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第138話 ラヴァルーサ総攻撃、ヒルデブランドをたおせ!

 ラヴァルーサの総攻撃が二日後に開始された。


 ラヴァルーサの西門にベルトランド殿の率いる軍の大半を、南門に俺の軍の大半を結集させている。


 北門と東門は消極的な攻撃にとどめて、敵の出方を待つ。


 シルヴィオとジルダには、東門の攻撃にまわさせている。


「都の兵を集めて、いよいよ総攻撃というわけか」


 ヒルデブランドは予想した通り、南門の城壁に立って俺と対峙している。


「しかし、きみも懲りないな。一度ならず、二度までもわたしに勝てなかったというのに、まだここを奪取できると思っているのか?」

「そうだ。一度目の戦いは、明らかに俺に分が悪かった。二度目の戦いは、兵をむやみに失わないように、慎重に進軍していただけのこと。その程度の駆け引きが理解できないお前ではあるまい」


 聖者のような服に身をまとったヒルデブランドが、乾いた声で笑った。


「強がりはよせ。都の兵をいくら連れてこようとも、わたしを倒すことはできん。きみの輝かしい戦績にこれ以上傷をつける前に、いさぎよく後退した方が身のためだぞ」

「俺の取るに足らない戦績など、いくら傷がついてもいい。傷を怖れる戦士に最強を名乗る資格はない」


 俺はヴァールアクスを向けた。


「お前の方こそ、今のうちに降伏した方が身のためだ。総攻撃が開始されたら、多くの兵たちの行動を制止することがむずかしくなる。お前の気が変わり、陛下に助命を嘆願したところで槍を持つ兵たちを止めることはできないのだ」

「ふ。わたしに二度も敗れた者がっ、大口おおくちをたたくな。勇者の名をいつまでも返上できない者が何を言おうと、賢い民たちはだまされん。きみがあくまで戦士を自称するというのなら、これ以上生き恥を晒さずにラヴァルーサの土となれ!」


 兵を進軍させ、ベルフリーを城壁に近づける。


 南門から降りそそぐ矢は、今日も黒い雨のように空を暗くする。


「敵の攻撃を怖れるな! 籠城している敵の矢は尽きはじめているっ。われらの勝利は目の前だ!」


 兵たちが意気揚々と南門を攻め立てる。


 バリスタから巨木のような矢が放たれ、城門の近くに突き刺さった。


「都の兵など恐れるに足らずっ。この戦いを乗り切れば、わたしたちの独立が約束されるのだ。一兵たりとも敵を近づけるな!」


 ヒルデブランドも城壁の上から守兵たちを鼓舞している。


 彼らも正念場なのだ。


 持久戦となった今、強い心をたもち続けた者が勝利する。


「ひるむな! もっと突っ込めっ。門をこじ開けた者にはたくさんの報酬が待ってるぞ!」


 メラーニも馬上で長剣をかかげて、果敢に兵たちを叱咤している。


 都の兵たちも喊声を上げながら城門に迫っているが、やはり簡単には落とせないか。


 前に立つ兵が敵兵の放った矢に倒れるが、後ろにいる兵がベルフリーを近づけようとする。


 ベルフリーを設置している場所もあるが、守兵の猛反撃に遭い、城壁を越えることはできないか。


「都の愚か者どもめっ。勝てないとわかっていながら、まだ無能な攻撃を続ける気か。ならば、また亡者たちに会わせてやろう!」


 ヒルデブランドが右手に持っているのは、預言石か!


「させるか!」


 レイスやゾンビたちを召喚させるわけにはいかない!


 ヴァールアクスをふるって、真空波を高速で飛ばす。


「ぐっ!」


 真空波がヒルデブランドの左肩をとらえたが、直撃しなかったか。


「おのれっ、ドラゴンスレイヤーめ。なんと忌々しい男かっ」


 ヒルデブランドが預言石を地面に放り投げた。


 預言石は粉々にくだけ、紫色の不気味な気を戦場に放出しはじめた。


 地面が沸騰した湯のように、不自然に動き出す。


 何もなかった土からモグラのように、ゾンビたちが忽然と姿をあらわした。


 ゾンビたちに兵を攻撃させるわけにはいかないっ。


 突撃してゾンビたちにヴァールアクスを一閃する。


「お前たちに罪はないが、この大事な戦いを邪魔させるわけにはいかないのだ。ゆるせ!」


 ゾンビたちはおぞましい声を上げて攻撃してくるが、単調な攻撃は脅威にならない。


 ヴァールアクスで首を落とし、腹を割ったら彼らは動かなくなった。


「邪魔をするな!」


 ヒルデブランドの怒声が――紫色の幻影剣が真上から落ちてくる!


「くっ」


 鋼のような幻影剣が地面に落ち、ゾンビたちの身体を八つ裂きにする。


 俺は危険を察知して後退したが、頭と肩に鋭利な刃がかすった。


「きみは、どこまでわたしの邪魔をすれば気が済むのだ。同じ預言士の末裔だとは思えんっ」

「だから、お前といっしょにするなと、何度も言っているであろう。預言士の血を引く者は、お前のように傲慢な者たちばかりではない。人間たちとの共生に満足した者もいるのだ」

「そのような愚か者はこの世界に存在しない!」


 ヒルデブランドが右手を突き出す。


 かっと閃光が視界にひろがり、俺の身体を無残に吹き飛ばした。


「預言士は神に選ばれし者。預言士は人間と比べものにならないほど高度な能力と知能を持つ者たちなのだっ。神の代行者と言うべき存在だというのに、なぜ人間たちに埋もれる道を選ぶというのだ。

