第139話 ラヴァルーサ陥落、ヒルデブランドを捕らえろ!
北門の奇襲で、戦局が一気に動き出した。
けがを負ったヒルデブランドが下がり、南門の守兵たちに動揺がひろがったようだ。
「敵は浮足立っているぞっ。一気呵成に攻め立てろ!」
ヴァールアクスを突き出して、全軍突撃を指示する。
頭から冷たい雫がこぼれ落ち、胸にぽたりと落ちる。
汗かと思ったら……血か。
ヒルデブランドの幻影剣によって、頭の側面を切られてしまったか。
「ドラスレさまっ。どうか、お下がりください!」
メラーニが駆けつけてくれた。
俺の前で下馬し、自身が乗っている馬を差し出してくれる。
「すまない。ヒルデブランドとの戦いで俺も負傷してしまった」
「あんなに激しい戦いだったんですから、仕方ありませんよ。むしろ、ドラスレ様がお亡くなりになられてしまうのではないかと、ひやひやしておりましたっ。本陣にもどり、けがを治してください!」
「ありがとう。馬を借りるぞ」
馬に飛び乗り、急いで本陣に帰還する。
かなりの血を失っていたのか、意識が急に途切れそうになる。
きびしい戦いであったが、ヒルデブランドが後退し、南門の突破も時間の問題となるだろう。ミッションコンプリートだ。
本陣を守っているのは、アダルジーザとわずかな兵しかいない。
兵たちは、俺がいない間も律儀に陣を守護してくれていたようだ。
負傷した俺に気づくと、すぐにアダルジーザの下へ運んでくれた。
「グラート!」
アダルジーザは指揮官用のテントから出てくると、真っ青な顔で俺の身体を支えてくれた。
「すぐ、治すからっ」
「すまない。たのむ」
アダルジーザの指示に従って、テントの奥に座り込む。
「ここでは、何か変わった様子はなかったか?」
「グラートはっ、じっとしてて」
アダルジーザが黄金の杖をとりだして、回復魔法を唱えた。
全身が淡い光につつまれて、頭や肩の傷がふさがっていく。
全身の痛みはすぐに取り除かれたが、身体から失われた血までは戻らないか。
「どう、かな」
「ありがとう。全身の激痛がなくなった。だが、血をたくさん流したせいか、頭がぼうっとするな」
「そっかぁ。身体の血の量までは、もとに戻せないから」
アダルジーザが、血で汚れた俺の服を見て、かなしそうに言った。
「はげしい、戦いだったんだねぇ」
「そうだな。ヒルデブランドは四つの門を大軍で包囲されても、徹底抗戦を貫いた。ラヴァルーサの強固な守りがあるとはいえ、並はずれた胆力だ」
「うん。その強さを、正しいことに使ってくれたら、いいんだけど」
ヒルデブランドは邪悪な思想をもつが、とても優れた者だ。
あの優れた能力と、天才的な頭脳。そして、多くの者を惹きつけるカリスマをヴァレダ・アレシアのために使ってほしいと切に思う。
* * *
「ドラスレさまっ」
南門の攻撃を他の騎士たちにまかせ、アダルジーザと休んでいると、俺を呼ぶ声が外から聞こえてきた。
テントの外で待機していたのは、伝令の兵が三人か。
「どうした。南門を突破したか」
「は! 南門に設置したベルフリーからラヴァルーサへ突入し、門をこじ開けましたっ」
「そうか! でかしたっ」
これで、陛下との約束を守ることができる。
ヴァレダ・アレシア東部の長い戦いも、やっと終結させることができるのだ。
「北門も突破したとの報告があり、ラヴァルーサの南と北からぞくぞくと兵が侵入しておりますっ。ベルトランド様が指揮する本隊が西門を突破するのも、時間の問題かと」
「わかった。兵の半分を西門へ移動させ、ベルトランド殿の支援にまわるように伝えろ。東門は敵の退却ルートになるゆえ、東門を攻めているシルヴィオに下がるように伝えるのだ」
「はっ」
「街に侵入した者には、くれぐれも略奪をするなと伝えろ! 武器を持たない民を傷つけたら、われらの大義が失われる。民を傷つけたら死罪になると思え!」
陽が西の山へと隠れようとしている。
ヒルデブランドは手薄な東門から逃げ出すだろう。
あの男を捕らえなければ、このような戦いがまた繰り広げられてしまう。
アダルジーザもテントから出て、不安げに俺を見上げていた。
「また、戦いに行くのぉ?」
「ああ。ラヴァルーサの陥落が目前となり、ヒルデブランドはすぐに城外へ脱出するだろう。あの男を捕らえなければ、俺たちの本当の勝利は得られない。たとえ身体が動かなくても、俺は行かなければならない」
アダルジーザはうつむいて、賛同すべきか迷っているようだった。
だが、すぐに顔を上げて、
「うん。グラートじゃないと、あの人を止められないから」
俺の気持ちをそっと受け止めてくれた。
「あの男も瀕死だ。無茶な戦いはしないはずだ」
「うん。わかってるけど、グラートも無理しないで」
「もちろんだ。ドラスレ村で、皆が俺たちの帰りを待っている。胸を張ってサルンに帰ろう!」
汚れた服を着替えて馬に乗り込む。
わずかな兵を引きつれて、東門へと向かう。
俺がサルンを発ってから、どのくらいの時間が経過したのだろうか。
これほどの長い遠征になるとは思わなかった。
アルビオネの魔物たちも、そろそろ軍を整えてくることだろう。
サルンとドラスレ村の者たちが心配だ。
ラヴァルーサの東門を攻撃している兵は、ひとりもいない。
城門の上で守兵が辺りを警戒している。迂闊に近づけば矢を射られるだろう。
「シルヴィオたちは、どこにいる?」
「は。近くの森に兵を隠したと、連絡が入っておりますっ」
となりを走る兵が言下に答える。
シルヴィオは、どこにいる?
