第165話 テオフィロと夜の街へ、プルチアの次なる調査は
クモの巣であった巨大な洞窟を捜索したが、預言石は見つからなかった。
なんらかの有益な鉱石が見つかる場所ではあったが、預言士の調査につながるものではなかった。
「預言士さんの手がかりは、結局見つかりませんでしたね」
エルコに帰還して、テオフィロ殿が手配してくれた宿舎で腰を落ちつかせる。
ビビアナが宿舎に訪れて、深いため息をついた。
「そうだな。有益な鉱山を発見することはできたが、預言士の調査は進まなかった」
「ここでは、預言士さんの手がかりになる遺物や遺跡は見つからないのでしょうか」
ビビアナの問いに口をつぐむ。
「ここの土地はかなり広いみたいですし、ひとつひとつの山を探してたら、きりがないですよ」
彼女の言う通りだ。
アルビオネや隣国の情勢も考えれば、プルチア全土をくまなく調べている余裕などない。
「まだ捜索を続けられるんですか」
「いや、どうかな。捜索を続けたい気持ちはあるが、うかうかしていられないというのが実情だ」
「じゃあ、サルンへお帰りになられるんですか?」
ビビアナのきびしい質問がとぶ。
プルチアの捜索をもう少しだけ続けたいが、無計画な捜索をするわけにはいかない……。
「グラート。いるか?」
扉をこんこんとノックされて、テオフィロ殿が入ってきた。
「いたか……ああ、お嬢さんもここにいたのか。遠いところまで山登りさせてしまって、すまなかったな。ひと仕事おえた後だし、これから酒でも飲まないか?」
「ありがたい。同席させていただこう」
「よっしゃ! お前はやっぱり話がわかるやつだぜっ」
こういう日は酒を飲んで、気持ちを切り替えた方がいい。
「お嬢さんも、いっしょに来るかい?」
「い、いえっ。わたしは、グラートさまとテオフィロさまの邪魔なんてできませんからっ」
ビビアナが右手を出してかぶりをふった。
「俺たちのことは気にしなくていいんだがな。なぁ、グラート」
「そうだぞ。俺たちに妙な気を遣っているのであれば、そのようなものは不要だ」
「はい……」
ビビアナはどうやら酒を飲む気分ではないようだ。
「また次の調査を依頼することになるだろう。今日はゆっくり身体を休めるのだ」
テオフィロ殿に連れられて、エルコの東にあるメインストリートへと足をはこぶ。
エルコはあれから発展したのか、三軒ほどの飲食店が確認できた。
「エルコもずいぶん変わっただろう? お前がいた頃から、人がかなり増えたんだ」
「そのようだな。酒を飲める場所なんて、俺がいた頃にはなかった」
「プルチアは都から遠いから、店って言っても大した料理はないけどな!」
テオフィロ殿の行きつけだという店に案内していただく。
簡素だが広い店内に丸テーブルがいくつも並べられている。
席は鉱山ではたらく労働者で埋め尽くされている。
店内は酒と油のにおいが充満し、陽気な労働者たちの喧騒でにぎわっていた。
「あちゃあ。席はほとんど埋まってるな」
「それなら、他の店に行くか?」
「いや。カウンターの端の席が空いている。あそこにしよう」
テオフィロ殿が右奥のカウンターを指した。
労働者たちであふれ返っている酒場を見ると、フォレトの酒場を思い出す。
「お前は騎士になったのに、こんなとこに連れてきやがってって文句を言わないんだな」
「当然だ。俺は元冒険者だ。なぜ文句を言う必要があるのだ」
「いんや。騎士になったんだから、もっと贅沢なくらしをしてるんじゃないかと思ってな」
贅沢なんて、少しもしていない。
「そういう騎士もいるとは思うがな。贅沢をするのが美徳だとは俺には思えない。羽目をはずしても民からの信望をうしなうだけだ」
「そうかもしれんがな。アダルさんは、もっと贅沢したいと思ってるんじゃないか?」
アダルジーザは、そのような女性ではない。
「アダルとちゃんと会話していないが、そのような希望をもっているようには見えないな。サルンの農地をたがやして楽しんでいるようだからな」
「へぇ。お前たちは本当に贅沢とは無縁なんだなぁ」
カウンターにふたつのエールが置かれる。
このエールは、流人としてここで生活していたときから慣れ親しんでいたものだ。
