第146話 ドラスレ祭り開催!
ドラスレ祭りの準備は、にぎやかに進められた。
村の男性たちは木を伐り、鉄を加工して手斧の製作に夢中になっている。
女性たちは、祭りの当日にふるまう料理や茶の準備を、会話を楽しみながら進めていた。
子どもたちは飾り付けやハーブなどの捜索を担当して、皆が思い思いの作業をこなしてくれているようだった。
「ドラスレ祭り、楽しみですね!」
ドラスレ村の裏山の奥深く。伐採斧を下ろしてシルヴィオが言った。
「そうだな。皆がせっかく企画してくれたものだ。なんとしても成功させたい」
俺たちもドラスレ祭りの準備を手伝っている。
祭りの予定日まで、日数が少ないのだ。
「そうですね。政治とか村の経営ばかりじゃなくて、たまには、こうやって息抜きするのも大事ですねっ」
「そういうことだっ」
シルヴィオが伐採斧をもちあげて、幹に強く打ちつける。
心地よい音がサルンの山々にひびきわたった。
「グラートさんは、飛距離を競う競技と、的を射抜く競技のどちらに参加するおつもりですか」
「俺は、両方に参加するつもりだ。どちらにも参加していいと、村長が言っていたのでな」
「そうでしたか」
「シルヴィオは、どうするのだ?」
「俺も……両方に参加しようかな」
木が頭上の葉をゆらしながら地面に倒れる。
倒れた木を村人たちに運んでもらう。
「村の女性はお前に期待している。その方が祭りも盛り上がるだろう」
「やめてくださいよ。そういうの、苦手なんですからっ」
シルヴィオは多くの女性たちから好かれているが、浮いた話ひとつ残さない。
「照れるな。お前も妻を迎えるのだ。家族をもつというのは、いいことだぞ」
「はぁ。俺はまだ、独りでいたいですけどね」
シルヴィオは、まだ妻を迎える気はないか。
「村の女性たちが聞いたら、かなしむな」
「俺のことは、ほうっておいてください。騎士になるまで、所帯をもつ気はありませんからっ」
シルヴィオは相変わらずストイックだ。それが、この男の美点か。
「話をもどしますけど、飛距離を競う方はグラートさんの一人勝ちでしょうね」
「そんなことはないだろう。力自慢は、この村にたくさんいる」
「そんなことありますってっ」
シルヴィオに苦笑いされてしまった。
「ですから、俺は的を射抜く方で優勝をねらいますよ!」
「いい心がけだ。俺も受けて立とう!」
「景品も一応あるみたいですから、楽しみですねっ」
「そうだなっ」
斧投げ大会、何げにかなり楽しみだ!
* * *
一ヶ月後の吉日にドラスレ祭りが開催された。
祭りの当日は天候に恵まれ、競技で使う斧や料理の下準備も一応は用意ができたようであった。
祭りの会場となったサルンの郊外は、多くの参加者で埋め尽くされている。
サルンの領外から多くの人たちが駆けつけてくれたようだが……こんなに盛況になるとは思っていなかったぞ!
「――ここに、ドラスレ祭りを開催する!」
会場に設けられたステージに立って、祭りの開催を高らかに宣言する。
会場にひしめく人々が大きな歓声をあげて、祭りの熱気が早くも最高潮に達していた。
「グラート。おつかれさまぁ」
挨拶を終えて俺がステージから降りると、アダルジーザが冷たいハーブティーを差し出してくれた。
「ありがとう。挨拶は無難にこなせていたかな」
「うふふ。最高に盛り上がってるんじゃないかなぁ」
祭りの参加者をがっかりさせないで済んだか。
「それなら、よかった。予想以上の大観衆であったから、しっかりと挨拶できるか少し不安だったのだ」
「グラードでも、不安に感じたりするんだぁ」
「もちろんだ。宮廷で発言するときもそうだし、戦争で軍を指揮するときもそうだ。俺の判断の過ちで、多くの者たちが――」
「ド、ドラスレさま!」
ステージのそばに設けられた席でアダルジーザと会話していると、突然、若い男の声が聞こえた。
椅子に座る俺の前に並んでいたのは、十代の少年たちだ。
「あんたが、ドラスレさまなんだろ。握手してくれよ!」
「あ、ああ。いいぞ」
俺が右手を差し出すと、一番手前にいた少年が両手で抱え込むように俺の手をにぎった。
「あっ、ずりぃぞ」
「俺も、俺も!」
少年たちの握手を皮切りに、祭りの参加者たちがこぞって俺に――ま、待て!
