第156話 預言士の時代、ヴァレダ・アレシア建国前の時代
俺の出生と、ヒルデブランドの正体について知っていることを大まかに話した。
とはいえ、俺の出生で判明していることは、実の親に捨てられた記憶しかない。
ヒルデブランドも預言士を自称していただけで、預言士の血を引いている物証などが示されたわけではない。
「ふむ。きみと、そのヒルデなんとかという男が本当に預言士の末裔なのか、今の段階では証明できんということだな」
「はい。俺の実の親は行方がわかりませんし、育ての親も亡くなっています。ヒルデブランドのことも現状で調べ上げるのは難しいでしょう」
「まあ、そうだろうな。陛下に反逆をくわだてた重犯罪人を捕まえて、問いただすことなどできんだろうからな。しかし、そのようにつまらん一点に囚われる必要はないだろう」
シモン殿がハーブティの匂いをかぎながら言った。
「そうなのでしょうか」
「きみのその怪力が何よりの証拠だ。ヒルデなんとかという男も、そのように言っていたのだろう?」
「はい」
「預言士は内に秘めた能力や技能を顕在化し、文明において新しい技術や変革をもたらし、戦いにおいては恐ろしい力で近隣の部族を滅ぼしていったのだという。
このような能力や技能は、人間では絶対に顕在化できない。しかし、きみはドラゴンスレイヤーと呼ばれ、強大なドラゴンすら圧倒してきた。
それが預言士の力でなくて、なんの力だと言うのかね? このような議論は、するだけ不毛だ」
シモン殿の即座の断定が、俺の不安をしずめてくれる。
「ヒルデなんとかという男も同様だ。魔法はもともと預言士がもたらした技能であるが、王国の魔道師で千もの兵を圧倒する魔法を使える者がいるというのかね?
その男は陛下に盾ついた非常にけしからん男であるが、その男の魔法だけは称賛に値する。わしもぜひ、その男の魔法を見てみたいものだ」
「ヒルデブランドは、とても強い男でした。彼が放つ幻影剣は、ヴァレダ・アレシアの魔道師が具現化する幻影剣と規模も質もちがう。他にも強力な魔法をあやつり、俺たち正規軍はつねに劣勢に立たされていました」
「そうだろう。それが預言士の力なのだ。ひとりの預言士が千もの人間たちを圧倒する……想像しただけでゾクゾクしてきたわい!」
シモン殿が嬉しさか、それとも恐怖か。身体をがたがたとふるわせている。
「やはり、わしの考えに間違いはなかった。預言士たちは強大な力で文明を切りひらき、大陸の支配圏を拡大していったのだ。
預言士が築いた文明を調べることで、この国はさらに大きく発展することができるっ。考えただけでワクワクしてきたぞぉ!」
シモン殿は独特な感性をもつ方であるが、陛下とヴァレダ・アレシアに対する忠誠心は人一倍高いように見える。
「わたしとベルトランド殿も、そのように考えています。ところで、魔法は預言士がもたらした能力なのですか?」
「そうだ。魔法の起源は古く、ヴァレダ・アレシアが建国される前の復興時代で、すでに使われていた記録が残されているのだ。復興時代について、きみは知っているかね?」
「いえ。存じ上げません」
「復興時代はその名の通り、文明を人間たちが復興していった時代だ。ようするに、復興時代の以前の大陸は荒廃していたのだ。
復興時代の前は、歴史的な記録が一切残っていない暗黒時代。そして、暗黒時代の前は預言士たちが築いた超文明時代であったと言われている」
超文明時代……!
