第132話 ラヴァルーサへ、ヒルデブランドと再びまみえる
「あんたはこれから、ヒルデ様を倒しに行くのか?」
埃と血のにおいで汚れた地下牢で、ルーベンと腹を割って話をした。
ひとしきり話し合って、長めの沈黙が流れたころにルーベンが言った。
「そうだ。三日ほど休んだら、ラヴァルーサへ出発する」
「あんた、前にヒルデ様と戦って負けたんだろ。今度は勝てるっていう保障があるのかよ」
あの男に勝てる保障は、ない。
「あのお方の力を思い知っただろ。あの方は、戦場に充満している負の力を操って、闇の魔法を放つことができるんだ。俺も傭兵でいろんな魔法を見てきたけど、あのお方の魔法よりすげぇ魔法を見たことがない。
ドラスレ、あんたの力もすげぇと思うけどよ。はっきり言って、あのお方には勝てねぇぜ」
この言葉は、偽りではないだろう。
ヒルデブランドが放つ幻影剣の雨。爆発の魔法。幻影剣の津波のような攻撃。
どの魔法も一撃必殺の力を秘めている。
「ラヴァルーサの兵は、王国の兵よりはるかに少ないだろうけど、あのお方の闇魔法はそんなの簡単にひっくり返すぜ。
ここであのお方に負けちまったら、反乱軍の勢いを逆に押し上げちまう。それでもいいのかよ」
「無論、それは好ましくない状況だ。なんとしても、俺はあの男に勝たなければならない」
「ラヴァルーサをあのまま明け渡して、ヒルデ様と交渉してもいいんじゃねぇか? それだったら、あんただってすぐ都に帰れるんだぜ。一か八かの勝負に出るより、よっぽどマシな結果になると思うぜ」
戦闘狂のような男なのに、妙な献策をするものだ。
「お前のような戦士の口から、交渉などという言葉が出るとはな」
「あんた、俺をただの戦闘バカだと思ってるんだろっ。俺だってな、ちゃんと考える頭くらい、もってやがんだよ!」
「そうか。それは失礼なことをした」
「あんたは、こんなところで死んじゃいけねぇ人間だ。だから、悪いことは言わねぇ。ヒルデ様と戦うな」
ルーベンはいつにも増して、真剣に話していた。
「忠告、感謝する。しかし、俺はラヴァルーサへ進軍する」
「んまぁ、そうだよなぁ」
「あの男は危険だが、このまま野放しにするわけにはいかない。やつの力が強大だとはいえ、こちらの兵は彼らの数倍以上だ。大軍でラヴァルーサを包囲し、正攻法で戦えば負けることはないだろう」
「そんなことはねぇぜ。ヒルデ様の力は絶大だ。都の兵なんざ、簡単に消し飛んじまうよ」
ルーベンの言う通りではある。
「俺も、何も考えずにラヴァルーサにぶつかる気はない。あの男の相手は、俺がすべきだろうな」
「あんたが囮になって、ヒルデ様を引きつけるのか?」
「囮というより、俺があの男とラヴァルーサの門を同時に戦えばいいのだ。俺がラヴァルーサの南門を攻撃すれば、ヒルデブランドは俺を阻止しなければならなくなる。
俺は自力で門を押し開けることができる。ヒルデブランドにとっても、俺の怪力は最大の障害となっているはずだ」
ヒルデブランドが預言士から受け継いだ力をふりかざすというのであれば、俺も等しく預言士の力でぶつかるのみだ。
「うげぇ。あんた、そんなことまでできるのかよ……」
「まぁな。それだけが、俺が親から受け継いだ唯一の特徴だ」
「唯一無二すぎんだろ。あんたの怪力は、バケモノ級……いや、魔王級だぜ」
魔王級、か。おもしろいことを言う。
「ブラックドラゴンすらねじ伏せた力だ。なめてもらっては困るぞ」
「はぁ。なんだか、あんたを心配してるのがバカバカしくなってきた。さっさとヒルデ様のとこに行って、さくっとやられてこいよ。不死身なんだから、何を食らっても死にゃしねぇだろ」
底なしの体力と大樹のような生命力も、預言士から受け継いだ貴重な力か。
「この戦いが終わったら、お前をすぐに解放する。だから、おとなしく待っているのだ」
* * *
フォルキアの地は、パライアの高原を北へ進み、平地まで降りた先にある。
この地もヴァレダ・アレシア東部の特徴に漏れず、高い気温と降水量の少なさに毎年のように悩まされているという。
フォルキアは平地が多いため、高原ばかりのパライアより農地が多いようだ。
しかし、それでも麦をはじめとした作物の収穫量は、他所とくらべてかなり低いのだという。
「グラート。あそこに見えるのが、ラヴァルーサなのぉ?」
アダルジーザが俺の後ろでしがみつきながら、身体を右にかたむけていた。
パライアを発って二日が経ち、ラヴァルーサがついに地平線の先に見えてきた。
「そうだ。あそこに、この戦いを引き起こしたヒルデブランドがいる」
「前に、ヴァレンツァにいた人だよね。こわいけど、なんとかしなきゃ」
アダルジーザは、ヴァレンツァが大火につつまれたときに、ヒルデブランドと会っているのか。
「あの男は危険だ。強大な闇の魔法もそうだが、あの不気味な雰囲気と隠された野心が何より危ない」
「不気味な、人だったよねぇ」
