第151話 ビビアナの育成方針決定!
ビビアナの育成方針が決まらない。
魔法もダメ、武器もダメとなると、どうやって育てていけばいいのか……。
「なんかさー。このまま話してても、決まらないんじゃね?」
陽が落ちて、夕食を食べる時刻に差し掛かった頃にジルダがぼやいた。
「そうだな。まずは育成の方向性を決めようと思っていたが、俺のやり方が間違っていたか」
やみくもに鍛錬をするより、まずは方向性を定めた方がよいと思っていたが……。
「すみません、みなさん。わたしのために、わざわざお時間をとらせてしまって」
ビビアナもすっかり委縮させてしまったか。
「ううん。気にしないでぇ」
「そうだぜ。ぼくらはどうせヒマなんだから、一日くらいつぶれても、どうってことないって」
しかし、どのような騎士になりたいのか。それを先に定めることは、とても大切だと思う。
「ビビアナ。将来の大切なことを今すぐ決断しろと言った俺の過ちだ。ゆるせ」
「は、はいっ。そんな、グラート様は悪くないです」
「ありがとう。だが、やみくもに騎士を目指すのはよくないと思う。漠然とでも、このような騎士になりたいのだという夢や希望をもつべきだ」
「は、はいっ」
「結局は、きみが決めることだ。俺たちにできるのは、きみの努力をサポートすることだけなのだ」
アダルジーザとジルダが、俺を見て笑った。
「グラートは相変わらず、言うことがかてぇよなぁ」
「そうか? こんなものではないのか?」
「もうちょっとさ、がんばれ! て簡単に言えばいいのにさ。グラートを知らねぇやつが聞いたら、委縮しちゃうぜ」
そうだったのか。俺の言い方にも問題があるか。
「そこが、グラートのいいところだけどねぇ」
「アダル、グラートって、むかしっから、こんな感じだったの?」
「ええと、どうだったかなぁ」
どうやら、俺の話へと移り変わってしまったようだ。
アダルジーザとジルダがにぎやかに話すわきで、ビビアナがしゅんとしていた。
「ビビアナ、今日はもう遅い。うちでメシを食べていけ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「明日の朝に、うちをまた尋ねてくれ。明日に話の続きをしよう」
「はい。わかりました」
ビビアナがまっすぐに頭を下げた。
* * *
約束した通り、ビビアナは次の日の朝に顔を出してくれた。
ドラスレ村に住む冒険者たちから、古びた剣や使わなくなった槍を借りておいた。
「ビビアナ。昨日の続きになるが、屋敷の中で話しているだけでは答えが見つからないように思える」
「は、はいっ」
「そこでだ。ドラスレ村に住む者たちから、いくつかの武器を借りてきた。今日は、武器を実際ににぎりながら考えていこう」
野外に置いたテーブルに並べられた武器を見て、ビビアナが目をしばたいた。
「ドラスレ村の人たちって、みなさん武器をもっていらっしゃるんですか」
「武器をもっているのは冒険者だけだ。俺は元々冒険者であったから、住人の中に俺の冒険者時代からの知り合いがいるのだ」
「そうだったんですね」
ビビアナが手前の長剣をとった。
「まずは剣からためすか。俺に斬りかかってみろ」
俺は片手用の槍をとった。
「い、いいんですか」
「きみの素養をためすだけだ。きみの剣は、俺がしっかり受け止める」
「わ、わかりましたっ」
ビビアナは斬りかかるのを戸惑っているようであったが、やがて俺に剣を下ろした。
かん、と鉄の衝突する音が青空にひびいた。
「力が弱い。もっと腰に力を入れて斬りかかるのだっ」
「はっ、はい!」
ビビアナは両手で柄をにぎり、長剣をふり下ろす。
懸命に斬りかかっているが……この力では魔物を倒すのは難しいか。
「よし、では次は槍を使ってみよう」
「はいっ」
俺がもっていた槍を彼女にわたす。
代わりに剣を受けとって、彼女の槍さばきを観察する。
フォームはそれほど悪くない。腰を落とし、槍をまっすぐに突き出している。
槍を突き出す速さも悪くないのだが……やはり、力が弱い。
「槍を突くばかりではなく、なぎ払いもやってみるのだっ」
「はい!」
ビビアナが槍を手前に引いて、石突のあたりを左手で支える。
「はっ!」
渾身の力で槍をふり払ったが、俺は片手で受け止めた。
「ど、どうですかっ」
「悪くはない、が……」
力が弱いと言ってしまって、いいものか。
「疲れただろう。少し、休憩しよう」
「はいっ。わかりました」
剣と槍であれば、槍の方が彼女に向いているであろう。
しかし、どこかしっくりこない。
槍を使わせる方向で彼女を教育していいものか。
アダルジーザが畑に出かける前に淹れてくれた麦茶でノドを潤していると、
「グラート様は、どうやって武器とか戦い方を決められたんですか」
ビビアナから、そう尋ねられた。
「俺は冒険者の義父にきたえられたのだが、俺の素養を義父が探し出してくれたのだ」
