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第142話 ヴァレダ・アレシア東部の戦いの決着

「ヒルデブランドさまぁ!」


 決死の叫び声が、夜の森にひびいた。


「あの声は……ベネデッタか?」


 気づいたら俺は、ヴァールアクスを振り下ろす手を止めていた。


 ふり返った視線の先に立っていたのは、やはりベネデッタだった。


「ヒルデブランド様っ」


 ベネデッタがわき目もふらずに駆け寄ってくる。


 そして、後退した俺とヒルデブランドの間に滑り込んだ。


「貴様っ、ヒルデブランド様からはなれろ!」


 ベネデッタが両腕をひろげて、ヒルデブランドをかばう。


 おのれの命を捨てようとするその姿が、ビルギッタとかさなった。


 ――ヒルデブランド様が、この世界を変えてくれるんだよ。


「しねっ、ドラスレ!」


 ベネデッタの怒声で、はっと我に返る。


 ベネデッタの放った電撃が俺の目の前で爆発し、俺は吹き飛ばされてしまった。


「ぐっ」


 電撃の威力は、そこまで強くはなかった。


 しかし、感電でしびれてしまったのか、うつ伏せに倒れた身体を起こすことができないっ。


「力が、入らない……」


 両腕をかろうじて動かすことはできるが、地面を手をつけても力が入らないのだ。


 こんなところで、ぐずぐずしている場合ではないというのに……。


 ヒルデブランドは、ベネデッタに支えられながら立ち上がっていた。


 俺に近づき、哀れむような視線を向けている。


「貴様を、ここで殺してやるっ」


 ベネデッタが右手をふり上げる。


 青く冷たい気は、氷の魔法……殺されるっ。


「待てっ、ベネデッタ!」


 ヒルデブランドが突然、怒るように叫んだ。


「ヒルデブランド様っ。なぜ、お止めになるのです!」

「この男を殺してはならん。この男は、わたしと同じく預言士の血を引く者なのだ。超文明をこの地に戻すために、この男の力がどうしても必要なのだ」


 ヒルデブランドは、何を言っている……。


「ヒルデブランド様っ。この男は、わたしの姉を殺した張本人なのです。それなのに、仇をとらせてくれないのですか!」

「待て。落ちつくのだ、ベネデッタ。きみの無念は、よくわかっている。だが、きみの姉は、わたしと同じ願いを抱いていた。違うか?」


 ベネデッタは、ヒルデブランドの力になりたかっただけだ。預言士の世界を築きたかったわけではないっ。


「そ、そうですが……」

「預言石はこの国の各地で出土することができるが、預言士はほとんど絶滅しているのだ。この男と、わたしの先祖は遠い場所でつながっている。どうか、わたしの寂しい気持ちを察してほしい」


 ヒルデブランドはわき腹がまた痛んだのか、苦痛に顔をゆがませていた。


 ベネデッタは俺をにらみながら、ふり上げた拳を下ろせずにいた。


 しかし――。


「敵はどこに消えたっ」

「さがせ!」


 都の兵たちの怒声が暗闇のどこかから聞こえてきた。


「ヒルデブランドさまっ」

「わかっている。こんなところで捕まってはならんぞ!」


 ヒルデブランドは俺に背を向けたが、なぜかまた俺を見下ろしてきた。


「ま、待て……」

「ドラゴンスレイヤー。きみはここでわたしを殺せるはずなのに、わたしを殺さなかった。それが何を意味しているか、わかるな」


 なん、だとっ。


「きみも無意識的に、わたしを生かそうとしているのだ。つまり、きみもわたしに同族意識をもっているということだ」

「ヒルデブランドさま!」

「わかっているっ。ドラゴンスレイヤー、さらばだ!」


 そんなものは、もっていない……っ。


 ヒルデブランドの細い背中が、遠くなっていく。


 彼らの姿が夜の暗闇に消えた頃に、都の兵たちがあらわれた。


「さっきの女はどこに行ったんだっ」

「よし、あっちを探そう!」


 兵たちが見当違いの方向を槍で指す。


 そして、どたどたと足音を立てながら、どこかへいなくなってしまった。


 声を上げたいが、ノドもうまく動かないのか、大きな声が出せない……。


「グラートさん!」


 兵の後をついてきたシルヴィオが、俺に気づいてくれた。


「だいじょうぶですかっ」

「だいじょうぶだ。命に、別状はない。だが、ヒルデブランドを、とり逃がしてしまった」


 シルヴィオが俺を起こそうとするが、俺の身体が重いのだろう。


 腕の力がそれほど強くないシルヴィオでは、俺を起こすのはむずかしいようだ。


「俺のことは、気にするな。それより、ヒルデブランドを……」

「何を言ってるんですかっ。グラートさんが倒れてるのに、放っておけるわけがないでしょう!」


 シルヴィオよ。その気持ちは嬉しいのだが、今はヒルデブランドを捕らえることが優先なのだ。


「敵の追跡は兵たちが行ってます。ですから、安心してくださいっ。それよりも、早くグラートさんを治療しないと!」


 だめだ。兵たちだけでは、ヒルデブランドを捕らえることはできない……。


「グラートさん、すぐにだれか呼んできます。ですから、ここで待っていてください!」

「シ、シル、ヴィオ……」


 俺は地面に縫い付けられるような姿で、遠くなっていくシルヴィオの背中をながめることしかできなかった。



  * * *



 ヒルデブランドを捕らえることはできなかった。


 ラヴァルーサを占拠してからもヒルデブランドの捜索を続けさせたが、彼らの痕跡は亡霊のように消えてしまった。


 ベネデッタをはじめとしたオドアケルの幹部たち。


 サンドラも看守の目を盗んで、パライアの地下牢から脱走してしまったようだ。


 ルーベンだけは静かに刑に服している。


 オドアケルに関する情報提供と、オドアケルからの脱退を条件として死刑を免除させる予定だ。


「グラート、ごくろうだった。お前が南門で敵を引きつけてくれなければ、戦いはもっと長期化していただろう」


 ラヴァルーサの中央にそびえ建つエステラ城。


 この城の玉座にベルトランド殿が腰を下ろしている。


「そんなことはありません。ベルトランド様の采配が見事に的中された当然の結果です。わたしのはたらきは、大きな戦略の一端でしかありません」


 ベネデッタの電撃で生じた感電は、時間の経過ですぐに引いていった。


 アダルジーザにも治療してもらい、体調は万全な状態にもどっている。


「また謙遜か。お前は、変わらないな」


 ベルトランド殿が、人のよさそうな顔で笑った。


「謙遜と言われても、困りますな。わたしは自分の気持ちを素直に述べているだけなのに、陛下もベルトランド様もそれは違うとおっしゃる。では、わたしはなんと答えればよろしいのでしょう?」

「ふ。そうだな。ほんの少しだけ、自分のはたらきを誇ればよいのではないか?」

「それは、もっと困りますな。わたしがもっとも苦手とすることです」


 苦しみながら返答すると、ベルトランド殿が手をたたいて笑った。


「お前は、やはりおもしろい。陛下がご執心になられるのがよくわかる」

「はあ」

「グラート、お前は知らないのかもしれないが、陛下と食事の席をごいっしょさせていただくと、陛下はお前の話ばかりするのだ。

 陛下はまぎれもなく男性であるが、グラートの話ばかりをする陛下のあのお姿は、年ごろの少女のようだったな」


 ベルトランド殿は、陛下が女性であることを知らないはずだ。


 だが、無意識的に生じる言動までは隠せないのかもしれない。


「ご冗談を。このような話をしているとジェズアルド様に知られたら、大きな声で叱られてしまいますぞ」

「そうだな。気をつけよう」


 ベルトランド殿が背筋をのばした。


「ヒルデブランドの捜索の件だが、わたしは打ち切ってよいと考えている」

「そうですか」

「お前があの男を危険視し、なんとしても捕らえなければならないと考えていることに異論はない。しかし、わたしたちには時間的猶予がない。都を何日も留守にしてはいけないのだ」


 ベルトランド殿の考えはただしい。


 都は落ちつきを取り戻して間もないし、アルビオネの動向も気になる。


「わかっております。わかっておりますが、あの男を捕らえるのは今しかないのです。そうしなければ、またヴァレダ・アレシアのどこかで住民反乱を起こされてしまう。それだけは、なんとしても避けなければなりません」

「そうだな。だが、都を空けるわけにもいかないし……」


 むずかしい判断が求められる場面だ。


「わかった。では、ヒルデブランドの捜索を続けさせよう」

「ありがとうございます」

「しかし、お前はわたしといっしょに王宮へ帰るのだ。これは、陛下の意思でもあるのだ」


 ヒルデブランドを自分で見つけたかったが、止むを得ないか。


「わかりました。ベルトランド様といっしょにヴァレンツァへ帰りましょう」

「うむ。アルビオネはまだ軍を動かしていないが、ここ最近になってまた怪しい動きをしているのだ。お前が長い間、サルンからはなれていたからだろう。

 サルンとヴァレンツァがアルビオネに襲撃されてからでは遅い。王宮と陛下をお守りするために、お前の力が必要なのだ」

「は。承知しております」


 ヒルデブランドは深手を負い、オドアケルもこたびの戦いで大きな傷を負ったことだろう。


 すぐに体制を立てなおすのは不可能だ。だから、ベルトランド殿の考えに反対する理由はない。


 しかし、あの男はまたきっと動き出すだろう。


 そうなれば、今度こそ俺の斧でやつを倒す! それが、預言士として俺に与えられた使命なのだ。


ヒルデブランドはまだ生かすことにしました。

かなり悩みましたが、物語のキーマンなのでここで死なすのは早いかなと思いました。

第三部はあと数話で終わりです。第四部も執筆しますので、ご期待ください!(*´∀`*)

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