第148話 新たな王命と東からの使者
気を取り直して、的を斧で射抜く競技に参加だっ。
会場の向こうに立てられている丸い的に斧を投げればいいようだ。
「あそこに投げるの? けっこう遠くね?」
「そうだな。的もそれほど大きくない。これは、予想よりも難しいかもしれないぞ」
丸い的は、何本かの黒い線が引かれている。
三回ほど斧を投げて、中心を射抜くほど高得点が獲得できるのか。
「グラートさん。ここは俺から行きますよっ」
優勝候補のシルヴィオがいきなり投げるか。
「先に投げてしまっていいのか? 後攻の方が有利だぞ」
「グラートさんの、あんな人間離れしたパフォーマンスを見たばっかりですからね。いいところを早く見せないと、俺の存在感がなくなってしまいますよっ」
シルヴィオは今日もやる気に満ちあふれているな!
シルヴィオが手斧を受けとって、慎重に投げ飛ばす。
斧は使い慣れていないはずだが……さすがだ。的の中央に近い場所をヒットさせた。
「どうですかっ、グラートさん」
シルヴィオの声に、黄色い声援が上がった。
「やるな、シルヴィオ。ならば、お前の主として意地を見せよう」
「おねがいしますよっ」
高らかに宣言したものの、この競技は俺にとって難しいかもしれない。
投擲の正確さもそうだが、先ほどの要領で投げたら、村人たちが丹精を込めてつくってくれた的をこわしてしまうかもしれない。
「あの的は、こわすわけにはいかぬな……」
「余計なこと気にしなくていいから、早く投げろよ!」
ジルダに尻をたたかれて、仕方なく斧を投げた。
だが、狙いを定められていなかったのか。斧は的の端をたたいただけだった。
「ふむ。グラートにも苦手なものがあるのか」
陛下は、会場のすみに用意された日陰で休まれておられた。
「あのように正確さを競うものは、どうも苦手ですな。あと、的をこわしてしまうのも怖い」
「ふふ。グラートは、いろいろなことを考えているのだな」
視線の先で、ジルダが「とりゃ!」と斧を的に投げていた。
「あの競技では、お前の臣下に負けているようだぞ。挽回しなくてよいのか?」
「はい。シルヴィオの自信を喪失させたくありません。主だからといって、どのような競技にも勝つ必要はないでしょう」
「臣下思いなのだな」
陛下が頬をゆるめておられた。
遠くの会場では、五歳くらいの子どもたちが草の球を投げている。
アダルジーザは村の女性たちとともに、子どもたちを支援してくれているようだ。
「グラートにはすまないが、近々、また宮殿に来てもらわなければならぬ」
陛下も遠くの子どもたちをながめながら言った。
「宮廷で、また不穏な動きがあるのですか?」
「いや。宮廷はジェズアルドとベルトランドが見張ってくれているから、表立った動きはない。だがベルトランドから、ある提案をされたのでな」
「ある提案、とは?」
「預言士と、預言石の調査だ」
陛下の口から、思いもよらない言葉が出た。
「ベルトランドの話によると、ヴァレダ・アレシア東部のこの間の反乱は、預言士という古代人が関わっていたそうだ。反乱軍の中心人物たちは預言石という未知の物質を使って、われら正規軍と対等に戦っていたとも聞いた」
陛下は、やはり聡明な方だ。
政治や戦争に表立って指揮をとられないが、状況をしっかりと把握しておられる。
「陛下のおっしゃる通りです。感服いたしました」
「ふふ。預言士や預言石というものがどういうものなのか、くわしいところまでは知らぬ。わたしは、ベルトランドの報告を受けただけだからな」
「ヴァレダ・アレシア東部の反乱は、ヒルデブランドというオドアケルのギルドマスターが仕組んだものですが、ヒルデブランドは預言士の末裔を名乗っていたのです」
「なんと! そうであったのか……」
俺が預言士の末裔だと言ってしまったら、陛下を不必要に怖がらせてしまう。
