第160話 侵入したアルビオネのドラゴンたちをたおせ
二日ほどラグサに滞在して、三日目の朝にプルチアへ向けて出発した。
プルチアは遠い。馬の足でも五日はかかるだろう。
「グラートさま。これから向かってるプルチアというのは、どのような場所なのですか」
ビビアナが俺の後を追うように走りながら言う。
「プルチアはヴァレダ・アレシアの北西部に位置する辺境で、元は流刑地に指定されていた場所だ」
「流刑地、ですか」
「そうだ。都で罪を犯した者が連れていかれる場所で、俺も訳あってプルチアへ流されていたのだ。
プルチアは鉄をはじめとした鉱物資源が採掘されるから、俺は流人たちとともにプルチアの労役に従事していたのだ」
プルチアで生活していた頃が、なつかしい。
サルヴァオーネの罠にはめられていたことも知らず、俺は王国の判決に異も唱えずにプルチアではたらいていた。
プルチアで暴れていたグランドホーンや、巨大カミツキガメのガレオスと戦ったな。
テオフィロ殿や、プルチアで別れた流人たちにも会いたいな。
「グラートさまがかつてプルチアに流されていたという話は、前に聞きました」
「それなら、これ以上つたえることはないと思うが」
「はい。そうなんですけど……」
ビビアナがなぜか言いよどむ。
「どうした。気にかかることがあるなら、遠慮せずに言うのだ」
「はいっ。あの、流刑地というのがどういう場所なのか、イメージがあまりできなくて」
言葉だけでは場所のイメージなんてできないか。
由緒ただしき騎士の家で育ったのであれば、流刑地など本来なら一度も聞くことはないだろう。
「プルチアは罪人が流される僻地であったが、実情は軽い罪や無実の罪の者が労働力として送り込まれた場所であった。だから、流刑地といっても他所の炭鉱の町と変わらないかもしれない」
「炭鉱の町なんですね」
「そうだな。僻地ゆえに交通の便が悪く、凶悪な魔物も多かったが、ゆったりとした空気が流れる場所であった。都会の喧騒が苦手な者にとっては、快適な場所だと思えるかもしれないな」
「のんびりできるのはいいですねぇ」
旅人や行商がよく使う街道を駆ける。
広い街道の先に、緑ゆたかな山が連なっている。
あの高い山々の先にプルチアはあるか。
それにしても、街道に通行人の姿が見えない。
普段は旅人や行商でにぎわい、馬車もすぐに見かけられる街道なのだが……。
「ドラスレさま。どうかしたんですか」
「馬でずっと駆けているのに、今日は街道でだれともすれ違わない。妙だと思っているのだ」
「そういえば、そうですねぇ」
人通りの多い街道がしずかになるのは、街道がどこかで封鎖されているか、または盗賊や魔物が出没したからだ。
街道が封鎖されているという情報は得ていない。
近隣を荒らす大規模な盗賊団が、他所の土地から流れてきたか。
「ビビアナ、気をつけろ。盗賊や魔物が出没しているのかもしれん」
「は、はいっ」
ヴァレダ・アレシアが平和になるのは、まだ遠い未来か。
街道の向こうで盗賊団らしき一団が留まっていた。
やはりか。通りすがりの商団がやつらに襲われたか。
「ビビアナ、あれだ。矢を放て!」
「わかりました!」
ビビアナが馬上で弓矢をとり、弦をすばやく引く。
「はっ」
かけ声とともに放たれた矢はすぐに姿を消し、遠くの盗賊を射抜いた。
「いいぞ、もっと撃て!」
「はいっ」
ビビアナの牽制に、盗賊たちも気づいたか。
目的もなく留まっていた彼らが起き上がり、剣や棍棒をにぎりしめていた。
「きみはここで援護してくれ。俺が突撃してやつらを粉砕する」
「おっ、おねがいします!」
馬から降りて、ヴァールアクスをとり出した。
「ならず者たちめ、ヴァレダ・アレシアの善良な市民が得た物品を横奪するとは何事か! 陛下に代わって成敗してくれるっ」
空高く舞い上がり、空中の一点で身体を旋回させる。
ヴァールアクスの力を遠心力で倍加させて、盗賊たちをまとめて粉砕する!
