第149話 祭りの最後はドラスレイモの試食会で締めて
ビビアナは馬にたくさんの荷物をつなげているようだ。
鞍にふたつの麻の大きな袋がとりつけられている。
「ビビアナ。きみが寝泊まりする宿舎は手配させている。その大きな荷物を移動させよう」
「あっ、これはサルンの皆様へのお土産です」
手土産をわざわざ用意してくれたのか。
「ドラスレ様とサルンの方々に、これからしばらくお世話になりますので、手ぶらで行くわけにはいかないだろうと、スカルピオ様から言われてしまいまして」
「俺たちは、共にヴァレダ・アレシアに仕える者なのだ。そんなにかしこまらなくてもいいだろう」
「はい。ですけど、騎士はやっぱり礼儀が大切ですから」
騎士の礼節を説かれれば、従わないわけにはいかないな。
「わかった。きみとスカルピオ様の気配りに感謝いたそう。それで、その袋には何が入っているのだ?」
「これは、グルリアス高原で採れたジャガイモです!」
おおっ、あのおいしいジャガイモか!
ビビアナがジャガイモの入った袋を馬から外すが、どうやらかなり重いようだ。
俺が代わりに受けとったが、袋は土が入れられているような重量があった。
ふたつの袋には、黄土色の皮をかぶったイモがたくさん入っている。
祭りで肉をたくさん食べたというのに、口から涎が出てしまいそうだ。
「グラート。その袋に入っているのは、なんだ?」
陛下にジャガイモの存在は報告したが、実物をお見えになるのはこれが初めてか。
「陛下。こちらがジャガイモです。フォルキアやアゴスティの食料問題の対策として採用した食物です」
「ああっ。これが、例のドラスレイモなのだなっ」
ドラスレイモ……?
「グラート。お前は、これがドラスレイモと呼ばれていることを知らないようだな。フォルキアでは、お前がこのイモを見つけたから、ドラスレイモと呼んでいるそうだぞ」
そうだったのか。
陛下がビビアナを見やると、彼女がびくりと肩をふるわせた。
「はいっ。アゴスティやラブリアでも、多くの方がドラスレイモと呼んでます。わたしたちのために力を尽くしてくださったドラスレ様のことを、みなさんが覚えていたいのだと思います」
そう、だったのか……。
「お前のはたらきに、皆が感謝しているのだな」
俺は、自分の出せる力と思いに従っているだけだ。
しかし……心に熱く灯るものがあった。
「このドラスレイモが、はたしてどのような味なのか。わたしも食べてみたいな」
「へっ、へいかが、これを食べるんですか!?」
「そうだが……いけないのか?」
「い、いえ。だって、その……宮殿にいらっしゃるお方が、食べられるような高級品ではありませんから」
ジャガイモに対するヴァレダ人の偏見は、簡単には変わらないだろう。
だが、
「ならば、なおさらいただかねばならぬ。グラート、このイモを今から調理することは可能か?」
この寛大な陛下がヴァレダ・アレシアを治めてくださっているから、心配することはないだろう。
「はい。可能です。村の者たちにすぐ手配させましょう」
「うむ。急用を申しつけて、すまないな」
村の男たちを呼び、ジャガイモの入ったふたつの袋を運ばせる。
調理法はビビアナから村の女性たちに伝えてもらう。
祭りの会場のかたすみで、ジャガイモの調理がすぐにはじまった。
「なんだ? 新しい催し物か?」
「行ってみようぜ!」
会場の参加者たちが、さっそく興味をしめしたようだ。
「皆もどのような料理ができるのか、楽しみなようだな」
「はい。一度食べたら、すぐに気に入ることでしょう」
「その中には、わたしも入っていると考えてよいのだな?」
「もちろんでございます。陛下の頬も、とろけて地面に落ちてしまうことでしょう」
談笑する陛下のそばで、ビビアナが茫然としている。
「陛下って、とても変わった……い、いえっ、寛大なお方なんですね」
陛下と目が合うと、ビビアナが「ひっ」とふるえた。
「わたしは無知ゆえ、宮殿の外でどのようなことが行われているのか知らぬのだ。祭りや食事のことも同様だ」
「は、はぁ」
「あなたは、わたしのような者が国王では不服なのかな?」
「い、いえっ。けして、そのような、ことは……!」
ビビアナが緊張のあまりに舌をかんでいた。
陛下と会話しながら待っていると、ジャガイモの調理が完了したようだった。
調理器具のすみに置かれているのは、大量の湯が注がれた釜か。
ジャガイモは皮を剥いて、湯でしばらくゆでていたようだ。
そして、やわらかくなったジャガイモをすり鉢でつぶすのか。
「ああっ、いい香りがしますね~ これですよっ」
ビビアナが無邪気に言ったが、陛下の視線を感じて縮こまった。
「すっ、すみません!」
「気にするな。あなたの言う通り、いい香りがするな!」
ジャガイモの素朴ながらに食欲をそそる香りが、会場の全体へとひろがっている。
村の女性が、すりつぶしたジャガイモの料理を皿に移して、会場の人たちに運んでいく。
俺と陛下にも、ジャガイモの料理が手渡された。
「これは、なんという名前の料理なのだ?」
「名前はとくにありません。グルリアス高原の方々が、こうやって食されていましたので、わたしたちもマネをしてるんです」
とてもおいしそうな料理だ!
