第13話 都からの訪問者、視察官ネグリあらわる
インプとの戦いで、エルコの村と採石場は大きな被害を受けてしまった。
テオフィロ殿が言うには、労役のノルマよりも村の復旧を優先すべきだとのことだ。
「インプどものせいで、かなりの家がもやされちまったからな。廃屋を撤去するのが先だろう」
「そうか」
「ドラスレ、ボルゾフを倒してくれたのに、追加で仕事をおしつけたくないが、俺たちをたすけてくれ。人手がたりないんだ」
「もちろんだ! 力仕事は俺の得意分野。この力、いくらでも貸そう」
兵の訓練場でテオフィロ殿と会話していたが、そばでアダルジーザと会話していたジルダが、ひょっこりと首を突っ込んできた。
「くくっ、あんたらの宿舎も、なくなっちまったしなぁ」
この訓練場――というよりも、ただの広場でしかないが、広場のとなりには兵の宿舎があった。
テオフィロ殿が顔をしかめた。
「む、うるさいぞ、ジルダ。お前はだまってろ」
「あんたらも、うちらとおんなじように、そのへんの空き家にすめばいいじゃん。ここは広場にしちゃってさぁ」
「いいや。俺はここに豪邸をたてるぞ。前よりも立派な、なあ!」
「ええっ、なんだよそれ。ぼくらは絶対にてつだわねぇからな!」
あつまっていた流人たちからブーイングが上がる。「お前ら!」とテオフィロ殿が顔を赤くするが、従う者はひとりもいなそうだった。
「冗談はともかく、ひらきなおって村を再建してみたら、どうか」
「じょ、冗談……」
「エルコには不要な空き家が多い。それらを撤去すれば資材の節約になるし、村の空間を最適化することもできるだろう」
「おお! なんだよそれ。めっちゃいい案じゃんっ」
ジルダたち流人から歓声が上がった。
「グラートって、ただの脳筋じゃなかったんだな! なんだか領主みてぇ」
「前に在籍していたギルドで、都の再建などにもかかわっていたのだ」
「グラートは脳筋なんかじゃないもんっ!」
アダルジーザがジルダのとなりで声をあげていた。
「話を続けるぞ。流人たちの住む北東と南西のエリアにかなりの空き家がある。きれいな家屋をいくつか残して、いらない空き家をとりこわすんだ」
「空き家なんて、全部こわしちゃえばいいじゃん」
「それはだめだ。エルコの流人はここ数ヶ月で増えている。今後もふえていくことを考慮すると、空き家はいくつか残しておいた方がいい」
「ああ、そっか」
エルコの流人がふえるのはよろこばしいことではないが、状況を冷静に分析しておいた方がいいだろう。
「とりこわした後はぁ、どうするのぉ?」
「使えそうな資材は建てなおす家や採石場で使えばいい。跡地は公園にするなり、流人たちの作業場にするなり、用途に応じて利用すればいいだろう」
「わぁ。お花とか、植えたいねぇ」
エルコは殺風景な村だ。庭園があれば、兵や流人たちの心もやすらぐかもしれない。
「余裕があれば小舟でもつくりたいが、それはまだ先か」
「お舟があれば、むこうの島まで行けるねぇ」
「そうだな。魚もとれるようになるし、近隣の島にも有効な資源があるかもしれない」
「ほえぇ。こんな場所でも、できることはけっこうあるんだなぁ」
ぽかんと口をあけるジルダに、アダルジーザが苦笑した。
「ふーむ。これが、けがの功名というものなのか。戦いでつかれてたはずなのに、やる気がでてきた」
テオフィロ殿は腕組みして、何度もうなずいていた。
「こんなにもたくさんの案が出るなんて、ドラスレはすごいな! お前は戦うだけじゃないんだなぁ」
「さっきも言ったが、ギルドにいた頃に王国から依頼があって、都の再建にかかわっていたのだ。そのときの知恵を出しているだけだ」
「お前がいたギルドは冒険者ギルドだろう。冒険者ギルドなんて、ただの冒険者のあつまりでしかない思ってたが、今のギルドはちがうのか?」
「普通の冒険者ギルドはテオフィロ殿が想像する通りのギルドだ。俺がいた勇者の館は大きなギルドで、王国にも太いパイプでつながっていたから、王国にかかわる仕事が多かったのだ」
ギルドの影響力はとても大きかった。
入団する冒険者も後を絶たなかったが、それだけ人間関係も複雑だった。
「そんなギルドで、お前はサブマスに就いてたんだな」
「若輩者ではあったが、都の防壁の修繕など、軍事にかかわる仕事をまかされることが多かった気がする」
「そんなに貢献して、ブラックドラゴンすら倒しちまった勇者なのに、流人でこんなところに流されちまうんだもんな。人生、何がおきるかわからんなぁ」
都ではいまだにヴァールの残党があばれているのだろうか。
シルヴィオは達者でくらしているだろうか。ギルドの仲間たちも。
「再建計画の具体的な部分はテオフィロ殿におまかせする。あなたが村の管理者だ。われわれが住みやすい村にしてほしい」
「もちろんだ。だが、俺はちまちましたものを考えるのが苦手だ。すまないが、これからも俺たちをサポートしてほしい」
「まったく問題ない。俺の知恵であれば、いくらでも貸しあたえよう」
村の今後の計画はこれでまとまったか――。
「テオフィロ様。都からネグリ様がお見えになりました」
若い兵がかたひざをつき、テオフィロ殿に頭を下げた。
「ごくろう。で、ネグリ様というのは……げ! やばいっ」
テオフィロ殿が顔色を変えて、村の外へとむかっていった。
「なんだぁ? どうしたんだ、あいつ」
「どうしたんだろうねぇ」
俺たちもむかってみよう。
街道へとつながる南東の門に、きらびやかな馬車がとまっている。
荷馬車とはあきらかに異なる外装に、金色の車輪。白い荷台がとてもおしゃれだ。
「せっかく、遠い都から、こぉんな僻地にまで来てやったというのに、出迎えすらしてくれないのかしら?」
「も、申し訳ありません! 魔物の襲撃により、立て込んでたものですからっ」
貴人の馬車は赤いマントをはおった戦士たちによってまもられている。近隣の貴族か?
