第134話 ストラとストロスの死闘ふたたび
ストラの大軍が空から襲いかかってくる。
「うわぁ!」
「な、なんだ、こいつはっ」
ストラたちは兵の頭を足でふみつけ、黒い羽根を雨のように降らしてくる。
歩兵が槍を突き刺しても、ストラはすぐに上空へと逃げてしまう。
弓兵はしきりに矢を飛ばしてくれているが、ストラの素早い動きをとらえることができないようだ。
「ストラどもっ。弓を持っている敵をねらえ。槍をもっている敵は後まわしでかまわん!」
ベネデッタのするどい下知が飛ぶ。
ストラたちはベネデッタの指示を理解しているのか、攻城兵器を守る弓兵の下へと集まりはじめた。
まずいっ。兵と攻城兵器をうしなうわけにはいかない!
「ドラスレさまっ、これは、魔物ですか」
メラーニと騎士たちも馬上で混乱している。
ストラたちに長剣をふりまわすが、まともに応戦できていない。
「この鳥の魔物は、ヒルデブランドたちに使役されているのだ」
「な、なんと!」
「この魔物たちは剣や槍では戦いにくい。一刻も早く下がるのだ!」
「はっ」
こんなとき、ジルダがいれば、どれだけ心強いことか……。
ヴァールアクスをふりまわし、真空波でストラたちを斬る。
だが、ジルダが放つ風や雷の魔法のように、効率よく倒すことができない。
「はっはっは! 無様だな、ドラゴンスレイヤー」
ヒルデブランドが城壁の上で嘲笑している。
「きみはかつて、アゴスティでストラとベネデッタを打ち破ったそうだが、それは真実ではなかったのかな? その姿を見ていると、アゴスティの戦いがどんな戦いだったのか、少しも想像することができない」
やつのたわ言は聞くな。
近くのカタパルトと弓兵たちのまわりで、ストラたちが暴れまわっている。
「このっ!」
「この兵器は、なんとしても死守しろっ」
貴重な兵を殺させるものか!
「皆、伏せるのだ!」
全速力で彼らの下へと駆けつけ、ヴァールアクスを斬り上げる。
上空であざ笑っていたストラたちは逃げ遅れて、ヴァールアクスの餌食となった。
五体のストラは胴から上と下に切断されて、地面にぽとりと落ちた。
「おお!」
「す、すげぇ」
兵たちは無事か。
「早く下がるのだ。ここは俺にまかせろ!」
「はっ」
「おっ、おねがいいたします!」
ヴァールアクスでストラたちを斬り伏せる。
ストラたちは、何体いるのだ!? 百体はゆうに超えているのではないか。
彼らの黒い身体が空を埋めつくし、青空を闇へと変貌させている。
こんな戦いをしていたら、兵力を無駄に損なうだけだ。
「全軍、後退だっ。本陣へ戻れ!」
ストラと戦いながら、右と左にさけぶ。
兵たちは戸惑いながらも退却を開始している。
ベルフリーやカタパルトも、ほとんど破壊されていなかった。
「ふん。やすやすと逃がすと思うか」
ヒルデブランドが右手を上げるが……させるか!
「ヒルデブランド。お前たちの相手は、俺がしてやる!」
空を斬り、真空波をヒルデブランドとベネデッタに放った。
「くっ」
真空波は城壁の上を飛び、ヒルデブランドとベネデッタを捉えたが、当たる直前でかわされてしまった。
「ドラスレっ、貴様はわたしが殺す!」
ベネデッタが怒り、巨大な氷柱を落としてくる。
さっと後退し、五本の氷柱をかわす。
氷柱は地面に落ちると蒸発し、水蒸気へと変化する。
「ドラスレ、どこに行った? 姿を見せろ!」
ベネデッタは怒りにまかせて氷の魔法を連発する。
たくさんの氷の魔法が解け、戦場に霧のようなものを発生させた。
この霧は……ビルギッタと戦ったときの、あの霧を思い出す。
あの霧はビルギッタが自ら発生させたものであったが、また霧の中で戦うことになるとは。
このタイミングで、俺も後退だ。
この戦いは続けても意味がない。視界の悪さを利用して、俺も本陣へ引き下がるのだ。
「ドラスレ、卑怯だぞっ。姿を見せろ!」
ベネデッタにも、俺の姿が見えていないようだ。
ヴァールアクスを引き、ラヴァルーサの城壁に背を向ける。
ヒルデブランドの浅ましい声が聞こえたような気がしたが、そんなものにはかまうな。
* * *
本陣へと無事に戻ることができたが、それで心が晴れることはない。
ラヴァルーサの堅城に、ヒルデブランドの闇の魔法。さらにストラの大軍がくわわれば、隙のない拠点ができあがる。
兵力はまだ俺たちの方が優勢だが、戦況はかなり悪い。
ベルトランド殿がよこしたという先遣隊が到着するまで、戦況をよくしておきたいが。
「グラート。今日は、ゆっくり休んだら?」
テントの外で月をながめていると、アダルジーザの声が聞こえた。
アダルジーザもマントを羽織って、テントの外へ出てきた。
「休みたいが、心が休ませてくれない」
「心が……?」
「兵の損害や、次にとるべき作戦にばかり気をとられて、とても休憩できる心境ではないのだ」
先遣隊が到着するまで、ここでじっとしているべきか。
それとも、もう一度ラヴァルーサを攻めるか。
「ベルトランド様が到着するまで、休んでちゃいけないのぉ?」
「それでもいいかもしれない。しかし、何もしていないのは、いささか不安でもある」
劣勢なのに軍を無理に動かせば、大きな失敗をまねくかもしれない。
今はじっとこらえて、兵の損失を最小限にとどめるべきか。
「グラートの気持ちも、わかるけどぅ、今は、ゆっくり休んだ方がいいと思うな」
アダルジーザが俺の右手をとる。
腕をからませて、優しくつかんでくれた。
「そうだろうか」
「グラートは、はたらきすぎだから。尊敬できるけどぅ、ちょっと、心配かな」
俺は、はたらきすぎなのか。
「休養も仕事のひとつ。シルヴィオに、よく言っている言葉だな」
「うんっ。グラートがはたらきすぎてるから、シルヴィも休めなくなっちゃったのかもしれないねっ」
シルヴィオが休めないのは、俺のせいだったか。
「そうだな。その通りかもしれん――」
「ドラスレさま!」
あの声は、メラーニかっ。
「どうしたっ」
「はっ。それが……ストラの大軍が襲ってきまして」
ストラの大軍だと!?
