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第128話 サンドラたちオドアケルの者たちの思い

「もうやめるのだ!」


 怒り狂うサンドラの細腕を俺はつかんだ。


「は、はなせ!」

「お前はまだ子どもだろう。あんな男の言いなりになるな!」

「うっせぇ! てめぇの指図なんか受けねぇよっ。いいからこのきたねぇ手をはなせ!」


 まるで駄々っ子だ。


 俺が両腕をつかまえても、サンドラは必死にもがいて抜け出そうとする。


 やむを得まい。


 俺は彼女の首筋に手刀をあてて、彼女を気絶させた。


「グラートっ、だいじょうぶ!?」


 アダルジーザが俺に近づいて、回復魔法をかけてくれる。


 宵闇にあわい光が生まれて、あたたかい力が俺の身体をつつみ込んでくれた。


 サンドラから受けた傷がふさがっていくのを感じる。


 アダルジーザの回復魔法は、やはりヴァレダ・アレシア随一だ。いつもながら感動してしまう。


「ありがとう、アダル。傷は完全にふさがったよ」

「どういたしましてぇ。でもