖を呼び起こしていた。
「ここの調査はこれで終了だっ。地上へ戻るぞ!」
「はい!」
急げ!
でなければ、俺たちはここに閉じ込められることになるぞっ。
地底湖がひろがるフロアに戻ると、様々な容姿のガーディアンたちが殺到していた。
「きゃぁ!」
「この者たちはこの警報を聞きつけてきたのか!」
このガーディアンたちは、俺たちの居場所がわかるのかっ。
無表情の彼らが太い腕をふり下ろしてくる……!
「ええいっ、邪魔だ!」
ヴァールアクスを強引に斬り払う。
ガーディアンたちを無理やりなぎ倒して血路を開いた。
「この者たちを相手している時間はないっ。地上へ早く戻るのだ!」
「わかりましたっ」
この地下のフロアに部外者を侵入させないように、預言士たちが仕組んでいた罠だったのか。
ガーディアンたちは、主である預言士たちに忠実なのであろう。
部外者である俺たちを認識して攻撃をくり出してくる。
「わたしだって……」
ビビアナたちもガーディアンたちに反撃を試みてくれる。
屈強なガーディアンたちを倒すことはできないが、脱落者はひとりも出ていないか。
「追ってくる者にはかまうなっ」
「はいっ」
地上へ戻る階段は……あれか!
ビビアナと兵たちを階段へと送り出して、俺は殿でガーディアンたちを相手する。
ガーディアンたちは一定の規則で腕をふり下ろしたり、電撃を一帯に放ってくる。
同じ動作を永遠に繰り返す様子は、やはり意思や生命が感じられない。
この者たちは、預言士たちによってつくられた人形なのだ。
何百年……いや、何千年もこの雨にすら当たらない場所を守護することを命じられた、かなしい定めを負った者たち。
「中途半端な情けをかけるより、ひと思いに破壊してやるのが、お前たちのためなのか――」
「きゃあ!」
ビビアナの悲鳴!
「どうした!」
ビビアナと兵たちは、地上に戻る階段の前で立ち往生していた。
階段の前で、巨大な影が立ちふさがっていた。