第150話 ビビアナが向いている戦闘タイプはどれ?
ドラスレ祭りは大盛況のまま、幕を閉じた。
村人も遠方の参加者も関係なく、夜の閉幕までとてもにぎやかだった。
陛下とジェズアルド殿にも気に入っていただけたようで、次の開催では招待状を送るようにと指示されたほどであった。
そして、斧投げ大会の結果は、飛距離を競うスポーツの優勝者は俺であった。
そして、的当ての優勝者はシルヴィオであった。
優勝賞品はチキンをはじめとした肉料理の豪華セットであったため、俺は受け取りを辞退した。
この賞品は村の子どもたちに分け与えるようにと、村長へ言いつけることにした。
シルヴィオは別の領地で暮らす家族に持って帰りたいと、顔をほころばせながら言っていたな。
「シルヴィ、お母さんや兄弟の子たちと、無事に会えたかねぇ」
にぎやかだったドラスレ祭りから三日が経った。
静かな屋敷の居間で、アダルジーザがハーブティーを片手にくつろいでいる。
「心配することはない。シルヴィオは強い。道中で野盗や魔物に襲われても、軽々と撃退しているだろう」
「そうだねぇ」
預言士の調査を陛下から依頼されているが、宮廷から正式に依頼されるまで待てと言われている。
そのため、アダルジーザとともに畑仕事に従事したり、サルンの関所の見回りなど、サルンの領主として行うべき仕事をこなしていた。
「宮殿から、まだ依頼は来ないのかねぇ」
「そうだな。もうじき来ると思うのだが」
「陛下もお忙しいから、依頼のこと、わすれちゃってるのかなぁ」
「そんなことはない。陛下は政治や業務をしっかりと管理されている。他に優先すべき業務に追われておられるのだろう」
ヴァレダ・アレシア東部の反乱が起きたあたりから、陛下は政治に積極的に参加するようになられたと、ジェズアルド殿が言っていた。
サルヴァオーネの影響力が低下し、陛下にも自信があらわれてこられたのだろう。
「やることが特になければ、俺も畑を見まわりに行くが、どうする?」
「ふふ。今日はぁ、おうちでのんびりしててもいいんじゃないかなぁ」
アダルジーザがとなりでほほえんでいる。
「そういうわけにはいかないだろう。俺はサルンからはなれていることが多いから、皆にまかせっきりだ」
「グラートはぁ、お国の大事なお仕事に従事してるんだから、だれも怒らないよぅ」
「だがなぁ。サルン領主らしいことを何ひとつできていないからな」
「サルンにいるときはぁ、ゆっくり休みなよ」
アダルジーザが俺の後ろにまわって、肩をやさしい力で揉んでくれる。
「かなり、硬いねぇ」
「そうだな。斧でもふって、肩をほぐさないと」
「じっとしてるの、むかしから苦手だよねぇ」
家や屋敷で静かにしているのは、どうも苦手だ。
「ジルちゃんみたいに、気ままでいられたら、いいんだけどねぇ」
「そうだな。ジルダはヒマな時間を活用するのがうまい。今度、いい方法を聞いてみるか」
ジルダは村の人間たちを使って、金脈や有効な資源を探しているようだ。
村のため、とジルダは言っているが、どこまで信じていいかは、疑わしいところだ。
玄関から呼び鈴の音がする。
「だれだろう」
アダルジーザが客人を出迎えてくれる。
玄関から聞こえてくる若い声は、ビビアナだな。
「グラート。ビビちゃんだよぅ」
「ああ。通してくれ」
アダルジーザに連れられて、ビビアナがかしこまった様子で居間にあらわれた。
「グラート様。朝早くからお邪魔して、すみません。いつごろお伺いすればいいか、わからなかったので、そのっ」
「気にするな。俺も、きみと話をしたいと思っていたところだ」
ビビアナに向かいの椅子を差し出す。
おずおずと腰かける彼女に、アダルジーザがハーブティーをわたしてくれた。
「俺のことは、気がねなく呼んでくれてかまわない。シルヴィオやジルダも、かしこまったりしないからな」
「い、いえっ。そんな……。わたしにとって、グラートさまは、雲の上の方ですから」
雲の上……か。
「そんなことはないと思うが……話が逸れるから、この話はいったん置いておこう」
「は、はいっ」
「騎士の修行を受け持つにあたって、きみがどのような騎士になりたいのか。それをまずは聞きたいのだ」
ビビアナが神妙な面持ちで俺を見ている。
「どのような騎士、ですか」