「ヴァールのように、正面から強大な力でぶつかってくるタイプであれば、戦いやすいのだがな。ヒルデブランドは、どこか陰湿なところがある。あの冷ややかな感覚は、かなり苦手だ」
「グラートはぁ、表と裏がない人だからねぇ」
アダルジーザが、くすくすと笑ってくれた。
* * *
ラヴァルーサの南の平地に陣を築く。
テントを張り、兵に充分な食事を与える。
会議テーブルを置いたテントに騎士たちを集め、ラヴァルーサの攻略作戦について打ち合わせる。
気がかりなのは、ベルトランド殿が率いている北伐軍の到着が遅れていることだ。
「北伐軍はミランドの攻略が遅れたため、ここに到着するまで三日はかかるというのだな?」
「は。そのように、伝令から聞いております」
メラーニが精悍な声で答える。
「最上なのは北伐軍と合流し、ラヴァルーサを完全に包囲することだが、時間を与えてよろこぶのは敵の方だ」
「し、しかしっ、わたしたち東伐軍だけでは、ラヴァルーサを包囲することはできません。わたしたちだけで先行するより、北伐軍の到着を待った方がよろしいのではないですか」
とてもむずかしい選択肢だ。
三日だけであるのだから、メラーニが言うように北伐軍の到着を待つべきかもしれない。
「いや。俺はいたずらに時をすごすべきではないと考える。北伐軍が到着したとき、われらの士気が落ちていたら、元も子もない」
「そ、そうですが……」
「安心しろ。むやみに攻めて、多大な犠牲を出すような戦い方はしない。北伐軍が到着するまで、ラヴァルーサの守兵たちを圧倒できればよいのだ。犠牲が大きくなるようであれば、すぐに後退させる」
作戦会議では、俺が唱えた攻撃的な作戦が支持された。
日の出とともに兵を動かし、ラヴァルーサへ進軍する。
メラーニたち、北伐軍の到着を待つ慎重派の者たちに陣を守らせて、ラヴァルーサの南門へと兵を殺到させた。
「ヒルデブランド。いるのだろう。姿を見せよ!」
駒を進めて、兵たちの前に出る。
南門の上でボウガンをかまえる守兵たちをながめ、俺は彼らに向かって大喝した。
「はっはっは。やっと軍を進める気になったのか。都の者たちよ」
南門の上でゆっくりと立ち上がり、浅ましい白面を見せる者がいる。
ヒルデブランドだ。
「おや。そこにいるのはだれかと思ったら、きみだったのか。ドラゴンスレイヤー」
「とぼけるな。俺がパライアに向けて軍を率いていると、斥候から教えられたから、サンドラに夜襲を行わせたのだろう」
「ふ。その様子だと、サンドラを捕獲したか、殺害したようだな。とても健やかなようで、何よりだ」
「たわ言をもうすな。パライアではルーベンたちをそそのかして、卑怯な作戦で俺を殺害しようとしただろう。お前がどのように姑息な手段をもちいても、俺が殺害されることはない。年貢の納め時だ」
ヒルデブランドが白い顔で俺を見下ろす。
音が発せられない時間がしばらく続いて、ヒルデブランドが急に高笑いをはじめた。
「ようするに、わたしにここで降伏しろと勧告しているのだな。愚かなっ」
「何が愚かだ。大軍に押しよせられているというのに、そのようにやせ我慢をしているお前の方こそ愚か者ではないのか」
「笑わせるな、ドラゴンスレイヤー。きみはかつて、ここラヴァルーサに侵略し、わたしの力に屈していたのだ。そのきみが、大軍を引き連れて戻ってきたからといって、何を怖れることがあるっ。
ドラゴンスレイヤー。きみが最強と謳われていた時代は、はかなく散ってしまったのだ! 次の勇者は、この国の東で飢餓と貧困にあえぐ者たちを救い、地上に新たな楽園を築く者が成るのだ。愚鈍なる国王の僕に成り果てた、偽者の勇者の出る幕などない!」
ヒルデブランドの自信に満ちあふれた演説に、ラヴァルーサの守兵たちが一斉に沸き起こった。
彼らの常軌を逸した熱気は、この周辺の大地を干上がらせてしまうのではないかと思えてしまうほど、強いものであった。
「ふざけるな! 不当にも王の座を望み、善良なる市民たちを扇動した貴様に、勇者の名を語る資格などないっ。ヴァレダ・アレシアの神聖なる大地を横奪した貴様は、ただの反逆者だ。
俺は、勇者の名など望まない。だが、ヒルデブランド。お前のその細首を都へ持ち帰るまでは、決して都の土をふむことはない。預言士の名を悪用した不届き者め、覚悟しろ!」
俺が一喝した直後、都の兵たちが一斉に歓声を上げた。
こちらの士気も、天を蒸発させるほどの力が込められている。ヒルデブランドになど負けやしない!
「ドラゴンスレイヤー。きみとはやはり、そりが合わないようだ。残念だよ。預言士の血を受け継いだ、貴重な同胞だというのに」
「預言士のことなど、俺はどうでもいい。ヒルデブランド、俺はあくまで、お前を反逆者として成敗する。天に昇ってから、預言士たちの先祖に自身の夢を語れ」
俺はヴァールアクスを掲げて、一斉攻撃を指示した。