「お塩をお好みに合わせて、入れてください。葉っぱでくるんでも、おいしいですよ!」
まずは、そのままいただいてみるか。
ホクホクしたイモの味わいと甘味が、口にすぐひろがる。
少しくわえた塩味がアクセントになって、イモの味わいに深みをあたえている。
「おっ、うんめ!」
「おいしい!」
会場の参加者たちからも次々と声が上がる。評判は上々のようだな。
陛下はジャガイモを前にして、少し顔をしかめていた。
だが、おそるおそるお食べになると、くもった表情を一変された。
「不思議な味と食感だ。麦に似ているのに、味も食感もまるで違う。クセはあるが、おいしいではないかっ」
「はい! 一度食べれば、病みつきになりますよっ」
ビビアナが声を立てたが、相手が陛下だと気づいてすぐに縮こまった。
「グラートぉ。いねぇと思ったら、こんなところにいやがったのかよぉ」
ジルダやジェズアルド殿も、ジャガイモの香りにつられたのか、斧投げ会場から歩いてきた。
「ジェズアルド。よいところに来た。お前もこれを食べるのだ」
「陛下。ずいぶんとご機嫌がよいようですが、そちらの黄色い食べ物はなんですか?」
「これが、うわさのドラスレイモだっ。いいから食べよ!」
陛下がスプーンでジャガイモの少量をすくって、ジェズアルド殿の口へ滑り込ませた。
ジェズアルド殿はわけもわからずに口を動かされていたが、次第に表情をやわらかくされて、
「よくわかりませんが、まろやかな味がしますな。これは、サルンで採れる食材ですかな?」
ジャガイモの味に満足していただけたようだ。
「違う。ドラスレイモであると、言っておるではないか」
「ドラスレイモ!? では、これが、フォルキアで新たに採用された食材なのですか」
「そうだ。よい味だろう?」
陛下のお墨付きをいただければ、ジャガイモに対する偏見や苦手意識も消えていくだろう。
「よくわかんねぇけど、うめぇなぁ!」
「今まで食べたことのない味だが、悪くはないな」
ジルダやシルヴィオもジャガイモを気に入ってくれたようだ。
「グラートさん。こんな料理を出す予定なんて、あったんでしたっけ? 俺は、何も聞いてませんけど」
「祭りの当初の予定にはなかったものだ。ビビアナが、俺たちのためにアゴスティからもってきてくれたのだ」
ビビアナの背中を押して、ジルダたちに紹介する。
ビビアナのことを紹介しようとしたが、
「あっ、お前。アゴスティのへなちょこ騎士!」
「こ、こんにちはぁ」
ジルダはビビアナのことを知っているのか?
「なんで、お前がここにいるんだよ」
「はは。その、へなちょこを直せと、スカルピオ様から言われてしまったので……アゴスティからやってきました~」
シルヴィオもビビアナのことを知っているのか。
「ジルダ。失礼なこと言うなよ。ビビさんの方が、俺たちより偉いんだぞ」
「そうだけどさぁ。こいつ、よえぇじゃん」
「あ、あはは。あはは……」
そうか。フォルキアの遠征軍をふたつに分けたとき、シルヴィオとジルダはアゴスティにいたのか。
「お互い顔を知っているというのであれば、話が早い。ビビアナはこれから、お前たちといっしょに行動する。仲良くするのだぞ」
「はい。もちろんです」
「ぼくらは別にかまわねぇけど、足ひっぱんなよなー」
「は、はい……」
ビビアナは技術や体力面も不安があるが、何より気持ちの弱さが気がかりだな。
いちから鍛え上げて、スカルピオ殿に満足していただこう。
ビビアナと話すシルヴィオやジルダをながめて、陛下とジェズアルド殿がほほえんだ。