大量の水に少量のアルコールが入っているだけだが、ノドを通ると不思議と気持ちが落ちついてくる。
「お前が騎士になったっつうから、どんなやつに生まれ変わっちまったのか気になってたんだが、むかしとちっとも変わってないな!」
「そうだろう。騎士になっても、俺は俺だ。魔物がいれば斧をとって戦うし、民たちと同じ食事をとる。考えや生活習慣を変えるのはむずかしいだろうな」
「そうだな。俺も結局、お前がここにいた頃からちっとも変わってねぇし、お互い様っつうわけだな!」
テオフィロ殿もあれから昇進して、プルチア全土を陛下からまかされているはずだ。
成果を出せばテオフィロ殿も騎士になれるのかもしれないが、そういうことにはあまり関心がないようだった。
「どうでもいい雑談はこの辺でおわりにして、お前の調査をどう進めていくかだな」
魔物の肉の塩漬けに手をのばす。
これはグランドホーンの肉か。臭みはとれているが、塩味がかなり強い。
「それを先ほどビビアナと話していたところだ。俺たちにはそれほど猶予がない。効率よく調査を進めたいところであるが、よい案が浮かばないのだ」
「それはまぁ、そうだろうな。プルチアはヴァレンツァの十倍以上も広いからな」
プルチアに預言石が落ちている場所はどこか?
どこかにはあるはずなのだ。だが、どうやれば探し出せるのか。
「お前たちが探してるのは、預言石っつう危ない石だったな。先住民のインプたちだったら、何か知ってたのかもしれないがな」
テオフィロ殿が山菜と肉の炒めものをつまむ。
アゴをもごもごと動かして、「にげっ」とつぶやいた。
「インプたち、か。彼らに会うことはできるだろうか」
「それは無理だ。俺たちがやつらを追い出してから、やつらはどこかに消えちまった」
「そうか」
「やつらを探すヒマがあるんだったら、その預言石っつう石を直接探した方が早いぜ」
あのときはインプたちからエルコと採石場を守ることしか考えていなかった。
インプの王を殺したのは、やりすぎだったか……。
「あいつらがいたとしても、預言石のことを知ってるとは限らねぇし。それ以前に、俺たちには協力しないだろ、あいつらは」
「それもそうだな」
インプたちに頼る案も使えないか。
「プルチアの西の端まで行けば、もう少し有力な手がかりがあるかもしれないけどな。だが、何日かかるかもわからん場所を目指すのはリスク高すぎだぜっ。あーっ、どうすりゃいいんだよ!」
テオフィロ殿が、ばんとカウンターをたたいた。
プルチアの西端には行けないが、もう少し近い場所に手がかりはないか……。
インプといえば、アダルジーザとインプたちの本拠地に行ったな。
あそこは古い遺跡のようだったが、調べてみる価値はあるだろうか?
あのときは行ったのが夜であったことにくわえて、当時は遺跡に関心などなかったから、深く考えずにあの遺跡を後にしてしまった。
あの遺跡が、超文明時代の遺跡であれば……。
「グラート?」
「インプで思い出したのだが、俺が前にアダルジーザとインプたちの本拠地に忍び込んだとき、古い遺跡に立ち寄ったかもしれない」
「古い、遺跡?」
「インプたちは、プルチアの古い遺跡を自分たちの基地として利用していたのだ。俺は遺跡に熟知していないが、あの遺跡を調査する価値があるかもしれん」
「それだ!」
テオフィロ殿が赤い顔で声を張った。
「よくわからんが、お前たちが追い求めてるのは古代文明なんだろ? その遺跡は古代につくられた施設に間違いないぜ!」
「まだ確証はないがな。遺跡といっても、つくられた時代はさまざまだ」
「だが、なんの方針もなく闇雲に調査するよりマシなんだろ? 決定じゃねぇかっ」
次の調査は、これしかない。
「だが、そうすると次に問題になるのが、その遺跡の場所だ。俺たちは夜陰にボルゾフを追跡していただけだから、あの遺跡の場所はわからないのだ」
「むぅ、そうだな。こればっかりは、どうしようもならん」
あの遺跡を探す手がかりはないか。
「村の者たちに聞き込みをするか。そんなに遠い場所じゃないんだから、だれか知ってるかもしれん」
「そうであってほしいな」
俺はエールを飲みほして、店主に追加のエールを注文した。