「くらえっ」
ヴァールアクスを地面に押しあてた。
かっと衝撃が八方へ広がり、一呼吸遅れたタイミングで地面が粉砕された。
「な、なんだ!?」
「うわぁ!」
衝撃は地面の中にまで入り込み、何本もの亀裂を生み出す。
もろくなったまわりの地面がさらにくずれ、盗賊たちは馬車もろとも穴へと落ちた。
「な、なにやつだ!」
男のするどい声が飛ぶ。
俺の攻撃から逃れた者たちが何名かいたのか。
男はドラゴンの翼のようなものを広げて、空中から俺をにらんでいた。
「その翼……お前たちはアルビオネから来たのか」
「人間ごときが、俺たちに刃を向けおって……」
ドラゴンの翼を広げていた者たちが、落とし穴の対岸に着地する。
彼らのひとりが俺の正体に気づいたのか、真ん中の指揮官らしき男に耳打ちした。
「お前たちは不運であったな。アルビオネから偵察に来たのかどうかは存じ上げないが、俺に見つかったからには生きてアルビオネの土はふめないぞ」
「きさまが……ヴァール様を殺した、人間かっ」
中央の指揮官らしき男が攻撃を指示する。
亜人の姿をたもっていた者たちは大きな翼を広げて、空中で本来の姿にもどった。
「ヴァール様のかたき!」
ドラゴンたちが赭い炎を吐く。
三方から放たれた炎が一点にあつまり、乾いた地面を容赦なく焼きこがす。
「ドラスレさまっ」
「ビビアナは下がれ! 遠くからやつらの翼をねらうのだっ」
アルビオネのドラゴンたちと戦うのは、いつ以来か。
太陽よりも熱い炎につつまれたら、俺とて灰と化してしまうだろう。
「死ねぇ!」
左にいたドラゴンが地面に降りて、かぎ爪で俺を斬り払ってきた。
高速でせまる爪をかわして、引いた身体の反動を利用して斧を斬り払った。
「くらえっ」
「ぐわっ」
ドラゴンのぶ厚い胸板をヴァールアクスが切り裂いた。
「ヴァール様のかたきをとれ!」
「あの愚か者に死を!」
ドラゴンたちの意思の強さと執念深さは、すさまじい。
仲間が目の前で斬られても、少しも恐怖を感じないのか。
ドラゴンたちはその巨体を生かして、俺を圧殺しようとする。
ドラゴンたちが地面に落ちるたびに地響きが山の向こうまで届いた。
「お前たちのヴァールに対する忠義と執念、たしかに受けとった。俺はヴァールを屠った者として、お前たちを真っ向から斬り伏せることにしよう」
「ほざくな!」
ドラゴンたちにヴァールアクスを一閃する。
ヴァールの力を得た刃はドラゴンたちの鱗もやすやすと切り裂いてしまう。
巨獣のような者たちは、ヴァールの絶対的な力によって地面に横臥する骸と化していった。
「ヴァール様の、かたきめがっ」
残ったのは指揮官の男だけか。
彼の顔は憎悪でゆがみ、今にも飛びかかってきそうだった。
ビビアナに近づかないように制止して、指揮官の男と対峙する。
男は全身に殺意をまとっていたが、手足は動かさなかった。
「どうした。こないのか。お前の臆病をヴァールがかなしんでいるぞ」
挑発してみるが、男はやはり動かない。
「お前たちがヴァレンツァの周辺に入り込んでいるのは、近々ヴァレンツァを攻めるためか」
ヴァールアクスを下ろして質問すると、男が口もとをわずかだけ動かした。
「ヴァール様は、復活される。そうなれば、お前たちは終わりだっ」
「ヴァールが、復活するだと?」
どういうことだ。死んだ者を生き返らせる方法があるというのか?
「ヴァールは先の戦いで俺が倒した。彼は死滅し、その亡骸も大地と一体になっている。そのような者を復活させる手段があるとでも思っているのか?」
魔族の伝承で、死者を復活させる方法が残されているとでもいうのか?
男は絶えず殺意をまとっていたが、やがて翼をひろげて上空へと昇った。
「ヴァール様が復活すれば、お前の首などひとひねりにしてくれることだろう。この地も併呑されて、俺たちが地上の覇者となるのだ!」
男が口を開いて、紅い炎を吐いた!
「くっ!」
炎は太い鞭のように伸びて、地面に倒れたドラゴンごと焼きつくす。
「ドラスレさまっ」
ビビアナが片膝をついて、空中へと逃れた男に矢を放った。
矢は空気中の力を得たが、寸前のタイミングで男にかわされてしまった。
男は怒号を発しながら、上空の彼方へと去っていった。