「うそおっしゃい。魔物なんて、どこにも見あたらないじゃないの!」
「い、いえ。ですから、昨夜まで、魔物に襲われていたので、その対策を――」
「あなたの言い訳なんて聞きたくないわ! あなたが職務をまっとうできないというのなら、陛下に対して異心ありと奏上します」
「あああっ、まってください!」
テオフィロ殿は白い貴族服のようなものを着た男と門の前でもめている。
男は黒いはねがついた扇を手にしている。年齢は四十代か。
「だれなんだ、あいつ」
「だれなんだろうねぇ」
ジルダも知らないのか。
テオフィロ殿は門の前にまわり込んで、白い服の男に何度も頭を下げている。
「都から来た視察官だな。アダルとジルダは俺の家にもどっていてくれ」
「うん」
「むちゃするなよぉ」
白い服の男が、俺に気づいてふりかえった。
「こんにちは。高貴なるお方とお見受けします。俺は流人のグラートと申します。遠路はるばるプルチアまでご来訪いただき、ありがとうございます」
背を低くし、両手を合わせて頭を下げる。
「あら。その身なり。あなたが件のドラゴンスレイヤーさん?」
「はい。かつて都でブラックドラゴン・ヴァールを倒した者です」
「あらぁ。あなたの噂は耳にタコができるほど聞いてるわ。じかにお会いできて、ネグリ、しあわせ! さぁ、握手してちょうだい」
ネグリという視察官はなぜか女言葉で話しかけてくる。握手した手は壮年男性そのものだが……。
「ドラゴンスレイヤーなんて呼ばれてる人だから、どんな野蛮人がでてくるのかと思ったら、案外紳士じゃない。腰もひくいし、品行方正ですばらしいわ! テオフィロさん、あなたも見ならいなさい」
「はっ。その言葉、しっかりと胸にきざみます」
頭を下げるテオフィロ殿の肩が、ふるえていた。
「あたしはネグリ。宮殿ではたらく政務官よ。このたび、陛下のご命令でここの視察にまいったの」
やはり、視察官か。
「いつもなら、いつに視察するか、事前に言っておくんだけどね。それだとみんな、気合いいれちゃうでしょぉ? だからぁ、たまには抜き打ちでやれって、陛下に言われたのよぉ。おっほっほっほ」
高笑いするネグリ殿の後ろで、テオフィロ殿がこぶしをふるわせて――。
「あら、どうしたの? テオフィロさん」
「い、いえ。べつに、なんでも。おっほっほっほ!」
テオフィロ殿が腰に手をあてて高笑いをするが、それはやめた方がよいのでは……。
「あなた。それ、あたしのマネをしてるの? 次にやったら、その舌、ひっこ抜くわよ!」
「も、申し訳ありませんっ!」
インプたちをやっと撃退したというのに、厄介な者があらわれたな……。
「もういいわ。あなたの宿舎に、はやく案内しなさい!」
「はっ。し、しかし、それが、わたくしどもの宿舎はこの前、倒壊してしまいまして……」
「と、倒壊!?」
まずい。ネグリ殿はしばらくエルコに滞在するのか。
「倒壊って、どういうこと!?」
「で、ですから、昨晩、魔物に襲撃されまして……」
「魔物どもがっ、村の中にある宿舎をこわしていったって言うの? うそおっしゃい!」
「うそではありません! それだけ、ここの魔物は狂暴なのですっ」
テオフィロ殿は暗に俺をかばってくれたようだ。すまない。
ネグリ殿は閉じた扇をにぎりつぶしそうとしていたが、
「もういいわっ。どこでもいいから、はやく案内しなさい!」
テオフィロ殿にどなりつけるように言った。