第163話 プルチア捜索隊再結成!
夜に盛大な宴会が開かれて、その三日後に鉱山の捜索が開始された。
エルコの警備兵と労働者から選りすぐりの者たちが広場に集められた。
捜索隊のリーダーとしてテオフィロ殿が就き、陽が東の空へ昇ったときに俺たちはエルコを発った。
「わかってると思うが、俺は大して戦えないからな。魔物があらわれたときは、お前に指揮をあずけるぞ」
プルチアの森に入ってすぐに、俺の後ろを歩くテオフィロ殿が言った。
「わかっている。だから、捜索隊の総指揮をテオフィロ殿にまかせたのだ」
「プルチアの土地勘は俺たちの方がある。捜索場所の目ぼしもだいたいつけてるから、お前は戦いに集中してくれればいい」
「テオフィロ殿も、すっかりプルチアの専門家になられたということか。当てにしているぞ!」
「ははっ。そんなんじゃないさ」
テオフィロ殿がかぶりをふった。
「お前がジルダやアダルさんと金鉱をさがしてたときは、ネグリさんが邪魔で同行できなかったっけな」
「ネグリ殿は宮廷から参られた客人だからな。しかたないさ」
「あのときはネグリさんから無茶ぶりされて、大変だったな。ネグリさんはあの後もちょこちょこエルコに来てるんだが、あれから人が変わっちまったように優しくなってな。ちょっと気味が悪いんだよ」
ネグリ殿が前にプルチアに来たときは、テオフィロ殿やプルチアに対して良い感情をもっていなかったのだろう。
しかし、プルチアの価値が見直されて、ネグリ殿も考えを改めたのだろう。
「俺が宮殿に出入りするようになってから、ネグリ殿には何度もたすけられている。あの方は根が優しい人なのだ」
「あんな偏屈な人でも、お前にかかればイチコロなんだろうなっ。エルコに来ても、あの人はお前の話ばっかしてるんだぜ。よっぽど気に入ってるんだろうな!」
それは知らなかったな――。
「うわぁ!」
先頭を歩く兵たちの悲鳴!
俺たちの前にあらわれた三体の黒い影は、ホーンベアか!
「グラートさま!」
「まかせろ!」
ヴァールアクスを引っさげて、兵たちの前に出る。
「ふっとべ!」
左足をふみ込んで、ヴァールアクスを一閃する。
先頭で威嚇していたホーンベアの胴を裂き、一撃で彼を屠った。
「おおっ」
「す、すげぇ!」
残る二体のホーンベアが前肢を地面について威嚇を続ける。
俺よりも大きな体躯は驚異的だが、腰が引けているぞ。
「命をうしないたくなければ下がれっ。魔物とて命を無駄にうばう刃はもちあわせていない!」
ヴァールアクスを地面につけて大喝すると、ホーンベアたちは尻を向けて逃げていった。
「ひゅぅ! あいかわらず、バケモンみてぇな強さだなっ」
テオフィロ殿がうなるように言った。
「サルンに居をかまえてからも戦いの連続だったからな。どのような巨獣があらわれても問題なく対処できる」
「この国で、お前に勝てるやつはひとりもいないんだろうな。たのもしいかぎりだぜ!」
道中にあらわれる魔物たちを倒しながら、プルチアの中央部へと進んでいく。
道といっても人によってふみならされた場所ではない。
人の手が入らない森の中で歩きやすい場所をさがしながら調査をするのだ。
地面の傾斜のひどさはもちろん、ぬかるんだ悪路や沼地に差しかかると捜索隊は思うように進まなかった。
「ドラスレさまっ。そろそろ、休憩しませんか」
陽が西にかたむいた頃に、ビビアナが根をあげた。
「そうだな。皆の体力が回復するまで休憩だ」
疲労困憊の兵たちから歓喜の声が上がった。
テオフィロ殿にさそわれて、木陰に腰を下ろす。
テオフィロ殿は木の根に腰を下ろして地図をひろげていた。
「この先に高い山がある。今回はそこを調べてみたいんだ」
「森の向こうに見える、あの山のことだな」
森の奥にたたずむ山の頂を指すと、テオフィロ殿がこくりとうなずいた。
「そうだ。前から気になってたんだ」
「あそこなら、鉄は採れるか」
