第131話 パライア奪還とルーベンの説得
パライアは陥落した。
パライアの城を占拠し、敵は俺たちに降伏した。
パライアの主将は城の陥落をいち早く察知し、裏の東門から逃げ出していたようだ。
主将を取り逃がしてしまったのは残念だが、一日足らずでパライアを奪取できたのだから、戦況は好調であると言えるだろう。
「グラート。お疲れ様ぁ」
城の二階にある玉座に腰を下ろす。
アダルジーザが穏やかな顔を見せてくれた。
「ありがとう。アダルや皆が、がんばってくれたおかげだ」
「グラートが、一番がんばってたと思うけど」
「そんなことはない。俺がひとりでここに突撃していたら、敵の矢の餌食になっていた。皆がいてくれるから、俺は万全を期すことができるのだ」
俺がひとりで突撃していたら、ラヴァルーサの戦いの轍をふんでいたことだろう。
指揮官の騎士たちはまっすぐに顔を上げて、力づよくうなずいてくれた。
「グラートがそう言うんだったらぁ、そうなのかもねぇ」
「アダルの回復魔法には、いつも助けられている。これからも力を存分に発揮してくれ」
「うん。はやく、サルンに帰れるといいねぇ」
メラーニが俺に近づいて言葉を続けた。
「グラート様。ここの領主様であらせられたオドリーニ卿は、やはり敵に処刑されてしまったようです」
「そうなのか?」
「はい。城の裏に、ここの守兵と思わしき者たちの死体が、なんの処理も施さずに放逐されていたそうです。オドリーニ卿と、その配下の者たちの死体なのではないか、とのことです」
「そんな……」
アダルジーザが顔を青くする。
パライアを治めていた者たちの安否が気がかりであったが……。
「そうか。では、俺たちで彼らの亡骸を埋葬しよう」
「は……よ、よろしいのですか? そんなことをしたら、ラヴァルーサへの進軍が遅れてしまいますが」
「それは気にしなくていい。ベルトランド殿へは、進軍が数日遅れると伝えればいい。兵たちを休める時間も必要だ。何より亡骸を放逐された者たちが無念でならない」
メラーニは少し困惑しているようであったが、すぐに元気よく返事して部屋から出ていった。
「どうして、そんなひどいことをするんだろう」
アダルジーザも敵の冷酷な対応に胸を痛めたか。
「彼らには、敵を敬う気持ちがないのだろう。嘆かわしいことだ」
「そうだよねぇ。もっと、みんなで仲良くできると思うんだけど……」
「そうだな。争いなんて起きてほしくないが、この国が平和になるのは、まだまだ先のことかもしれない」
「国が平和になるまで、グラートは戦わないといけないんだねぇ」
情勢の落ちつかないヴァレダ・アレシアに、平和はおとずれるのか。
この力を、どこまで発揮できるのか。俺が力つきるまでに、平和な世がおとずれてくれればいいが……。
* * *
その日の夜に、俺は城の階段を降りていった。
石だたみの螺旋階段に、俺の足音が冷たくひびく。
ロウソクを立てた燭台だけでは、地下の暗闇を充分に照らすことができない。
階段を降りるたびに火が横に大きくゆれて、石壁にうつる光をあわただしく動かした。
先の戦いで捕らえた者たちは、城の地下に収容している。
だが、ここの空気は劣悪だ。死臭と血のにおいが壁や床にしみついている。
城内が落ちついたら、すぐに地上へ移動させよう。
「ルーベン。起きているか」
地下一階の隅にあたる牢屋に、ルーベンをひとまず収容している。
あばれる様子はなかったため、手枷などははずさせている。
「おう。だれかと思ったら、あんたがじきじきに来たのかい」
ルーベンは寝ていなかったようだ。
冷たい石床に寝っ転がっていたが、俺に気づいてすぐに身体を起こしてくれた。
「すまないな。こんなところに押し込めてしまって。数日の辛抱だから、我慢してくれ」
「別に。ぜんぜん気にしてないぜ。捕虜がひどい扱いを受けるのなんざ、あたり前のことだ。命を奪われねぇだけ、マシってもんだぜ」
彼はかなり図太い性格のようだ。気が強いのか。
「お前たちの命を奪ったりしない。俺の名をもって約束するから、安心してくれ」
「へいへい。つうか、あんたって、ほんとに真面目だよなぁ。俺みたいなやつなんざ、放っておけばいいのに。他の騎士どもとは違うよなぁ」
