第152話 ビビアナの鍛錬と、まったりお食事タイム
それからしばらく、ビビアナの弓の稽古に付き合うことにした。
俺は弓の扱い方にくわしくないから、弓を扱える者に技術的な指導を頼むことにした。
俺は体力面の強化を担当している。
「弓を使う、ときも、基礎、体力づくりは……必要なんで、しょうか……」
ビビアナが腕立て伏せをしながら言う。
「もちろんだ。きみの弓の技術は高いが、体力がなければ実戦ですぐに動けなくなってしまう」
「そう、です、けど……」
「強くなりたいのであれば、体力と精神力は絶対にきたえなければならない。俺の義父の教えだ」
腕の力が限界に達してしまったのか、ビビアナが地面に倒れ込んだ。
「もう、だめですぅ」
「だらしないぞ。まだニセット目の十回しか続けていないではないか」
「そんなこと、言われましても……」
やはり、この子の一番の難点は体力の低さか。
「わたしは、グラートさまみたいに、体力ないんです、から」
「だからこそ、きたえる必要があるのだろう」
俺も地面に右手をついて、腕立て伏せをしてみる。
一回、二回、三回……腕や胸の筋肉は、今日も正常に動いているな。
「基礎体力は運動の要になるものだ。騎士や戦いにかぎらず、山登りや農作業でも必要になる。きたえておいて、損はないだろう」
ビビアナは気絶してしまったのか、めずらしく返答がなかった。
「グラート。ビビちゃん。そろそろ、休憩にしてもいいんじゃないかなぁ」
アダルジーザがトレイに麦茶を乗せてきてくれた。
「休憩に、してください~」
「仕方ないな。気力がもどるまで、しばらく休憩だ」
麦茶をコップにそそぐ。
村の畑で採れた大麦は、おいしい。すっきりとした味わいを、かすかに感じる苦みが引き立ててくれている。
ジャガイモを細く切ったおやつも置かれているな。
「アダル、これは?」
「これはねぇ。ジャガイモを切って、オリーブオイルで炒めたおやつだよぅ」
茹でないで調理するジャガイモ料理もあるのか。
スティック状のジャガイモを二本ほど食べてみる。
「む、これはうまいな!」
「でしょぉ」
アダルジーザが、はち切れんばかりの笑顔を向けてくれた。
「村の人にね、教えてもらったんだよぅ」
オリーブオイルのまよやかな味と、ジャガイモの甘味が絶妙に合わさっている。
表面のカリカリとした食感も心地よくて、クセになりそうだっ。
「ドラスレ村の人たちは、グルメな者が多いなっ」
「そうだよねぇ。わたしも、いつも教えてもらってるもん」
ジャガイモには、無限の可能性を感じるな。
「ジャガイモの、いい香りがするぅ」
ビビアナが白い腕を立てて、身体を起こした。
「ビビちゃんも、食べてねぇ」
「はいっ。ありがとうございます!」
ビビアナの気力がもどったな。
「わっ、なんですかこれ!」
「これはねぇ。ジャガイモを細く切って、オリーブオイルで炒めたんだよぅ」
「わぁ、おいしそう……」
彼女もスティック状のジャガイモをつまんで、口にはこぶ。
「お、おいしい……っ」
「うふふ。お口に合って、よかったぁ」
「これ、アダルさんがつくったんですかっ」
「そうだよぅ」
「アダルさん……お料理がお上手すぎて、神すぎですぅ」
ビビアナは頼りなさが目立つが、だれにでも懐くのがよいところだ。
「ビビちゃんも、お料理するのぅ?」
「わたしですか? わたしは、お料理は、ちょっと……」
「そうなんだぁ」
「城のシェフが、いつも食事を出してくれますから」
ビビアナは東のアゴスティに仕える従騎士だ。
まだ若いが、身分は高いから自分で料理をすることはないだろう。
「お料理も、勉強しなきゃなぁって、思うんですけど、なかなか手がまわらなくて」
「強い騎士にならないとだもんね。お料理の勉強はぁ、後でしてもいいんじゃないかなぁ」
「はい。ですけど、わたしもアダルさんみたいに、お料理うまくなりたいですっ」
「ふふ。ならぁ、お料理の勉強も、していく?」
「はいっ。で、できれば!」