「鉄じゃなくてもいい。銀でも銅でも、採れればなんでもいいんだ。どれも王国で不足してるものだからな」
鉄は武器や農具をはじめ、あらゆる物の構築や修理でつかわれる。
プルチアの他にも鉱山はあるが、鉄の需要が生産量を追い越しているのが現状だった。
「ヴァレダ・アレシアの軍事をつかさどる者としても、鉄の不足には頭を悩ましている。アルビオネや諸外国の動向を考えたら、とても無視できない問題だ」
「そうだろう。この前も東で大規模な戦いがあったばかりなんだろ? 武器の増強は優先すべき政策だろう」
「ああ。宮廷でも、その話は毎日のように議論されている。関所や要塞の補強でも鉄はつかわれるからな。ヴァレダ・アレシアの鉄の不足が表面化するのは、そう先の話ではないかもしれない」
「そうか……。なんとしてもあたらしい鉱山を見つけたいな」
しゃべっていて、テオフィロ殿たち物資を供給してくれる者たちの重要性に改めて気づかされた。
「こんなところでうかうかしてたら陽が暮れちまう。出発だ!」
テオフィロ殿が地図をたたんで兵たちを下知した。
沼地を越えて、傾斜が少しずつ険しくなっていく山をのぼっていく。
傾斜がきつい場所は木にロープをくくりつけ、ロープをたよりに登っていく。
「山登りって、こんなにきついんですかっ」
「そうだ。気を抜いたら底まで落とされるぞ!」
アゴスティの高地を越えるのが大変だったが、傾斜のみであればプルチアの方が険しいか。
山登りに思いの他手間取り、目標としていた道程の半分にも満たない場所で陽が暮れてしまった。
地面の傾斜がゆるい場所をさがして、夜営の準備を開始することになった。
「ドラスレさま。今日は、ここで宿泊されるんですか?」
「そうだ。火を焚くから、俺たちは焚き木を探しに行こう」
ビビアナとともに、地面に落ちている枯れ木や落ち葉を集める。
枯れ木が見つからないときはヴァールアクスで木の枝を何本か切り取って焚き木とした。
「こうやって落ち葉とかさがしてると、ラヴァルーサから逃げてたことを思い出しますね!」
「そうだな。あのときはつらかったな」
「そうですねぇ」
火や水を用意して、持参していた麦の粥を用意する。
道中の魔物から得た肉も火であぶれば、腹はそれなりにふくれる。
「先を急ぎたいが、ここの魔物はグラートでも危険だからな。今日はのんびり休もう」
テオフィロ殿がホーンベアの肉にかじりつきながら言った。
「ああ。一日急いだところで、大局には影響しない」
「そういうことだ。アルビオネの連中だって、明日に急に攻めてきたりはしないだろ」
アルビオネの動向は、俺にはわからない。
前に何度か遭遇した、アルビオネの魔物たちの様子が気がかりだ。
「グラート?」
「実は、ここに来る前に何度かアルビオネの者たちと戦っているのだ」
「なんだと!?」
「戦うと言っても、それほど大規模なものではなかったがな。彼らの間諜がヴァレダ・アレシアの領内に侵入していたから、蹴散らしただけだ」
アルビオネは確実にヴァレダ・アレシアを狙っている。
だが、以前のような目立った活動はしていないのだ。
「いや……それって、やばいんじゃないか?」
「いい状況ではないだろうな。やつらが攻めてくる兆候なのだからな」
「おいおい、そんなこと言ってる場合かよっ。今すぐサルンに帰った方がいいんじゃないのか!?」
顔色を変えるテオフィロ殿に、同行している兵たちも危殆を感じとったか。
「アルビオネが侵入していたことは、宮廷に伝えている。カタリアやサルンの警備も今ごろ強化されているはずだ」
「そ、そうかもしれないけどなぁ。だいじょうぶなのか?」
「だいじょうぶだ。カタリアやサルンの兵たちは精強だ。シルヴィオやジルダもついている」
「そうか……。だが、相手はあのアルビオネだからなぁ」
テオフィロ殿が心配する気持ちは、よくわかる。
「せっかくプルチアまで来たのに、のんびり酒も飲めねぇとはなぁ。世知辛い世の中だな」
テオフィロ殿がエールを飲みほした。