第166話 プルチアの古代遺跡へ
次の日に俺は、ビビアナやテオフィロ殿と協力しながら村で聞き込みを行った。
インプたちが本拠地としていた遺跡は、村からそう遠くない、南西に進ん先にあるようだ。
「グラートさま。遺跡の手がかりがつかめてよかったですね!」
五十人ほどに聞き込みをしたが、ビビアナは疲れた顔を見せずに言ってくれた。
「そうだな。預言士と預言石の調査を、これでなんとか進めることができる」
「プルチアに預言士さまの遺跡なんてあったんですねぇ」
プルチアの遺跡が預言士たちの遺跡であるかどうかは、まだわからない。
だが、彼らが支配していた国が大陸の西を制覇していたことを考えると、あの遺跡が預言士たちの遺跡である可能性は充分に考えられる。
「預言士たちの遺跡であると決まったわけではないが、期待してもいいかもしれない」
「そうですよね! 絶対に預言士さまの遺跡ですよっ」
「そうだな。プルチアの先住民たちが残した場所かもしれないが、預言士たちの国が大陸の全域を支配していたことを考えると、ここも預言士たちの支配下にあった可能性が高い」
それほど強大な国を支配していたのに、預言士たちはどうして滅んでしまったのか。
預言士と超文明に興味をかき立てられるシモン殿の気持ちが、少しわかるかもしれない。
「では、またテオフィロさまと遺跡の調査をしに行くんですね!」
「いや、テオフィロ殿はもう呼べない。あの方も忙しい方だからな」
「えっ、じゃあ、どうするんですかっ」
テオフィロ殿の力は借りられないが、プルチアの土地を自由に調べていいと許可を得ている。
「プルチアの遺跡を占拠していたインプたちは追い払った。俺ときみだけでも調査はできるだろう」
「わたしたちだけで、だいじょうぶなのでしょうか」
「案ずるな。プルチアの魔物が出たら、俺が斧で追いはらう。きみは後方支援をたのむぞ」
「はいっ。わかりました!」
ビビアナが元気よく返事した。
* * *
装備や食料をととのえた後に、俺はビビアナと数名の兵をつれて遺跡へと向かった。
道案内に従い、道中に出現する魔物を倒しながらプルチアの森を進んでいく。
高い樹木によって隠された土地は、陽の光がとどかないせいか昼間でもうす暗い。
地面はぬかるみ、雑草やきのこが無数に生えていた。
「また、この森を進まないといけないんですね……」
ビビアナがぬかるんだ地面に辟易している。
「そうだな」
「ラヴァルーサから逃げてたときも、大変、でしたけど……ここも、大変……」
プルチアは東のラヴァルーサやアゴスティとくらべて、水分量が多い土地だ。
作物は育ちやすいが、雑草や有害となる植物も育ってしまう土地柄だと言える。
「どこも土地ならではの弱点というか、特徴がある。ここはアゴスティとずいぶんと環境が異なるが、この土地ならではの問題にテオフィロ殿や村の者たちは悩まされ続けている。苦労せずに住める土地はヴァレダ・アレシアにはないのだ」
「グラートさまは、どこに行っても涼しい顔をしておられますよね……」
人並みに苦労や疲れを感じているのだがな。
途中で休憩をはさみながら、プルチアの森を進んでいく。
インプの王のボルゾフを追っていたときも、俺はアダルジーザとこの道を通っていたのだろうか。
「プルチアって、行けども行けども草と木ばっかりですね……」
「そうだな。サルンも山は多いが、ここほど自然ゆたかではない」
「自然ゆたかというか、人の手が入ってなさすぎな気がしますけど」
洞窟のように暗く入り組んだ森のむこうに、光の出口が見えた。
「グラートさま! あそこではないですかっ」
「ああ、きっとそうだっ」
ひかり輝く出口を抜けると、森の拓けた場所にたどり着いた。
一面を支配しているのは、四角い石で形成された人工物。
地面は石だたみで舗装され、施設のまわりを高い石壁が保護している。
石壁よりも高い柱が天を突き、不思議な形のモニュメントが入り口を飾っていた。
「グラートさま。ここが……」
「そうだ。おそらく、預言士たちの遺跡だ」
ラヴァルーサから逃げていたときに立ち寄った、パライアの遺跡にそっくりだ。
この遺跡も屈強なガーディアンが守っているのだろうか?
