第153話 ドラスレの始動、侵入者たちの影
ビビアナの特訓が一段落した頃に、ベルトランド殿の使者がサルンにあらわれた。
陛下から以前に打診されていた預言士の調査を、ベルトランド殿から改めて依頼されたようだった。
「グラートさん。ベルトランドさんから、例の依頼が来たんですか」
シルヴィオが、昼すぎに俺の屋敷を訪れてくれた。
遠くの土地で暮らす家族にも、無事に会えたようだった。
「ああ。使者がもってきた手紙には詳細が書かれていないが、間違いなく預言士の調査の依頼だろう」
「調査でしたら、俺が行きます。グラートさんが、都までわざわざ足をはこぶ必要はないでしょう?」
シルヴィオは今日も、率先して仕事をこなしてくれるか。
「ありがとう。だが、俺が行こうと思う」
「どうしてですか。このくらいの作業でしたら、俺でも充分にこなせますよ」
「シルヴィオの実力を過小評価しているわけではない。俺が自ら出向かなければ、ベルトランド殿に礼を欠くというのが理由のひとつ。もうひとつは、預言士の調査を自分で行いたいのだ」
俺が預言士の末裔だろうという話は、シルヴィオとジルダにも伝えている。
シルヴィオが、はっと表情を変えた。
「そう、ですね。グラートさんの、言う通りです」
「アルビオネの動向が気になる。シルヴィオとジルダには留守をまかせたい」
「わかりました。残念ですが、グラートさんの代わりにサルンを守ります」
シルヴィオも連れていってやりたいが、アルビオネのドラゴンたちを軽んじるわけにもいかない。
「主の留守を守るのは、軍の殿を担うのと同じだ。だれにでも気軽に頼める役割ではない」
「ありがとうございますっ。グラートさんは、後ろを気にせずベルトランドさんに会ってきてください!」
元気よく返事するシルヴィオを見て、アダルジーザが笑った。
「シルヴィとジルちゃんを連れていかないんだったらぁ、グラートがひとりで都に行くのぉ?」
「いや。ビビアナを連れていこうと思う」
アダルジーザが、きょとんと首をかしげた。
「ビビちゃんを、つれてくの?」
「ああ。彼女はほとんど都へ行ったことがないし、宮殿のツテをつくるいい機会になるだろう。サルンで特訓ばかりしていても、次第にマンネリ化するからな」
「うーん。そうだねぇ」
「アダルにも村の管理をまかせたいから、そうなるとビビアナを連れていくのが最適だろう。村の者たちも、俺よりアダルの方が話やすいと思う」
「グラートだってぇ、話しやすいと思うけどね」
アダルジーザが、俺とシルヴィオに麦茶を淹れてくれた。
「グラートなら、だいじょうぶだと思うけど、道中、気をつけてねぇ」
「ああ。わかった」
ヴァレンツァでまた土産を探してこよう。
* * *
身支度を手早く済ませて、その日のうちにドラスレ村を後にした。
「ほ、ほんとうに……わたしなんかで、いいのでしょうか」
村人たちが手入れをしてくれている白馬にまたがり、ドラスレ村の門をくぐった。
ビビアナは栗毛の駿馬にまたがって、不安をすぐ口にしていた。
「きみは、俺のお供としてついていくだけだ。重要な判断を求められるような場面には遭遇しないから、安心するのだ」
「は、はいっ。ですけど、シルヴィさんや、ジルダさんの方が、よかったんじゃないですかっ」
この子に自信をつけさせる、良い薬や魔法はないものか。
「彼らを従者にしてもよかったのだが、きみはなるべく早く宮殿に慣れた方がいいだろう」
「きゅ、宮殿なんて、行かなくてもいいですよっ」
「それはダメだ。騎士たるもの、宮殿の空気に慣れずして良い政治を行えない。陛下に仕える俺たちは、宮殿の官吏たちと交渉するときが必ず来るのだ。
陛下や宮殿の者たちとツテをつくるのも、騎士として大事な仕事なのだぞ」
ビビアナは、騎士になる具体的なイメージが形成できていないのかもしれない。
「そう、ですけど……」
「宮殿に足しげく通えとは言わない。それに、都はにぎやかな場所だから、行ってみたら気に入るかもしれないぞ」
「は、はいっ。わかりましたっ」
クレモナの関所へと続く街道をひた走る。
普段は旅人や商団馬車を見かけるが、今日は通行人をひとりも見かけない。
「妙だな。普段は旅人や馬車を見かけるが」
「タイミングが合わないだけじゃないですか?」
そうかもしれないが。
左手に高い崖がそびえる道に、旅人や馬車の影を見つけた。
「グラートさまっ。あそこ!」
「ああ。あれは、旅人……」
旅人ではない!