 きみはドラゴンすら圧倒する力をもっているというのに、こんな地面に這う生活をして快楽が得られると思っているのか!? 神の力で新たな文明を築き、大陸の歴史に名を残したいと思わないのかっ」


 この男の考えは、何度聞いても受け入れられない。


「その議論は、もうしなくてよいだろう。お前の主張を何度聞いたところで、俺の気が変わることはないし、お前の気が変わることもないのだ。

 預言士といっても、いろんな者たちがいたのだ。いろんな人間がいるのと同じようにな。お前のように自分を神と同一視する者がいれば、俺のように人間たちと同一視する者も預言士の中にはいたということだ。だから、俺やお前がこの地で生を受けたのではないのか?」


 預言士といえども、傲慢な者たちばかりではないだろう。


 少なくとも、俺を産んでくれた者たちはそうであったと信じたい。


「くだらん。預言士の崇高な思想を捨てた祖先など、もはや預言士ではない。人間の文化に土着し、神の声に耳をかたむけることを怠った者に生きる資格はないっ。きえろ、ドラゴンスレイヤー!」


 城壁の前の地面から、逆氷柱さかさつららのような幻影剣があらわれる。


「うわぁ!」


 幻影剣は城壁を覆い隠すように伸び、ベルフリーと兵たちを傷つけ――。


「やめろ!」


 ヴァールアクスを横に何度も斬り払う。


 幾重もの真空波がクロスして、ヒルデブランドと守兵たちを攻撃する。


「ぐわっ」

「くっ!」


 兵を殺させはしない!


 真空波は南門の城壁の上部を粉砕した。


 ヒルデブランドは左に跳んで直撃をさけたが、兵たちは真空波の餌食になってしまったか。ゆるせっ。


「ええいっ、亡者たちは何をしているか!」


 ヒルデブランドの声に戦場の空気がふるえた。


 何もない場所からレイスたちがあらわれ、俺たちに向かって突撃してきた。


「また、お前たちかっ」


 レイスたちを斧で斬りきざむ。


 彼らのおぞましい声を上げる攻撃は厄介だが、斧で斬るのは簡単だ。


 心理的な抑制さえ取り除けば、彼らを倒すことはできるが――。


「ぐわぁ!」

「うあ、やめろ!」


 レイスが兵たちに憑りついて――やめろ!


「憑りつかれている者を殴ってレイスを引きはなすのだ!」


 兵に憑りつくのは、厄介だ。


 兵たちは俺の指示に従い、レイスに憑りつかれないように戦っていたが、ひとり、ふたりとレイスに憑りつかれてしまう者たちが増えてしまった。


 レイスに憑りつかれた者は、顔をゾンビのような灰色に変貌させる。


 魔物のような形相で、近くにいた兵を攻撃しはじめてしまった。


「はーっ、はっはっは! ドラゴンスレイヤー、きみは魔物の退治に慣れているが、都の素人兵どもはそうはいくまい。さぁ、醜い同士討ちをはじめて、これからどうやってここを攻め落とそうというのかね?」


 ヒルデブランドの嘲る声が、戦場にひびきわたる。


 北門の奇襲まで、もう少しか。


 あの男の注意を、あと少しだけ引きつけておかなければならない。


「弓兵、何をしているっ。城壁の守兵に向かって攻撃だ!」


 俺の怒声に、兵たちがはっとする。


「残りのベルフリーも前線に出せ。メラーニ、攻城兵器の指揮が止まっているぞ!」

「はっ、はは!」


 作戦の完了まで、あと少しだ。堪えるのだ!


「ふん。これほどの惨状を前にしても、まだ撤退しないというのかね。いつもなら素直に撤退しているものを」


 ヒルデブランドが白い顔を俺に向ける。


「俺たちの底力は、こんなものではない。ヴァレンツァの兵をあまりバカにするな!」

「たわけが。都の弱兵など、わたしたちの足もとにもおよばんと、その身をもって知ったばかりだろう。ドラゴンスレイヤー、きみはもっと頭のいい者だと思っていたのだがな。失望したよ」


 ヒルデブランドが右手をふり上げる。


 幻影剣を何本も出現させて、俺を攻撃してきた。


「その顔を見るのも、いい加減に飽きた。わたしの前から消えろ!」


 幻影剣が地面に落ちて、紫色の結晶が八方にはじけ飛ぶ。


 右に跳んでよけるが、細かい無数の結晶が全身を傷つけ――。


「遅い!」


 闇の魔法の連続攻撃かっ。


 紫色の球体が俺の前にあらわれて爆発する。


 両腕でガードしたが、爆発の勢いを弱めることができない。


 後ろに飛ばされてしまったが、ヴァールアクスの重さを利用して空中でくるりと身体を旋回させる。


 両足でしっかりと着地し、その直後にヒルデブランドを奇襲する!


「なにっ」


 とっさに放った真空波はヒルデブランドの正面をとらえなかったが、彼のわき腹を深く斬りつけた。


「ヒルデブランドさま!」


 ヒルデブランドがわき腹をおさえて片膝をつく。


 あの男は魔道師タイプだ。強力な魔法を放つことができても、肉体は俺よりも数段弱い。


 続けて真空波を放ったが、守兵たちがヒルデブランドをかばってしまったせいで、彼を仕留めることができなかった。


「わっ、わたしが……あのような、男に」


 勝負あったか。


 彼に致命傷をあたえることができたが、これで戦いが終わるわけではない。


「ヒルデブランドさまっ。ご注進!」


 南門の城壁に、別の兵が姿をあらわした。


「北門に突然、謎の兵が出現っ。兵力を割いていた北門が一斉に攻撃されております!」


 ベルトランド殿が、ついに勝負に出たかっ。


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