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第147話 お忍びの陛下と斧投げ大会

「だれだ?」

「さぁ」


 顔を上げると、絹の艶やかな服に身をつつんだ者たちが立っていた。


 紺のマントを羽織り、金糸のような髪を後ろで束ねている姿は、平民とほど遠い。


「やっと見つけたぞ。お前は人気者だから、この広い会場から探すのは大変だったのだ」


 中央に立つ男性は、女性のようにきれいな顔立ちで笑っている。


 この落ちつきはらった立ち振る舞い。


 そして、ととのえられた貴族服がかすんでしまうほどのお美しい方は――陛下!


「へっ、陛下――」

「待て、グラート。声を上げてはならんっ」


 陛下がお忍びで、ここまで訪問されていたとは……!


「ここでわたしの正体を明かせば、他の者たちの迷惑になる。今日のわたしは、一介の冒険者としてここへ来ているのだ」

「はっ」

「ドラスレ祭りという、とても興味深い催し物が開かれると聞いていたのでな。楽しみにしていたのだ!」


 陛下が女性のように慎ましやかに笑う。


 しかし、無邪気なそのお姿は、どんなものにも興味をしめす子どものようにも見えた。


「グラート。このように奇怪な……いや、愉快な祭りに陛下を招待しないだなんて、無礼にもほどがあるぞっ」


 陛下の傍らに立っていたのは、ジェズアルド殿か!


 ジェズアルド殿は胸を張って、「がっはっは」と笑った。


「は。わたしとしたことが、心配りが欠けていました」

「冗談だっ。わたしもこの国の祭司を管理する者であるからな。ドラスレ祭りがどのようなものになるのか、とても興味があったのだ!」


 ジェズアルド殿は祭りや催し物が好きな方だ。


 所詮は小さい村で開催する祭りでしかなかったが、陛下とジェズアルド殿に招待状を送るべきであったか。


「陛下にジェズアルド様も、この祭りに過剰な期待はかけないでほしいですな。サルンは貧しい土地ですから」

「はっはっは。われらも民に過剰な注文はしない。心配いたすな」

「そうだぞ、グラート。これは国民と触れ合う良い機会なのだ。国民がどのような生活をし、どのようなものに興味をしめすのか。わたしたち宮廷の人間たちは、もっと知らねばならぬのだ」


 陛下もジェズアルド殿も、とても聡明な方だ。


 余計な憂慮を抱くのは、かえって無礼にあたるかもしれない。


「げっ。あんたは……!」


 ジルダがジェズアルド殿を見て、妙な声をあげた。


「おっ! お前はたしか、グラートの妹だなっ」

「お、おう……っ」

「前は驚かしてすまなかったな。今日は怒ったりしないから安心してくれ!」


 陛下とジェズアルド殿に、皆のことを紹介できていなかったか。


「ジェズアルド様。ジルダは俺の妹ではありません。元冒険者の、俺の臣下です」

「おおっ、そうであったか」

「そして、こちらが妻のアダルジーザ。そのとなりにいるのが、臣下のシルヴィオです」


 アダルジーザとシルヴィオが、おずおずと頭を下げた。


 陛下がうすく笑って、アダルジーザを見やった。


「アダルジーザ殿は、何度か会っているな。グラートをよく支えてくれているようで、わたしからも礼を言いたい」

「は、はいっ」

「グラートに危険な戦いばかりをさせてしまって、すまないと思っている。しかし、これからもヴァレダ・アレシアのためにグラートの力が必要になってしまうから、どうか寛大な心で見守ってほしい」

「そ、そんな。それが、グラートの望みですからっ」


 アダルジーザも陛下の前では緊張するか。


 縮こまっているジルダやシルヴィオを見て、陛下が少し寂しそうに笑っておられた。


「ところでグラート。この祭りの主な催し物は飲食なのか?」

「いえ。これから斧投げ大会が開かれますので、それがメインでございます」

「おっ、斧投げ大会だと……!?」


 陛下がまた、子どものように顔を赤くされた。


「グラートも、斧を投げるのかっ?」

「ええ。もちろん。あの山の彼方まで、斧を投げてご覧に入れましょう」


 サルンの山はここから遠いが、きっと斧を飛ばせるだろう。


「斧を投げるだなんて、まさにグラートのためにある大会ではないか!」

「ええ。ですから、ドラスレ祭りなのでありますよっ」

「はっ。そ、そうかっ」


 陛下はとても素直な方だ。どんなものも、まっすぐに受け止めてくださる。


「グラート。お前が山の向こうまで飛ばすと言うと、冗談に聞こえないな!」


 ジェズアルド殿も、普段の快活なお姿で笑ってくださっている。


「ええ。冗談ではありません。ジェズアルド様も、ぜひ斧投げ大会にご参加ください」

「わたしたちも参加していいのか?」

「もちろんです。十五歳以上の男性は斧、子どもと力に自信のない女性は安全を考慮して、草でつくった球を投げます。飛距離を競うものと、的を射抜く競技があり、どちらにも参加できます」