陽が落ちて視界が悪くなっている。
ラヴァルーサの東の平原の向こうに、森のような影が見える。
近づいていくと、やせ細った木々のまわりをうごめく何かがいる。
「シルヴィオっ、いるか!?」
俺の声が夜の暗闇にひびく。
森にひそんでいる兵たちが、ざわざわと動き出した。
彼らを脅かさないように、そっと近づく。
見覚えのある革鎧に身をつつんだ彼らは、シルヴィオの手勢の者たちに間違いなかった。
「ド、ドラスレさまっ」
「お役目ごくろう。よく、俺の指示に逆らわずに行動してくれた」
都の兵は訓練が行き届いている。
騎士団長ベルトランド殿が、兵たちの心をしっかりとつかんでいるからだろう。
「シルヴィオはいるか?」
「は。奥で休まれております」
案内役に従って森の中へと入る。
シルヴィオはジルダとともに武器の手入れをしていたようだ。
「グラートさん自らこちらに来るなんて。南門は陥落したと聞いてますけど、放っておいても大丈夫なんですか」
「ああ。ヒルデブランドが下がり、南門の守備は完全に崩壊した。他の騎士たちに指揮させておけば、問題ないだろう」
「そうですか。さすがです」
シルヴィオの神妙な顔つきに、嬉しそうな表情は見えない。
「ヒルデなんとかっていう、敵の大将がここに来るっていうのは、ほんとなのかよ」
ジルダも少し不服そうに言った。
「本当だ。ラヴァルーサの北門と南門が陥落し、ベルトランド殿が攻めている西門もそろそろ陥落する頃だろう。そうなれば、ヒルデブランドは残る東門からでないとラヴァルーサを脱出できなくなる」
「はじめっから、そうするつもりでぼくらをここに向かわせたんだな」
「そうだ。説明は先にしていたはずだ」
東門の攻撃を弱くするため、シルヴィオたちにはわずかな兵しか与えていない。
それが不満だったのか。
「俺も、グラートさんといっしょに門を攻撃したかったです」
シルヴィオが悔しそうに言った。
「お前たちの気持ちを考えずに作戦を立ててしまって、申しわけない。一見すると、ここの攻撃は南門などの攻撃とくらべて弱々しいかもしれない。だが、それは決して、ここの優先度が低いからではないぞ」
「そうなんですか?」
「そうだ。俺とベルトランド殿が立てた作戦は、ヒルデブランドをここで捕らえるように計画しているのだ。ようするに、この作戦の最後を飾る、最重要な場所なのだ。その地にシルヴィオとジルダを向かわせた、俺の意図を理解してほしい」
ふたりが真剣な様子で俺を見やる。
「ヒルデブランドは強敵だ。南門の戦いでやつに深手を負わせたが、簡単には捕まらないだろう。やつを捕まえるためには、優秀で信頼できる者たちの力が必要不可欠なのだ。シルヴィオとジルダだけではない。ここにいる全員の力が必要だ!」
兵たちも真剣に俺を見ている。
皆の意思は、ひとつに統一されている。これなら、だいじょうぶだ。
「すみません、グラートさん。俺たちが間違っていました」
シルヴィオが頭を下げた。
ジルダも申しわけなさそうに頭の後ろを掻いて、
「なぁーんだ。てっきり、つまんねぇ方に追い出されたのかと思ってたけど、ちゃんと理由があったのかよ」
不満げだが、俺の考えに同意してくれた。
「つーか、ぼくらにもちゃんと理解できるように、もっと説明してほしいよな。カゼンツァのときも、ぼくらにほとんど説明しないで勝手に作戦決めちゃうし」
「すまない。兵を指揮するのは、まだ慣れていないのだ」
「いや。グラートさんはちゃんと説明してくれてたぞ。俺たちの理解力が足りてないのがいけなかったんだ」
シルヴィオはまじめだな。どんな問題も抱え込もうとする。
「俺のコミュニケーション不足は、今にはじまったことではない。反省し――」
「ドラスレさま!」
俺の背中に兵の声がひびいた。
「どうした!?」
「東門が、動いています!」
なんと!
ヒルデブランドが、ついに姿をあらわすか。
「グラートさん!」
「ヴァレダ・アレシア東部の最後を飾る戦いだっ。皆、気を引きしめてかかれ!」
俺の声に、森に隠れる兵たちが一斉に動き出した。