道のわきへと追いやった馬車を、どこかの集団が取り囲んでいるのだ。
みすぼらしい外套で身をくるんだ者たちは、先のするどい曲刀や棍棒を手にしている。
「あれはおそらく盗賊だな。俺の土地にも、ならず者がまだ跋扈しているのかっ」
「グラートさま。どうするんですかっ」
「無論、ならず者たちを退治する。ビビアナ、弓でやつらを射抜け!」
「は、はい!」
ビビアナが馬上で弓矢をとり、馬を走らせながら弦を引く。
馬上からでも、遠くの的を正確に射抜けるか。
「はっ」
ビビアナが矢を放った。
矢は高速で地面の上を飛び、盗賊のまるまった背中を射抜いた。
よし! いいぞっ。
「な、なんだ!?」
盗賊のひとりが倒れて、他の者たちが異変に気づいた。
「ビビアナ、いいぞっ。もっと撃て!」
「は、はい!」
ビビアナが続けて矢を放つ。
矢はツバメのように宙を飛来し、盗賊の右の肩に突き刺さった。
「いい牽制だった。後は俺にまかせろ!」
「お願いします!」
ビビアナはやはり弓使いにするのが最適だっ。
「俺はサルン領主グラートだ。商団馬車を襲うならず者たちよ、正義の裁きを受けよ!」
白馬から飛び下りて、ヴァールアクスを右手にとる。
接近して、盗賊たちの手前の地面を力まかせに打ちつけた。
「ぐわぁ!」
俺の怪力が、ヴァールアクスを経由して地面を破壊する。
岩すら軽々と粉砕してしまうほどの衝撃が発生して、盗賊たちは木の葉のように吹き飛ばされた。
「な、なんだ、こいつは!」
「てっ、敵だ!」
盗賊たちはすぐに起き上がって剣をかまえたが、明らかに腰が引けていた。
いや、それはいい。
外套についたフードを深くかぶっている者たちの顔は、オークやゴブリンの顔立ちに似ている。
「お前たちは魔物か!」
オークやゴブリンたちが、明らかにうろたえた。
「お前たちはアルビオネから来たのか?」
魔物たちは、こたえない。
俺を見上げて、怒りと恐怖で身体をふるわせているだけだ。
「俺はサルン領主のグラートだ。主の仇をとりたいのであれば、こんなところで暴れてないで、俺に向かってこい!」
魔物たちの怒りの色が濃くなるが、それでも襲いかかってくる気配は感じなかった。
「こ、こいつ……例のやつだろ。やべぇんじゃねえのっ」
「びっ、びびってんじゃねぇよ!」
「で、でもよ、俺たちじゃ……敵わねぇぜ」
この者たちに怨みはないが、アルビオネの侵入をゆるすわけにはいかない。
「いくぞ、アルビオネの魔物どもっ!」
「あっ、あわわ!」
「ひぃっ!」
魔物たちは、尻尾をまいて逃げていった。
「グラートさま。逃がしてしまって、よろしいのですか」
ビビアナが馬から降りて言った。
「よくないが、都へ訪問するのが優先だ。やむを得まい」
「そう、ですね」
「アルビオネの魔物たちは、シルヴィオたちにまかせよう。早く都へ向かうのだ」
俺がサルンを治めてから、アルビオネの魔物たちがサルンに侵入してくることはなかった。
彼らはサルンを襲撃する本隊から発せられた斥候だったのか。それとも、ただの物取りだったのか。
心の奥底に一抹の不安がひろがっていた。