表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/271

第140話 ラヴァルーサ東門の最後の戦い

 ラヴァルーサの東門が重々しく開かれる。


 月夜に照らされた門はゆっくりと開かれて、暗黒の口を惜しげもなく広げている。


 ラヴァルーサを守っていた兵たちが、金属音を鳴らしながら門から出てくる。


 音を発しているのは、手に持っている槍か。それとも具足が発している音か。


「グラートさんっ。早く突撃の指示を!」


 シルヴィオが俺のとなりで息巻くが、


「いや、まだだ」

「なぜです!?」


 制止を呼びかけると愕然と声を荒げた。


「どうして突撃しないんですかっ。早く攻撃しないと敵に逃げられてしまいますよ!」

「シルヴィオ、しずかにするのだ。声が大きいと彼らに見つかってしまう」


 シルヴィオが、はっと口を閉じる。


「ヒルデブランドがまだ出てきていない。このタイミングで俺たちが攻撃を仕掛けたら、ヒルデブランドはラヴァルーサに閉じこもってしまう」

「そうかも、しれませんけど……」

「唯一の退路であるこの東門からも逃げられないと悟ったら、やつは何をしでかすかわからない。敵を窮地に閉じ込めてはいけないのだ」


 待つのも大事な戦法だ。


 ヒルデブランドが東門から出てきたところで包囲する。ここはじっと我慢だ。


「グラートの、言う通りかもしれねぇ」


 ジルダは木の幹に潜みながら、東門を警戒している。


「あの門から逃げらんねぇって思ったら、後はもうどうなってもいいから、みんなを道連れにして派手に散って……とか、考えちまうよなぁ」

「その通りだ。ヒルデブランドの魔法は強力だ。あの大きな力を暴走させたら、俺たちは全滅してしまうかもしれない。いや、それ以上に街へ被害が及んでしまうだろう。それだけは、なんとしても避けなければならない」


 兵たちが続々と東門から出てくる。


 ヒルデブランドの姿は見あたらない。


 出てくるのは革の鎧と槍を持った兵士だけだ。


「敵のボスは、まだ出てこないのでしょうか」

「わからない。もうそろそろ出てきてもいいはずだが」


 兵は何人くらい脱出してきたのだろうか。


 彼らの隊列はまだまだ途切れそうにないが、そろそろ指揮官クラスの人間が出てきてもおかしくないはずだ。


「なんかさ。すげぇ、嫌な予感がするんだけど」


 ジルダも違和感をもったか。


「どんな予感がするんだ」

「いやさ。あの人たちからしたら、ぼくらがここで隠れてることくらい、わかってるわけだろ。そんでもって、ヒルデ……だったっけ? その悪いやつが一番ねらわれるっていうことだって、当然わかってるはずなんだろ」

「そうだな」

「そう思ったらさ。変装とかするんじゃね? グラートに見つかんないように、兵とおんなじ恰好をしてさ」


 それは大いにあり得る!


「グラートさん!」

「ジルダ、でかした。お前の言う通りだっ」

「お、おうっ。って、このまま逃がしちゃっていいのかよ!」

「いいはずがないっ」


 敵の兵は、半分くらいが門から脱出しただろう。ちょうどいい頃合いだ。


「シルヴィオは三分の一の兵をつれて、先頭の敵を追えっ。ジルダは敵の殿しんがりを襲うのだ!」

「はっ」

「まかせとけ!」


 シルヴィオや兵たちが水を得た魚のように動き出す。


「ラヴァルーサの兵を包囲しろ! 一兵たりとも逃がすなっ」


 俺の大喝に、都の兵たちが喊声を上げて森から飛び出していった。


「な……!」


 ラヴァルーサの兵たちがうろたえている。戦意は完全に喪失している。


「敵襲だぁ!」

「早く逃げろ!」


 都の兵がラヴァルーサの兵を次々と倒していく。


 ラヴァルーサの兵は逃げてばかりで、ろくに戦えないのだ。


 都の兵が一方的に殺戮する地獄絵図がくり広げられているが……ラヴァルーサの者たちよ。すまない。


「敵の大将であるヒルデブランドが兵に扮しているはずだ。探せ!」


 ラヴァルーサの兵は灰色の作業服に革の鎧をつけている。


 革の兜を深くかぶっている者が多いため、見分けるのが困難だ。


「ヒルデブランド、姿をあらわせ!」


 あの男はまだ逃げ出していないのか?


 門のまわりで横臥する兵の顔を確認するが、いずれも見知らぬ者たちだった。


 どうやってヒルデブランドを探す?


 俺が敵兵たちを攻撃していけば、兵に扮したヒルデブランドが抵抗をはじめるだろう。


 しかし……敵とはいえ、ヴァレダ・アレシアの民たちをこれ以上痛めつけることはできない。


「敵兵を一兵たりとも逃がすなっ。戦う意思のない者はむやみに攻撃するな! 投降すれば命を保障すると伝えるのだっ」


 大半の敵兵は、ラヴァルーサから出てきたか。


 ヒルデブランドを見つけることができなかった。


 あの男はひとりでラヴァルーサに立てこもるつもりなのか。


 それとも、俺はあの男をとり逃がしてしまったのか――。


 背後の森で突然、木々の切り倒される音がひびいた。


 なんだ、さっきのは。


 敵兵が逃げた先で悲鳴が聞こえたが――。


「ヒルデブランドか!」


 シルヴィオがやつを見つけたのかっ。


 ヴァールアクスを持ちなおして、悲鳴が聞こえた場所へ走る。


 葉のあまりついていない木々が生えていた一面は、無残な状態になっていた。


 切り倒された木のまわりには都の兵が倒れ、うめき声を上げている。


 いや、ラヴァルーサの兵たちも倒れているぞ。


 木々が倒された戦場の向こうで、対峙している者たちがいる。


 奥で剣や槍をかまえているのは、シルヴィオと都の兵たちだった。


 手前でたたずんでいる者たちは、ラヴァルーサの敵兵だ。


 彼らは、他の兵たちと明らかに異なる雰囲気をまとっている。


「シルヴィオ!」


 駆けつけると、ふたりの敵兵が俺にふり返った。


「貴様は……ドラスレ!」


 右にいる兵は、男性であるはずなのに女性のような声を発している。


 少し病的な肌に、怒りでつり上がった目。そして、カラスのような黒い髪。


「お前は、ベネデッタか」


 この前、ストラの大軍に襲撃されたのだから、彼女がいるのは当然だ。


 彼女のとなりで右のわき腹をおさえているのは、ヒルデブランドだな。


「お前たちが兵に扮しているだろうというのは予測していたが、一番最後に脱出してくると思っていたぞ。まさか、兵たちより先に脱出していたとはな」


 ベネデッタの眼光がするどい。人間を嫌うオオカミのようだ。


 ヒルデブランドは、わき腹の傷が痛むのか。言葉を発さない。


「お前たちはもう逃げられん。命を落としたくなければ、ここでおとなしく投降するのだ」

「だまれ! わたしたちは貴様の指図など受けんっ。ここで貴様に引導をわたしてくれる!」


 ベネデッタが右手をひろげる。魔法を放つ気かっ。


 かっと暗闇がきらめいて、俺の頭上から閃光が落下した。


 ヴァールアクスでとっさに防御し、致命傷を受けずに済んだ。


 しかし、俺の後ろにいた兵たちは雷の餌食になってしまった。


「かかれ!」


 シルヴィオの号令で、彼の後ろで待機していた兵たちが突撃を開始した。


 槍を突き立ててベネデッタとヒルデブランドに襲いかかるが、彼らを捕まえることはできないか。


「ザコがっ、邪魔をするな!」


 ベネデッタが続けざまに魔法を放つ。


 彼女が手を動かすたびに戦場がかがやき、まぶしい閃光が暗闇を焦がした。


「やめろ!」


 シルヴィオが二刀の幻影剣でベネデッタに斬りかかる。


 シルヴィオの高速剣技が暗闇にラベンダーのような花を咲かす。


 しかし、ベネデッタは彼の動きを正確に読み、攻撃をみごとにかわしていた。


「ストラども、何をしているっ。ヒルデブランド様を守れ!」


 ベネデッタの叫び声に頭上の小枝がふるえる。


 無数のストラが夜空からあらわれて、ばさばさと翼の音をひびかせた。


「まだその魔物を使役させるかっ」

「無論だ。これが、わたしの力。腐った王家に与する者たちに罰をあたえる、唯一無二の力なのだっ」


 ストラの数は、決して多くはない。


 しかし、圧倒的に劣勢である彼らの兵力を確実に補える者たちだ。


 ストラたちが奇声を上げながら体当たりをしかけてくる。


 尖ったくちばしや爪の攻撃に、兵たちが翻弄されている。


 ――逃げらんねぇって思ったら、後はもうどうなってもいいから、みんなを道連れにして派手に散って……と考えちまうよな。


 死に物狂いの敵を捕まえるのは、至難だ。


 ストラたちに気をとられていたら、ヒルデブランドをみすみすとり逃がしてしまうっ。


 ヒルデブランドの姿が、どこにも見あたらない?


「ヒルデブランドは、どこだっ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