「たとえば、民の声を聞き、善政を敷く騎士になりたいのか。それとも、軍事能力で陛下やスカルピオ殿に尽くしたいのか。騎士とひとえに言っても、目指す方向によって修練を積む内容は大きく異なると思う。ゆえに、きみの希望を最初に聞きたいのだ」
俺は一介の冒険者から騎士に選抜されたから、騎士の一般的な修行内容がわからない。
スカルピオ殿は俺の戦闘能力を期待しているのかもしれないが、ビビアナの希望はそれと異なるかもしれない。
「どう、なのでしょう。わたしはただ、騎士になれればいいと思っていましたが……」
ビビアナは将来の展望が描けていないようだな。
「では、考え方を少し変えよう。きみは、どんな人間になりたい?」
「どんな……? えと、強く、なりたいです!」
「強く、か。ようするに、戦いで敵を打ち負かしたいということだな?」
「そう、ですね。打ち負かしたくはないですけど、強くなって、グラートさまみたいに、いろんな方をお守りできる人になりたいです」
この子は、やはりやさしい心をもっている。
騎士に必要不可欠な要素だと思う。
「じゃあ、グラートに、稽古をつけてもらったら、いいんじゃないかなぁ」
アダルジーザが俺のとなりに座って、助言してくれた。
「そう、ですね。それが一番いいのかもしれません」
「グラートも、それでいいよねぇ?」
ビビアナと稽古をすることに異論はない。
だが、稽古の方向性も先に決めておくべきだろう。
「まずは武術の鍛錬と、基礎体力づくりだな。戦うのなら、きみはどのようなタイプを目指したいのか? 俺のように斧や武器で戦うタイプか。それとも、アダルやジルダのように、魔法で攻撃やサポートをしたいのか」
「ええと、魔法は、あんまり得意じゃないので、武器メインの方がいいです!」
「戦士タイプだな。では、武器は何を使いたい? 斧や大柄な武器がいいか。それともシルヴィオのように幻影剣のようなものがいいか。はたまた槍にするか」
「え、ええと……どうすれば、いいんでしょうか」
ビビアナが頭をかかえてしまった。
「グラート。そんなに急に、考えられないんじゃないかなぁ」
アダルジーザも困惑しているようだが、
「だが、先にある程度決めておいた方がいいだろう。武器や戦い方を決めるのは、冒険者でも常識だっただろう?」
「冒険者と騎士だと、違うような気がするけど」
「多少の違いはあるかもしれないが、戦い方に関する基本的な考えは同じだ。鍛錬をはじめてから武器や戦い方を変えたら、無駄な時間が生じてしまう。無駄は、なるべく省きたいのだ」
とはいえ、武器や戦い方を決めるのは簡単ではないか。
「すぐに答えは出ないか。ジルダにも意見を求めたいな」
「ジルちゃん。呼んでこよっかぁ」
「ああ、頼む」
* * *
ジルダは朝から外出していたようで、彼女が俺の屋敷にやってきたのは昼下がりだった。
「なんかよくわかんねぇけど、ビビの今後の戦い方を考えればいいのか?」
ジルダを迎えて、四人で屋敷のテーブルをかこむ。
テーブルには、ジャガイモをこまかく切ったおやつが出されている。
「ビビは力があんま強くねぇから、どっちかっていうと魔道師タイプっぽい気がするけど、魔法は嫌なんだろ?」
「は、はい。嫌というか、詠唱とか覚えられる気がしないので……」
「あんなの、何度も使ってりゃ、そのうち覚えるっつーの。なぁ、アダル」
「う、うーん。そうかなぁ」
俺も魔法を使うのは苦手だ。ビビアナの気持ちは理解できる。
「武器で戦うっつったって、グラートみたいにバカ力で斧とかふれないだろ?」
「はいっ。あんな戦い方は、できる気がしないです」
「といっても、シルヴィみたいにすばしっこく戦うのも、きびしいだろぉ?」
「そ、そうですね。シルヴィさん、ツバメみたいに速いですよね」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
ジルダも呼んで話し合いをはじめてみたが……予想以上に難問だ。
「ビビは絶対、魔法使いの方がいいって! ぼくが適当におしえっから」
「回復魔法だったら、わたしが教えられるけどねぇ」
「は、はいっ」
「待つのだ。ビビアナの希望を無視して話を進めてはならん」
「そうだけどさぁ」
ビビアナの特性を考えたら、魔道師の方がよいのか?
シルヴィオにも意見をもとめたいが……サルンにはすぐ帰ってこないか。