「他の騎士たちが捕虜をどう扱うのかは知らないが、俺は人の命の価値に違いはないと思っている。敵でも味方でも、人の命であることに変わりはない。わかりあえる者であれば、できるかぎり助けたいのだ」
「ほえぇ。大した心意気だぜ。俺も言ってみてぇなぁ。そんなこと」
ルーベンの減らず口は減らないが、敵意はまったく感じない。
「ルーベン。お前はもう、俺に刃向かう気はないな?」
「おう……って、なんだよ。そんなつまんねぇことをわざわざ確認しに来やがったのかぁ? 俺はずる賢いことは考えねぇ。うそなんざ言わねぇよ」
「そうか」
「あんな、ずる賢い作戦の片棒を担いじちまったからな。あんな戦いであんたに勝ったって、ひとつもおもしろくねぇ。だから、俺はもう、あんたとは戦わねぇ」
ルーベンはかなり剛情な男なのだな。戦士らしいが。
「あの仕組まれた一騎打ちは、お前の発案ではないだろう。お前が気に病む問題ではない」
「いんや。それは違うぜ。戦場で一騎打ちを申し出たんだから、いかなる理由があっても他のやつらに邪魔立てさせちゃいけねぇ。邪魔したのがてめぇの味方だったのなら、なおさらだ」
「そうかもしれんがな」
「あんな戦いであんたに勝たなくて、よかったぜ。勝っちまってたら、俺はもう傭兵を引退しなくちゃならねぇからな!」
この男はやはり戦士だ。この男は嫌いになれないな。
「ルーベン。この戦いがおわったら、俺の配下にならないか? 俺の下ではたらけば、お前の罪も赦されるだろう」
がははと笑っていたルーベンが、声を止めた。
じっと、俺を見つめている。
「お前の一騎当千のその力は、とても貴重なものだ。反逆者たちに組したからと言って、その貴重な力をうしなうのは惜しい。名士をうしなうことは、この国のためにはならない」
ルーベンは、強い眼光を発していた。
「それを、言いに来たのかい」
「そうだ」
ルーベンの顔はこわばったままだ。
口を閉ざして、身じろぎひとつしなかった。
「よい回答は、もらえないか」
「すまねぇな。俺は傭兵だ。王国に仕えるようなガラじゃねぇよ」
「そんなことはないだろう。慣れないのは最初だけだ。お前なら、すぐに力を認められて騎士になれる。そうなれば、領地を陛下からいただいて、今よりも裕福になれるのだぞ」
「けっ。わりぃが、腐った王国に仕える気なんかないね。ドラスレ、あんたのことは許したが、俺はもともと、この国が大っ嫌いなんだ。嫌いなやつらから土地なんてもらう気はないね」
この男は、損得で動かない。
とても剛情な男だ。
「そうか。お前の貴重な力をヴァレダ・アレシアのために使ってほしかったが」
「こればっかりは、あんたに何度言われても変わらねぇよ。今回の戦いは、ヒルデ様に過分に乗せられたところはあったけど、俺たちは俺たちの意思で戦いに参加したんだ。
この腐った国を倒して、俺たちが新しい国をつくる! みんながそう思ったから、こんな大きな流れが生まれたんだ。王国のやつらに処刑されようが、俺はかまわねぇ。俺は、俺の意思を貫くぜ」
やはり、この男を殺すのは惜しい。
なんとしても陛下に掛け合わなければならない。
「安心しろ。お前たちを殺させやしない」
「そうなのかい」
「そうだ。お前たちがヴァレダ・アレシアに反逆しないと言うのであれば、お前たちを処刑させないように、国の者たちを説得する。だから、金輪際、陛下と国に対して弓を引くことだけはやめるのだ」
ルーベンが、くくと低い声で笑った。
「俺たちがまた反逆すれば、あんたがまた兵を連れてくるんだろ」
「そういうことになるな。二度目となれば、俺はお前たちに容赦することはできなくなるだろう」
「それは、想像しただけでこえぇな」
ルーベンの目に、やはり敵意は感じなかった。
「あんたらには刃向かわねぇよ。さっきもそう言ったはずだ」
「そうか。それはすまなかった」
「あんたみてぇのがいるんじゃ、刃向かいたくても刃向かえねぇからな。ドラスレっつうか、あんたはもう守護神だよな! これから改名した方がいいんじゃねぇか?」
「そうだな。検討しておこう」
この男は愉快だ。
俺が頬をゆるめると、ルーベンはまた声を出して笑った。