第144話 マジャウの村の大宴会
マジャウの者たちは、俺たちを受け入れてくれた。
マジャウの子どもたちの案内に従って、マジャウの大きな村へと入った。
彼らは皆、俺を覚えてくれていた。
俺を歓待してくれるその表裏のない笑顔を見ていると、戦いで疲れてしまった心を洗い流してくれるようだった。
「酋長、すぐに呼んでくる。ここで待ってろ」
金色の仮面をつけた者が、のっしのっしと歩いて村の奥へと消えていく。
俺たちは、村の入り口のそばにある待合室のような場所に通された。
「グラートさんから話は聞いてましたけど、実際に目にすると、なかなかの衝撃ですね」
シルヴィオは、俺のとなりでそわそわしている。
「だろっ。こんなことだろうと思ったから、ぼくは行きたくなかったんだっ」
ジルダはシルヴィオに対してしたり顔を向けていた。
「そ、そうだな。グラートさんがいるから、怖くはないけど、俺ひとりでいたら殺されそうだっ」
「ほんとだぜ。ま、そういうことになったら、ぼくらだっていっぱい抵抗すればいいさ!」
ふたりとも、ここへ初めて来て不安がる気持ちはわかるが。
「やめるのだ。マジャウの者たちは、そのような野蛮なことはしない」
「だ、だけどよ。こえぇじゃん! だって、魔物みたいな見た目なんだぜっ」
「人や相手を、見た目で安易に決めつけてはいけない。お前たちが警戒していたら、マジャウの者たちを無駄に刺激してしまう。堂々としているのだ」
シルヴィオとジルダは、気まずそうに目を背けてしまった。
大地をゆるがすような足音が、どこからともなく聞こえてきた。
「な、なんだよっ」
「何がっ、はじまるんですかっ」
マジャウの酋長が迎えに来てくれたのだな。
待合室の小屋から出て、マジャウの酋長を出迎える。
俺の目の前に、酋長が今日も山のようにそびえていた。
「ひさしぶりだ、人間」
「ああ。会いたかったぞ」
右手を差し出して、酋長とかたい握手を交わす。
酋長の手は、岩のようにかたい。
俺よりも大きいこの手で、この村の者たちを守ってきたのだ。
「まよいは晴れたか?」
酋長が、牙の生えた大きな口をゆるませる。
「ああっ。あなたのおかげで、大事なものを守ることができた。感謝する!」
酋長が大きな口を開けて、獅子の咆哮するように笑った。
「なんだなんだ!?」
「グラートさんっ」
シルヴィオたちが、驚いて小屋から出てきた。
酋長は彼らを見ても表情ひとつ変えない。
「お前の仲間か?」
「そうだ。俺の大切な妻と臣下だ。あなたに紹介したくて、連れてきた」
「そうか」
シルヴィオやアダルジーザは、酋長の圧倒的な存在に言葉をなくしている。
酋長は彼らを一瞥して、くるりと身体をひるがえした。
「宴会の用意をする。夜まで待て」
俺の大切な人たちを、酋長は受け入れてくれた。
* * *
陽が落ちて、マジャウの村の中央にある広場で盛大な宴会がはじまった。
塔のように立ちのぼるマジャウの聖火が、今日も盛んに火の粉を発している。
マジャウの者たちは聖火のまわりに集まって、各々が得意とする踊りを披露していた。
「なんだか、とてもにぎやかな方たちですね」
シルヴィオが、俺のとなりで所在なげにたたずんでいる。
俺たちはマジャウの聖火が見物しやすい席をいただいている。
席と言っても、草を編んでつくったカーペットが敷かれているだけだ。
都では感じられない自然的な味わいが、心をまた潤してくれる。
「ちょっとぅ、こわい人たちかなぁって思ったけど、みんないい人たちだよぅ」
アダルジーザは、マジャウの者たちに慣れてくれたようだ。
「マジャウの者たちは優しい者たちだ。何も恐れることはない」
「うんっ。みんなで、なかよくできるといいねぇ」
人間とよその部族が共存できる世の中がつくれれば、とても幸せになれると思う。
「ま、グラートがいるから、だいじょうぶっしょ。びびってもしょうがねぇし、とりあえずメシでも食おうぜぃ」
ジルダは目の前の皿に置かれている肉をつかんだ。
「うわっ。これ、このまま食うの?」
「そうだぞ。香辛料が利いていておいしいぞ!」
ジルダは肉のかたまりを疑うように見て、やがて小さい口でかじった。
「ん、中はけっこう生だぞ、これ。けど、まぁ……これはこれで、おいしいかな」
都の洗練された味わいとは異なるからな。
俺も肉を右手でつかみ、そのままかぶりつく。
香辛料のつんとした香りが血の香りとまざり、独特な味わいを生みだしているな。
アダルジーザとシルヴィオも、マジャウの料理に手をつけはじめた。