「俺にも握手してくれぇ!」
「あ、あたしもぉ!」
まずいっ。このままだと、せっかくの祭りが台無しになってしまうっ。
「お前たちっ、やめるのだ! 今日の趣旨は、祭りを楽しむことだっ」
必死に声を張り上げるが、押し寄せる者たちは簡単に引き下がってくれない。
「お前ら、下がれ!」
「グラートさんが迷惑してるだろ。はなれろ!」
俺の傍らにいたジルダやシルヴィオが間に入ってくれた。
村の男たちも身体を張って、祭りの参加者たちを下がらせてくれた。
「グラートは、人気者だねぇ」
祭りの騒動が一段落して、アダルジーザが苦笑した。
「そうだな。人に押しよせられるのは、どうも苦手だ」
「グラートはぁ、みんなの希望だもんねぇ」
ヴァレダ・アレシアの長い歴史でも、平民から騎士に成り上がった者は少ない。
騎士になりたくてもなれない者は、俺を羨ましいと思うのかもしれない。
「しっかし、こうやって人が集まってくると、のんびり会話もできねぇよなぁ」
ジルダが引っ張られた袖を直して、ため息をつく。
「そうだな。だが、仕方あるまい」
「あんなに騒がれてるのに、グラートはよく平気でいられるよなぁ。ぼくだったら身がもたないぜ」
「グラートはぁ、鋼の心をもってるからねぇ」
アダルジーザの言葉に、ジルダが「ぐぇ」とうめいた。
「そういうことぉ」
「前にジルダとヴァレンツァに寄ったときも、大変だったな」
「ああっ、宰輔のネタを探しに行ったときだろ? あれは大変だったよなぁ」
「あの後はジルダとはぐれて、合流したのはたしか夜だったな。あれから、ずいぶん経つのか」
サルヴァオーネとの戦いや、ラヴァルーサの激戦など、死線をさまよう時を何度もすごした。
しかし、今もこうして俺は生きている。皆に感謝だ。
「とりあえず、メシでも食べませんか? おなか空きましたよ」
シルヴィオのその言葉を合図に、俺たちは席を立った。
「村人たちは、どのようなメシを用意してくれたのだ?」
「それが、かなり豪華らしいですよ。野菜のシチューやスープの他に、ローストチキンとか肉料理がけっこうあるみたいですよ!」
なんと!
ジルダやアダルジーザも目を丸くしている。
「うそっ。なにそれ!」
「なんか、よその土地からかなりたくさんの差し入れがあったらしいぞ。それで、チキンとか豚肉をたくさん振舞えるようになったらしい」
「ほえぇぇ。そんな差し入れをしてくれる神様が、この国にもいたなんてなぁ」
ジルダの間の抜けた声に、つい笑みがこぼれてしまった。
ヴァレダ・アレシアで肉料理を普段から食べられるのは、陛下や上流階級の騎士たちだけだ。
平民はもちろん、俺たち中級以下の騎士たちですら、肉を食べる機会はとても貴重だった。
肉料理を振舞う屋台の前は、多くの人たちが並んでいた。
しかし、俺たちは領主の特権なのか、村の者たちが料理を用意してくれていた。
チキンの取っ手の部分である骨をもち、よく焼かれた肉にかぶりつく。
やわらかい肉がかみちぎられ、肉のうまみが口の中へすぐ広がった。
「うまいな!」
「はいっ」
「ほえぇ、さいこー」
ジルダやシルヴィオもチキンのおいしさに舌鼓を打っている。
「お肉の団子のスープも、おいしいよぅ」
アダルジーザは木のスプーンで肉団子をすくって、口へはこんでいる。
しかしスープが熱いのか、舌を出して少し苦しそうにしていた――。
「グラート!」
肉料理を楽しむ俺たちを呼ぶ声が聞こえた。