今は料理の勉強までさせる余裕はないな。
「ビビアナ。鍛錬と兵法の勉学などが最優先だ」
「は、はい……」
「スカルピオ殿も、きみが強い騎士になることを期待している。料理や農作業などの勉強は後にするのだ」
料理や農作業などを通して、平民の生活を学ぶことも大切ではあるが。
「お料理とか、食材のお勉強もした方がいいけどねぇ」
「そうだがな。残念だが、今は余裕がない」
「そうだねぇ。この前も、大きな戦いが終わったばかりだからねぇ」
ヴァレダ・アレシアの情勢は、まだまだ不安定だ。
隣国のアルビオネは静寂をたもっているが、いつ進軍してくるかわからない。
「そういえばぁ、ジルちゃんと、少し話したんだけど」
「話した? 何をだ」
「ビビちゃんの鍛錬のことでね。魔法も、少しは勉強した方がいいって」
ジルダが、そのようなことを言っていたのか。
「ビビちゃんはぁ、わたしたちみたいにね。みんなの後ろでがんばる人だから、魔法もおぼえた方がいいって。わたしも、そう思うかなぁ」
「そうだな。弓使いになるのだから、後方支援が主になるか」
「うん。勉強することが増えて、大変になると思うけど」
ビビアナは、俺とアダルジーザの話を聞いて、どう思ったか……しっ、白目になっている!?
「ビ、ビビちゃん、今すぐに、勉強しろって言ってるわけじゃないから!」
「まほうも、べんきょー、しますね……しますね、しますね……」
しばらく弓と基礎体力づくりの鍛錬のみ行うことにしよう……。
* * *
ビビアナの弓の実力はかなり高いようだ。
性能の低い、使い古した弓でも遠くの獲物を正確に射抜いている。
「当たった!」
弓の鍛錬と狩猟を兼ねて、サルンの山にこもる。
ビビアナが射た矢は木々の狭い間を縫って、遠くの野ウサギをまっすぐに仕留めた。
「すごいな。百発百中ではないか」
「いやぁ。それほどでも~」
ビビアナは頭の後ろをなでながら、もじもじしている。
「きみのこの実力をスカルピオ殿が見れば、きっと満足されることだろう」
「そうなのでしょうか」
「そうさ。弓に長けた騎士はヴァレダ・アレシア広しといえども、そう多くない。充分に誇れる才能だと思うのだがな」
ビビアナが倒れた野ウサギをひろって、矢を引きぬいた。
「そうだと、いいんですけど」
「何か不安や気になることがあるのか」
「い、いえ。その……スカルピオ様は、剣で戦うのが好きな方ですから」
だから、武器で戦うことにこだわっていたのか。
「そういうことか」
「グラート様はすごい方だって、スカルピオ様は絶賛されてました。スカルピオ様はきっと、グラート様みたいに大きな武器で戦う方が好きなんだと思います」
この子は、そんな主の意向に副いたかったのか。
「弓で戦うのは、スカルピオ殿の好みには合わないかもしれない。だが、弓は戦いにおいて重要なものだ」
「はい」
「弓は遠くの敵を射抜くだけでなく、威嚇や牽制でも使用される。遠距離攻撃は魔法でも行えるが、魔法は専門性が高く、一般兵に浸透させるのがむずかしい。
弓兵を指揮する者は、弓に長じた者であることがのぞましい。ようするに、きみの素養や才覚は、ヴァレダ・アレシアで必要になるということだ」
ビビアナが、真剣に俺を見上げていた。
「きみの素養やはたらきを認めれば、スカルピオ殿もきみを重用することだろう。不慣れな武器を扱うより、自分に合う武器や戦術を採用すべきだ。それが成長の近道だと、俺は思うぞ」
「はい。ありがとうございます」
俺の言葉を素直に受け止めてくれたか。
「だが、やはり、あれだな。基礎体力の低さは、どうあっても克服せねばなるまい」
「うぐっ。……そ、そこも、適正がないということで、ゆるしてもらえないんですか」
「それは、だめだな。前にも言ったが、基礎体力はすべての運動の基になる要素だ。ここだけは、手を抜くわけにはいかない」
「は、はい……っ」
地面にくずれそうになる彼女を見て、思わず笑みがこぼれた。