「この遺跡は強力な魔物によって守られているかもしれない。皆、注意しながら進むのだ」
「はいっ」
遺跡の入り口にそっと近づく。
見たところ、あのガーディアンの姿はない。
ここは預言士の遺跡ではないのか?
それとも、パライアの遺跡が特殊だったのか。
建てられてから幾度となく雨風にさらされていたせいか、壁に無数の亀裂が走っている。
床も割れて、石片があちこちに散らばっている。
たくさんの穴が開いて、かなり歩きにくい。
「グ、グラートさま、あれっ」
ビビアナが指先を少しふるわせながら向こうを指した。
彼女がしめす先に、焼き焦げた痕があった。
床と壁の一帯が不自然に黒く焦げている。
複数の焚き火の跡に、無数に転がるちいさな骨。
「これは、インプたちの骨だな。おそらく、俺が前に葬ったインプたちだろう」
「そ、そうなんですね」
「プルチアで悪事をはたらいていたインプたちは、ここを自分たちの拠点にしていた。俺はエルコを守るため、ここに潜入して彼らを葬った」
「さすがですっ」
あのときは夜中だったから、どの程度燃えていたのか、よく把握していなかった。
明るい時刻に改めて見ると、炎の被害はかなり大きかったことがわかった。
「インプたちはずる賢い者たちであったが、戦う力をもたないため、俺にあっさり滅ぼされてしまった。悪い者たちであったが、彼らにも慈悲をあたえるべきであったな」
遺跡をゆっくりと散策してみる。
ここは預言士の住居だったのか、家屋のような建物がひしめくように建っている。
建物の奥には、水汲み場と思われる井戸。そのまわりを公園のように整備された跡があった。
「ここは公園だったようだな。今はもう雑草が生い茂ってしまっているが」
「預言士の方も、公園でゆっくりと過ごされてたんですね」
ビビアナの言う通り、預言士の暮らしは人間と大差ないように思える。
「預言士は人間とほとんど変わりない。神の生まれ変わりなどではなかったということだ」
「神の、生まれ変わり……?」
「ヒルデブランドが、前にそう言っていたのだ。預言士は神から力を授かったと。だが、預言士は神などではない。人間と同じように地上で暮らしていたのだ」
この遺跡に預言石はないのか。
預言石が鉱石の一種なのだとしたら、地面に埋まっているのか?
「グラートさま。何をされてるんですか?」
足もとに落ちている瓦礫をどかしてみるが、預言石らしき石は見あたらない。
「預言石がどこかに落ちていないかと思ってな。預言石が鉱石なのだとしたら、地面に埋まっているかもしれない」
「そうなんですかね」
バッグから携帯用のツルハシをとり出して、地面をけずってみる。
地面を掘っても預言石は出てこないか。
「こんなことをしてて、預言士さまの手がかりが見つかるんでしょうか」
「この方法では、きっと見つからないな。遺跡をもっとくまなくさがしてみよう」
携帯用のツルハシをしまって、遺跡の捜索を再開させる。
ここは預言士たちの街だったのか、それほど特徴的なものは……あの穴は、なんだ?
「あれは、階段か?」
住居の跡に、地下へと続く階段がひっそりとたたずんでいる。
近づいて、中をそっとのぞき込んでみる。
暗闇でよくわからないが、だいぶ深いところへと続いているようだ。
「どこに、つながってるんでしょうか」
「わからないな。だが、ここを調査する以外に、俺たちに残されたすべはないだろう」
階段をふさぐ重い石片をどかす。
ビビアナに松明を用意させて、俺は階段へと足をふみ入れた。