「ごはんって言えばぁ、ラヴァルーサとかの、食事の問題はどうするのぉ?」
アダルジーザが葉っぱの野菜を食べながら言うと、シルヴィオも反応した。
「そうでした! 今回の戦争って、この地方の食料が不足してるから起きたんですよね」
「そうだよぅ。悪い人たちは、グラートが倒してくれたけどぅ、食事の問題は、まだ解決してないんだよねぇ」
「そう、でしたね……」
俺たちのメンバーの中でも、アダルジーザが一番、住民たちの食料不足を心配していた。
サルンで毎日、農作業に従事しているからであろう。
「その話だが、解決策はすでに考えている」
「そうなのぉ?」
「ああ。ジャガイモを植えるのだ」
アダルジーザやジルダが、小首をかしげた。
「パダナ平原の北にあるグルリアス高原で、果物と同じくらいの大きさの食べ物があるのだ。それはヴァレダ・アレシアで一般的に食べられているものではないが、麦や粟の代わりになる可能性を秘めている」
「そんな食べ物が、あるんだぁ」
「ああ。グルリアス高原に立ち寄ったときに、偶然発見したのだ。あそこに住む者たちは、そのジャガイモを主食にしているようで、たしか簡単に育つと言っていた。ラヴァルーサやカゼンツァでジャガイモを栽培できれば、食糧難から脱却できるかもしれない」
ジャガイモの件はベルトランド殿に奏上した。
陛下にも奏上し、国策として推し進めてもらう予定だ。
「そうなんだぁ。よかったねぇ」
「グラートさんは、そんな対策まで考えてらしたんですね。やっぱりすごい……」
嘆息するシルヴィオを見て、ジルダが笑った。
マジャウの者たちが奏でる音楽が、少し冷たい空気にひびきわたる。
陽気な彼らの歌と踊りが、静かな夜をにぎやかな時間に変えていた。
――わたしは本気で、この不平等な世界を変えたいと思っている。
――もっとも良いことに使っているではないか。預言士の栄華をこの地に引き戻すという、歴史的な大事業にな!
ヒルデブランドは、預言士の末裔たる自分の血筋に誇りをもっていた。
邪悪ではあったが、彼なりの正義があったのだと思う。
多くの市民を巻き込んだあの男を許すことはできない。
しかし、だからといって、あの男を悪と切り捨てていいものだろうか。
――わたしもきみと等しく預言士の力を受け継いだ者っ。わたしの身体には、きみの怪力を凌駕する力が秘められているのだ!
――預言士の末裔たるわたしたちには、預言士がかつて築いた栄華を再興するという使命が課せられていると。
俺にも、預言士の力が秘められている。
この太い腕は、義父が与えてくれたものか。それとも、預言士の先祖が与えてくれたものなのか。
俺がこれから目指す道は、はたして正しいのか。
「楽しんでいるか、人間」
この声は、マジャウの酋長か。
「ああ。おいしい食事をいただいて、感謝する」
「気にするな。遠方の友を招いたら、食事をふるまうのが我らのしきたりだ」
マジャウの酋長が、大きな口をほころばした。
「まだ、まよいは晴れていないようだな」
「まよいはもう晴れているぞ。悩むことは何もない」
「うそをつくな。お前の顔には暗い影が見える」
そうなのか?
「前にも言ったが、まよっているときは戦うべきではない。戦う者にも休息が必要だ」
酋長の言う通りかもしれない。
「お前は、死ぬべきではない。次の戦いにそなえて、ゆっくり休め」
「わかった。あなたの言葉、しかと聞き届けよう」
俺は冒険者になってから、戦ってばかりいる。
騎士になって、さらに死地へと飛び込むようになった。
俺を心配してくれるアダルジーザやサルンの人たちのためにも、自分の身体をもっと大切にした方がよいのかもしれない。
酋長がそっと、太い腕を差し出した。
大きな手ににぎられているのは、ヒョウタン……いや、酒か!
「飲むか? 人間」
酋長の人のよさそうな顔が、そこにあった。
「もちろんだ!」
酋長から酒をもらい、ノドへと流し込む。
炎のような液体がノドを焼き、思わず息がつまりそうになる。
「うまいか?」
「ああっ。最高だ!」
マジャウの強い酒は、もやもやする気持ちを一瞬で吹きとばしてくれる。
強い酒を何も考えずに流し込むときも、戦士には必要だ!
酋長が大きなヒョウタンを片手でつかんで、酒をがぶがぶと飲みはじめた。
そして、炎を吐くような勢いで笑った。
第三部は長くなりましたが、これで終わりです。お付き合いいただきまして、ありがとうございました!
第四部ではブラックドラゴンのヴァールが復活します。本作史上の激闘が繰り広げられますので、お楽しみに!