ヒルデブランドの主張と、シモン殿の説明が一致した。
俺のとなりで椅子に座っているビビアナは、話についていけていないようだ。
「あの、つまり……どういうことなのでしょうか」
「なにっ、ここまで丁寧に説明しても、わからんというのか!?」
「は、はい……」
「まったく、しょうがないやつだな。きみの理解力は、うちの怒りやすい召使いたちと同じだな」
シモン殿は、口があまりきれいでないところが欠点か。
「まあ、いい。せっかく来たのだから、わしが丁寧に教えてやろう。この国がある大陸は、預言士たちによって築かれたのだ。それが、超文明時代だ。
超文明がどれほど優れていたのか、それを調べ上げることがわれわれ現代人に課せられた使命だといえる」
「はい……っ」
「超文明はすばらしい世界だったが、大きな戦いの後に滅んでしまったようだ。この事実もまだ解明できていない。
これはわしの憶測だが、超文明の大国で大きな戦いが起きて、大国の運営に支障をきたすほどの致命的なダメージを受けたのだろう。
大戦で超文明の国々は滅び、数の少なかった預言士たちは大陸から姿を消していった。そして、長い暗黒時代を迎えることになったのだ」
大国の運営に支障をきたすほどの戦い、か。
義父が残した日記にも、古代遺跡に大きな傷跡が残されていたと書かれていたな。
「その大きな戦いで、預言士の人たちは滅んじゃったんですか!?」
「そう考えるのが、もっとも妥当なのだ。そうでなければ、預言士たちが大陸の覇権を維持できなくなった説明がつかん! さっきも言ったが、預言士たちはわれわれ人間では及びもつかないほど超人的な存在だったのだ。
優れた預言士たちが、劣等種族であるわれわれ人間に滅ぼされたとは考えにくい。彼らは相克し、長く大きい戦いの末に自滅していったと考えるのが、われわれ人間が考え得る最善のこたえだ」
シモン殿の言葉を聞きながら、ヒルデブランドと交わした言葉が思い起こされた。
――ひとしく預言士の血を引く者だというのに、まるで水と油ではないか。
――ここまで話をしても、きみとは相いれんか。これが宿命というものなのか。
同族であったとしても対立し、強大な力を駆使して戦うことは充分に考えられる。
「暗黒時代は、文献も遺跡もなーんも残っとらん時代だ。だから、荒廃した土地に残された、われわれ人間たちの先祖がどうやって生き抜いてきたのか。わしでもまったくわからん!」
「シ、シモンさまでも、わからないことがあるんですね」
「ふん。文献も遺跡もなければ、わしとて調べあげることはできんわい。文献も遺跡も、なーんも残さんかったバカな人間どもには怒りすらおぼえるわい」
暗黒時代で人間たちがどのような生活をしてきたのか。大いに気になるが。
「だが、超文明の後の時代は、人間たちが細々と暮らしただけの、非常につまらん時代だ。
こんな時代を調べても、身につくのはせいぜい、生活の知恵だけだ。そんなものは、その辺で暮らしてる農夫にでも担当させればよろしい」
「の、農夫……」
「復興時代も同様じゃ。ヴァレダ人の先祖とか、アルビオネの歴史など、そんなものは国中の学者どもが調べてあげておる。こんなものを今さら調べても、新しい事実や技術革新は生まれてこん! 長い暗黒時代に阻まれた、高度な知恵や技術を知ることがもっとも大事なのじゃ!」
「わっ、わかりました!」
ヴァレダ・アレシアは、ヴァレダ人が興した北のヴァレダ王国と、アレシア人の国が合わさって建国されたはずだ。
それ以上のことはわからないが、シモン殿はあまり関心がないようだ。
「わしの調査では、アクイアとビザンという、ふたつの帝国が超文明時代にあったことがわかっている」
「アクイアと、ビザンですか」
「そうだ。西のアクイアと、東のビザン。ヴァレダ・アレシアが支配しているこの地域は、アクイア帝国の領土内であったようだ」
「そのアクイア帝国と、ビザン……帝国? が、超文明時代で戦ってたんですか?」
「そういうことになるな。この国の各地で見つかる遺跡にも、壮絶な戦いの痕がいくつも残されている。われわれの想像をはるかに超える戦いだったのであろう。
数の少ない預言士たちは、数の多い人間たちを兵や労働力にしていたらしい。遺跡や文献に、そのような記録が残されておった」
まるで、俺やヒルデブランドが人間の兵を率いているようだ……。
「預言士たちは超人的な力をもつが、なぜか子孫を残す能力だけ人間より劣っていたようだ。だから、繁殖力に唯一まさる人間たちを支配するようにうごいていたようだが、わしは残念でならん」
「そう、ですね」
「預言士が人間と繁殖すれば子孫は残せるだろうが、血が混ざれば預言士の純粋な力が弱くなってしまう。子孫を残せるだけ、マシかもしれんが……。
高度な力をもつ預言士が、劣等種族である人間どもとひとつになるのは、これ以上ない屈辱であったであろうな」
俺は人間たちと暮らすことを望んでいるが、ヒルデブランドはそうでなかったな。
「われわれ人間も、潜在的な力を秘めている。しかし、この強大な力を引き出すことができないから、預言士のように超人的な力を発揮するのがむずかしいのだが……。
しかし、預言士は人間たちの力を引き出すこともできたようだ。人間も潜在力をもっていると知ったとき、預言士たちはさぞ歓喜したことであろうな」
「そんな、ことは……ないと思うのだが」
「預言士たちは他の種族より数で劣っていた。ゆえに、自分たちが死滅していくことをもっとも怖れていたはずなのじゃ。しかし、他の劣等種族どもが邪魔していたら、大陸の文明などとても切りひらけない。
なら、どうするか? 他の劣等種族をいかに利用して、自分たちの願いを達成するか。その一点にしぼられることは明白じゃ」
そんな、傲慢な考えがゆるされていいのか……。
「力でまさる預言士たちは、人間や魔族の先祖たちを屈服させて、尖兵や労働力にしていった。そうして、超文明は切りひらかれていった。この事実こそ、考古学を愛する者たちの最高のロマンなのじゃ……」
シモン殿は、まるで初恋をした青年のような顔で悦にひたっていた。
そんな浮かれた表情を、ただ見ていることしかできなかった。