第130話 卑怯な戦術ごと怒りの鉄槌を下せ!
「なんのマネだ」
ルーベンもかまえていた槌を地面に下ろした。
ルーベンが従えていた兵たちは、片膝をついてボウガンをかまえていた。
「上からの命令ですっ。ここでドラスレを射殺します!」
「射殺、だとっ」
兵たちは扇形の小さな陣をきずいて、俺をルーベンごと取り囲んでいた。
「なんだよそれっ。聞いてねぇぞ!」
「お、隠密に任務を遂行しろと、上から命令されておりますっ。ご容赦ください!」
俺は、はめられたのか。
一騎打ちを語って俺を誘い出し、孤立したところを弓矢で射殺す。
ルーベンの目を見開いた顔は、決して演技ではないことを如実にあらわしていた――。
「ま、待て。やめろ――」
「うてぇ!」
兵たちが矢を一斉にはなつ。
高速で飛来する矢は、俺の肩と胸を撃ち抜く――。
「ふざけやがって!」
俺の前に颯爽と立ちはだかったのは、
「ルーベン!」
「一騎打ちの邪魔させ……ぐおっ!」
大の字に身体をひろげたルーベンの全身に、敵の矢が無情に突き刺さるっ。
「ルーベンさまっ。何をしておられるのです!」
「い、いいから撃て!」
ルーベンの右手から、槌がするりと抜け落ちる。
倒れる彼の身体を、しっかりと受け止めた。
「ド、ドラ、ス……」
「気をしっかり持て! こんなところで死んではならんっ」
この卑怯な戦術を、ヒルデブランドが考えたのか。
俺は先ほどまで、あの男の過酷な境遇を哀れんでいた。
孤児であったこと。預言士の末裔であることなども、あの男を哀れむ理由につながっていたのかもしれない。
しかし……。
「ルーベンよ。ここでおとなしくしているのだ。すぐに傷を治療させる」
立ち上がった俺に、兵たちがまた矢をはなってきた。
矢は腿や二の腕に突き刺さったが……この程度では倒れん!
「な、なんだ、あいつ。殺った、のか?」
「もっ、もっと撃て!」
貴様らは絶対に許さん!
「くたばれ!」
ヴァールアクスを引いて、敵兵に突進する。
肩や足の痛みを無視して、ヴァールアクスを容赦なくふりおろした。
「う、うわぁ!」
オドアケルの者か。ヒルデブランドに訓練された民兵か知らないが、俺の敵ではない。
ヴァールアクスで一撃をくわえただけで、彼らは雲のように四散した。
「アダル。アダルを呼べ!」
戦場の異変に駆けつけた俺の兵たちに怒鳴った。
アダルジーザは兵につれられて、すぐに顔を見せてくれた。
「グ、グラートっ!」
彼女は俺の全身に突き刺さった矢を見て、色を失った。
「俺なら、だいじょうぶだ。先にルーベンの手当てをしてほしい」
「で、でもぅ」
「この男は敵であったが、やつらの浅ましい策略に加担せず、俺をたすけてくれた。俺は、この男を救いたいのだ」
ルーベンは、息がまだあるだろう。
アダルジーザに回復魔法をとなえてもらう間に、ルーベンの身体に突き刺さっている矢を引きぬいていく。
彼の矢傷は、強力な回復魔法でみるみるふさがっていった。
「俺を……たすけて、くれるのか」
「目が覚めたか。お前を死なせはしない」
ルーベンは、完全に戦意を喪失させた。俺にもう刃は向けないだろう。
「次はグラートの番!」
ルーベンの治療を終えて、アダルジーザはすぐに俺を治療してくれた。
矢を引き抜くときに激痛が走るが、こんな痛みには慣れている。
「やっぱり、危険だよぅ。こんなの」
「危険なのは百も承知だ。ここは戦場だ。けがをするのは仕方がないのだ」
アダルジーザの回復魔法で、浅ましい矢傷は完全に治療された。
後ろから、多くの兵たちの声が聞こえてくる。
ふりかえると、パライアの城門は開け放たれていた。
地面から垂直に上げられていた跳ね橋はいつの間にか下ろされて、橋を渡ってきた兵たちが槍をかかげて、俺たちに突撃してきていた。
「グ、グラート!」
「パライアの兵たちが、俺を倒せると思って攻めてきたのか」
あんな卑怯な者たちなど、物の数ではない。
「アダルはルーベンとともに下がれ! ここは危険だっ」
「グラートはっ、どうするの!」
「俺はあの者たちを倒す。急げ! 時間がないぞ」