「ヒルデブランドの捜索は続けていると思いますが、残念ながら捕縛することはできないでしょう。ですが、彼を捕まえられなければ、あのような反乱をまた起こされてしまいます。それだけは、なんとしてもさけなければならない」
「うむ。ベルトランドも、同じことを言っていた。そこでだ。預言士と預言石について、秘密裏に調査を進めたいのだ」
陛下の決断力は、すばらしい。よい判断だと思う。
「悪の首魁は残念ながらとり逃がしてしまったが、あのような者が他にもいないとは限らない。よって、われらが先手を打ち、預言士と預言石について調べ上げるのだ」
「は。陛下のご意思に従います」
「預言士や古代の遺物を調査することは、ヴァレダ・アレシアの繁栄にもつながるだろう。宮廷からも担当を割り振るつもりだが……グラート。お前の力もわたしに貸してくれ」
「もちろんであります。必ずや、預言士と預言石の正体を明かします」
預言士の正体や、彼らが興した文明は、俺も知りたいと思っていた。
またとない機会を陛下みずから用意してくださったのだ。
「ドラスレ様!」
陛下と日陰で歓談していると、村の若い男が緊張しながらやってきた。
「どうした?」
「はいっ。その、ドラスレ様を尋ねてきたと言っている者がいるのです」
俺を尋ねてきた? ベルトランド殿の使者か?
「わかった。その者の下へ案内してくれ」
「はっ。しょ、承知しましたっ」
陛下をお連れして、会場の入り口へと向かう。
ジェズアルド殿は、シルヴィオやジルダとともに競技に参加していたから、そのままにしておこう。
多くの参加者でにぎわう会場のすみで、ひとりの女性が所在なげに立ちつくしていた。
幼さの残る丸い顔立ちに、青いチュニックを着こなしている姿が印象的だ。
革のロングブーツや手袋をしっかりとつけて、名家のご息女だというのが遠目からわかった。
「だれかと思ったら、きみだったのか。ビビアナ」
ビビアナが俺に気づいて、手を大きくふってくれた。
「ドラスレさまっ。おひさしぶりです!」
従騎士のビビアナをサルンで修行させたいという話は、アゴスティのスカルピオ殿から以前に依頼されていた。
それから音沙汰がなかったから、この件は立ち消えになってしまったのだとばかり思っていた。
「アゴスティから、よく来てくれた」
「はいっ。その、着くのが遅れてしまって、申しわけありません。サルンを目指してたのですが、途中で道を間違えてしまったようで……」
だから、途中で音沙汰がなくなったのか。
「サルンとアゴスティは遠い。無事に着いてくれて、よかった」
「はい。これから、ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いしますっ」
ビビアナが姿勢を正して、まっすぐに頭を下ろした。
「グラート。この女子は、お前の近親者か?」
陛下はビビアナをご存じないせいか、少し戸惑われているようだ。
「いえ。この者は東のアゴスティに仕える従騎士です。よその土地で修練を積ませたいと、アゴスティ領主のスカルピオ殿から依頼されましたので、わたしがしばらく引き取ることになったのです」
「そうであったのか」
「彼女はビビアナです。どうか、お見知りおきください」
ビビアナも陛下の前で困惑していた。
「ビビアナよ。グラートが課す修行はきびしいかもしれないが、どうか初志を曲げずに、よい騎士になってくれ」
「は、はぁ」
ビビアナが返答に窮して俺を見た。
「ビビアナ。きみはとても幸運だ。非公式であるが、陛下と面会させていただいたのだからな」
「へ、へい、か……ですか?」
「どうか、驚かずに受け止めてほしい。こちらにおわす方は、ジェレミア国王陛下だ。きみの主であるスカルピオ様が仕えておられるお方だ」
突然の話だったからなのか、ビビアナは俺の言葉を理解できていないようだった。
石のようにしばらくかたまって、首を二回ほどひねった頃に、両目を飛び出すほど見開いた。
「へへへへ、陛下っ!?」
「待てっ、ビビアナ。声が大きい!」
俺は卒倒しそうになるビビアナを全身でおさえた。