「義父さんが、いらっしゃったんですか」
「ああ。義父は有名な冒険者だったのでな。多くのギルメンをきたえ上げた人だったから、育成するのは慣れていたのだろうな」
義父が生きていれば、部下や臣下の育成について相談できたのだが。
「俺は子どもの頃から力が強かったらしい。義父は高齢だったから、俺を冒険者にするために斧をあたえたのだと思う」
「そうだったんですね」
「俺の素養は、わかりやすかったのかもしれない」
ビビアナが茶を入れたグラスを置いて、顔をうつむかせた。
「うらやましいです」
「落ち込まなくていい。力が強くない騎士や冒険者はたくさんいる。スカルピオ殿やベルトランド殿のように、武術よりも兵の指揮に秀でた騎士もたくさんいるのだ」
「は、はいっ」
「騎士といっても、いろんな者たちがいる。領地の経営に才能を見出す者や、諸外国との外交で才能を発揮する者もいるのだ。ひとつの事柄にこだわらなくてもよいと思う」
はげましの言葉を探してみたが、ビビアナの表情は明るくならないか。
なんとか、武術の才能を見出してやりたいが……。
「こんな朝っぱらから、精が出るねぇ」
不意に声をかけられて、ふり返るとジルダが木陰に立っていた。
「ジルダさん」
「アダルに聞いたら、今日は外で稽古してるって言ってたけど、方向性とかって、もう決まったの?」
「い、いえ。それを、模索してる最中です……」
ちょうどいい。ジルダにも手伝ってもらおう。
「先ほど、剣と槍をためしたところだ。ジルダは、何か気になる武器はないか?」
「気になる武器ぃ? 言っとくけど、ぼくは武器とかぜんぜん知らないぜ」
ジルダがテーブルに置かれた武器をのぞき込む。
端のダガーを手にとって、
「ぼくは力がねぇから、こんなのしか使えねぇけどなぁ」
ダガーをにぎって、ぶんぶんとふりまわした。
「ダガーか。ためしてみるか」
二本のダガーをビビアナにわたしたが、彼女はきょとんとしていた。
「短刀って、どうやって使えばいいんですか」
「そうだな。シルヴィオは二本のダガーを逆手ににぎって、器用にふりまわしていたが」
長剣を逆手でにぎって、ダガーの扱い方を実演してみる。
シルヴィオのようにうまく扱えないが、見よう見真似で扱い方を伝えることはできるか。
「ダガーって、どっちかっていうと護身用だよな。メインで使う武器じゃねぇ気がするけど」
ジルダの言う通りか。
ビビアナもダガーの扱いに困っているようだ。
「難しいですね。でも、軽くていいです!」
「そうか。ダガーもシルヴィオのように極めれば、高速剣術で敵を圧倒できるぞ」
ダガーを選ぶのが正解か?
「ダガーとか二刀流の武器はシルヴィのおはこだからなぁ……じゃあ、弓とかは?」
ジルダが狩りをするための小型の弓を手にとった。
「あっ。弓でしたら、子どもの頃によく使ってました!」
弓を見たビビアナの表情が、ぱっと明るくなって……なんだと!?
「えっ、マジ?」
「はい。弦を引くのが好きだったんです」
ジルダがぽかんと口を開けて、俺を見た。
「それを早く言えぇ!」
「ひぃっ。す、すみませんっ」
気を取り直して、ビビアナに弓を使わせてみよう。
矢じりのとれた矢も何本かもらっている。
「ひさしぶりだから、使えるかな」
ビビアナが緊張しながら弓と矢を手にとった。
背筋をのばして、遠くに生えている木へ弓を向ける。
「おっ。なんか、様になってるんじゃね?」
「ジルダ。静かにするのだ」
矢を引くかまえも、悪くない。
弓をもつ左手も、ぶれずに的へ固定されている。
「はっ」
ビビアナが、矢を放った。
細い矢は高速で庭を飛んで、風を切り裂いている。
そして、かんと遠くの幹に当たる音が聞こえた。
「すげっ。当たった!」
ビビアナに薦めるのは、この武器だ。
「やっぱり、弓矢はいいですねぇ」
「絶対、それでいいじゃん。なぁ、グラート」
「そうだな。見事な射撃だったぞ」
弓矢をあつかうのは、それほど簡単ではない。
いとも簡単に遠くの的を射抜けるのであれば、才覚は申し分ないだろう。
「いえいえ、それほどでも……」
「謙遜しなくていい。俺は弓なんて扱えないし、他の者だっておいそれと扱える代物ではない」
「そうだぜ。グラートなんか、弦を引いた瞬間に弓をこわしちまうからな」
ジルダがビビアナから弓をもらって、弦を引いた。
見よう見真似で「とりゃ!」と矢を放ったが、矢は数歩先の地面に落ちた。
「そうなのでしょうか」
「決めるのはきみだが、自分が扱いたいと思う武器を使うのがもっともよいと思うぞ。きみが弓を好むのは、適正があるからだと思うのだがな」
ビビアナがジルダから弓を受けとって、じっと弓をながめていた。
決断をまよっているようだったが、
「わかりました。では、これからは弓を使います!」
顔を上げて、強い言葉を発してくれた。