俺もヴァールアクスをかかげて、パライアの兵たちに突撃した。
「皆の者、俺に続け! パライアの敵軍を倒すのは今だっ」
地面を蹴って跳躍し、ヴァールアクスを空に向けてふりあげた。
「おっ、おい。あれ……」
「あの斧は、もしや」
「ドド、ドラスレじゃないのか!?」
パライアの民兵たちは、俺が死んだと思っていたのか。
「パライアの兵たちよっ、俺がドラスレだ。怒りの鉄槌をその身に受けよ!」
急落下とともに増幅する力を受けて、ヴァールアクスを地面に押しあてた。
衝撃の瞬間、急速に圧縮された力が爆発して、地面をガラスのように粉砕する。
「う、うわぁ!」
パライアの兵たちが砂煙のように吹き飛ばされていく。
ヴァールアクスが生み出した衝撃は、パライアの城塞に向かってまっすぐに伸びていく。
海が割れて海底の道があらわれるように、兵たちは左右にくずれていった。
「どうした! お前たちの力はその程度かっ。その槍で俺を貫いてみろ!」
兵たちは委縮してしまったのか。足をふるわせるだけで、一度も攻撃してこない。
パライアの西門へと続く道が開かれている。
このまま、まっすぐ進めば、俺たちの勝利だ。
「かかってこないというのであれば、俺はあの門をくぐって勝利を宣言するぞ。それでもいいのか?」
「く、く……くそがっ!」
どこかに隠れていた兵が、突然槍をかかげてあらわれた。
鋼鉄の槍を乱雑にふりまわすが……この程度の攻撃であれば、片手で受け止められる。
「くっ!」
「なんだ、その攻撃は。そんな腰の引けた攻撃で、俺を倒せると思ったか!」
敵兵が持つ槍を左手で引き抜く。
すぐに石突で突き返して、敵兵を気絶させた。
「こ……このまま、ドラスレを通すなぁ!」
兵たちが堰を切ったように襲いかかってきた。
彼らは俺を取り囲み、数にものを言わせて突き殺そうとしてくる。
「愚か者めが!」
ヴァールアクスをふりまわし、発生させた真空波で兵たちをまとめて吹き飛ばす。
四回ほどヴァールアクスで攻撃して、パライアの西門に殺到していた兵は倒したか。
「ド、ドラスレさまに、続けぇ!」
都の兵たちが敵兵に突撃する。
こちらの兵は敵兵の倍以上だ。正面からぶつかれば、敗れることはあり得ないだろう。
西門の跳ね橋が上がる前にここを占拠する!
跳ね橋は、今にも西門を閉ざすように動かされはじめていた。
「させるか!」
ヴァールアクスを斬り払い、真空波で跳ね橋をつなぐ鎖を切断する。
黒い鎖はあっさりと断ち切られて、重い跳ね橋が地面にぶつかった。
「ド、ド……ドラスレが入ってくるぞ!」
「侵入を、ゆるすなぁ!」
城門の上にいた兵たちが顔を出して、矢をはなってくる。
狙いをろくにさだめられていない矢など、少しも怖くはない。
俺は跳ね橋をドタドタとわたり、パライアの西門を通過した。
眼前に広がるのは、パライアの素朴な街並み。
不安定な曇天の下にたたずむ街は、戦場の異様な静けさが支配している。
兵たちはほとんど門の外に出てしまったのか、門の中にいる兵は多くない。
「ドラスレを、倒せ!」
襲いかかってくる兵たちをヴァールアクスでなぎ倒す。
城門の階段を上がって、城門の上にいる兵たちもすべて倒した。
「ここは俺が占拠した! 俺の後に続けっ」
都の兵たちが喊声をあげて、パライアの西門に殺到する。
パライアの敵兵たちは都の兵を止める力がなく、パライアへの入城を許してしまった。
勝敗は決した。
都の兵たちはパライアの城を目ざして進軍していく。
「ドラスレさまっ。本日も第一級の戦いぶり。お見事です!」
指揮官の若い騎士――メラーニが城門の上に上ってきて、俺に敬礼した。
「礼にはおよばない。このまま城を占拠し、ここを指揮する敵のリーダーを捕らえるのだ」
「はっ」
「くれぐれも略奪はするな。パライアの民たちに罪はない。都の兵たる気品をもって民たちに接しろと、皆に命じるのだ」
「了解いたしました!」
メラーニが元気な声を発して、俺の言葉にこたえた。
メラーニは会話用のちょい役です。重要じゃないので、覚えなくて大丈夫です。