テントに駆け込み、ヴァールアクスをとり出す。
「アダルっ、いっしょに来てくれ!」
「う、うんっ」
ベネデッタがストラを使役して、夜襲してきたのかっ。
メラーニの後を追い、陣地の北へと向かう。
暗くてよく見えないが、ストラたちの無数の影が闇の中で動いている。
兵たちは逃げまどい、恐怖で叫び声を上げていた。
ストラたちの餌食になってしまった者もいるか。
かがり火が倒されたのか、一部のテントが燃えていた。
「アダル、攻撃速度が上がるバフをっ」
「わかったっ」
アダルジーザがかけてくれた魔法で、両腕が雲のように軽くなる。
これでヴァールアクスを素早くふりまわせるっ。
「くたばれ!」
暗闇に向かってヴァールアクスを斬り払う。
ストラたちは数が多い。適当に斧をふりまわすだけで、数匹を斬り伏せられる。
「皆、陣の南へ下がるのだっ。負傷していない者は負傷者を助けるのだ!」
ストラたちが空へ逃げる……?
ダガーのような刃物が地面に突き刺さる。羽根の雨かっ。
「グラートっ」
ストラ単体の戦力は、大したことがない。
しかし、戦いにくい飛行系の敵であること。そして、大軍で押しよせていることが非常に厄介だ。
一部の兵たちは弓矢で応戦してくれているが、ストラたちに決定的なダメージを与えることができない。
「ド、ドラスレ様!」
どうする……?
耳ざわりな声で鳴くストラたちの背後から、ひときわ大きな鳴き声が聞こえてきた。
夜の戦場に突然鳴ったラッパのような、おぞましい声を発した魔物は、どこにいる!?
「さ、さっきのは……」
ストラたちが、なぜか陣地からはなれていく。
代わりにあらわれた、クマのように大きな鳥は、なんだ!?
「ストロスかっ!」
ストロスと思わしき巨大な鳥が、二枚の大きな羽根を突き出した。
地面から突然、塔のようなつむじ風が発生し、テントやかがり火を吹き飛ばす。
「うわぁ!」
「キャァ!」
兵たちも同時に吹き飛ばされる。
俺も突然の予期しない攻撃に備えることができず、兵たちとともに飛ばされてしまった。
上空で身体を旋回させて、背後のテントの上に着地する。
倒れたテントをどかした先にたたずんでいたのは、白い体毛におおわれた巨大なストラだった。
「ストロスめ。生きていたのかっ」
ストロスが奇声を発し、生じた突風で兵たちをさらに吹き飛ばす。
「やめろ!」
地面に落ちた斧をひろって、ストロスに斬りかかる。
ストロスは俺の攻撃を察知し、巨体を素早く動かして俺の攻撃をかわした。
「いや。お前は、アゴスティで戦ったストロスではないな。斬り落とした翼の付け根の傷が見あたらない」
ストロスが上空へと消える。
空から急降下をはじめたのか、不意に姿をあらわして俺を轢き殺そうとする。
ストラの対応で手いっぱいだというのに、ストロスまであらわれるとは……。
「こいつら、もどってきやがった!」
どこかへ消えていたストラが、もどってきたのかっ。
ストラたちは親分であるストロスに遠慮しているのか、羽根を落とす攻撃しか行ってこない。
脅威となるのは、ストロスか。
彼女は夜目が利くのか、急降下の攻撃で兵たちを確実になぎ倒していく。
負傷した兵をアダルジーザが治療してくれているが、ひとりではとても間に合わないっ。
昼間であれば、ストロスの急降下の攻撃にそなえることができる。
だが、かがり火すらない暗闇で、高速に動く敵をどうやって仕留めるのか。
「グラートっ」
どうするっ。