「お、男は、斧……か」


 ジェズアルド殿が、ちらりと陛下を見やる。


 陛下は返答に窮しておられたが、やがて顔を上げて、


「わ、わたしもっ、斧を投げるぞっ」


 力強くお答えになられた。


「ご安心ください。斧といっても、伐採用の手斧です。刃も鈍くするように言いふくめております」

「わかった。せっかくドラスレ祭りに来たのだ。しっかりと、祭りの神髄を堪能することにしよう」


 ジェズアルド殿がとなりで涙をこらえておられた。



  * * *



 村の者たちの案内に従って、斧投げ会場へと移動する。


 大会はすでに開始されているようだ。斧を投げる順番なども、とくに定められていないらしい。


「ところで、陛下。ベルトランド様はお出でになられていないのですか?」

「ああ。彼も誘ったのだが、『陛下の留守を預かる』と譲らなくてな。連れてこられなかったのだ」


 ベルトランド殿は責任感の強い方だ。


 ゆっくりと話をしたかったが、それは別の機会に譲るしかないか。


「彼は優秀な騎士だが、まじめすぎるところが玉に瑕だな」

「そのようなことはありますまい。ベルトランド様のような方がいるから、宮廷は安泰でいられるのです。ベルトランド様にも何か、後で祭りの品をお送りしましょう」

「うむ。そうしてくれ」


 さぁ、斧投げ大会だ!


 やはり、飛距離を競うスポーツが気になる。


 村人から手斧を受けとって、競技場を見わたした。


 競技場といっても、ドラスレ村の子どもたちが普段あそんでいる原っぱに、白いロープを横に引いただけの簡素なものだ。


 ロープは一定の間隔で引かれ、ロープを越えた本数で斧の飛距離を測定するようだ。


「ここから、投げればよいのか?」

「そうでしょう。まずは陛下からどうぞ」

「わかった。少し、緊張するな」


 陛下が斧を投げるスペースに立って、ぎこちない動作で斧を後ろに引く。


「てやっ」


 懸命に投げてくださったが、斧は二本のロープをわずかに越えた場所に落下した。


「あまり飛ばなかったな。思っていたほど、簡単ではない」

「いえ。あれだけ飛ばせれば、ご立派ですよ」


 次に投擲されるのは、ジェズアルド殿か。


「陛下の無念は、わたしが晴らしましょう。ヴァレンツァの代表として、サルン領のグラートなどに負けるわけにはいきません!」


 ジェズアルド殿……斧を受けとったら、目の色がお変わりになられたぞっ。


「いや、ジェズアルド。負けてもいいではないか。領地ごとに競うものではないのだぞっ」

「いえ、陛下っ。どのような大会であれ、競う以上は戦いなのですっ。すなわち、領地の代表として、この男に勝たねばならぬです!」


 ジェズアルド殿が、「とりゃあ!」と大声を発して、斧を盛大に投げた!


 しかし……斧は無情にも三本目のロープしか越えられなかった。


「思ったほど、飛ばなかったようだな……」

「え、ええ……」


 がっかりする陛下の前で、ジェズアルド殿の顔面が蒼白になっておられる!


「へ、陛下っ。申しわけ、ありま――」

「気にするな! 祭りのただの余興なのだからなっ」


 それでは、俺の出番か。


 ヴァレダ・アレシアを代表する斧使いとして、なんとしても成果を上げなければならない。


「おっ、いよいよ真打ち登場!?」

「グラートさんが、ついに投げるのか……」


 ジルダとシルヴィオも、俺に期待してくれているか。


「こんなの、絶対グラートが優勝するに決まってるじゃんか」

「ふ、ジルダよ。そういうふうに考えるのは早計だぞ。俺が普段から使っているのは、両手持ちのポールアクスだ。軽い手斧を投げる習慣はないのだ」

「まぁ、そうだけどさ」

「このような手合いなら、器用なシルヴィオに軍配が上がるかもしれない。だがっ、まがりなりにもサルンの領主をつとめている身として、俺は負けるわけにはいかない!」


 預言士の祖先たちよっ。俺に力を貸してくれ!


 身体の奥底に眠る力を、解放する。


 アルビオネのドラゴンたちを倒した絶大なる力を、右手と手斧に集約させる……!


「お、おいっ」

「何が、はじまるのだっ」


 手斧よ。そしてサルンの山々よ。俺の全身全霊を受け止めよ!


「とりゃあ!」


 俺の投げた手斧が、高速で回転しながら青空のまんなかへと飛び立った。


 手斧はツバメのように飛来して、どこかへと消失してしまった。


「あれ。落ちてこねぇぞ」

「どうなっているのだ?」


 ジルダと陛下が顔を見合わせる。


 シルヴィオやジェズアルド殿も、青空をながめたまま唖然としていた。


「もっ、もしかして」

「本当に、山の向こうに飛んでいったのか?」


 やりすぎて、しまったようだ……。


「村の者たちよ。俺が飛ばした斧は後で必ず回収するっ。だから、落胆するでないぞ!」


 俺が声を上げると、会場がはち切れんほどの声援につつまれた。


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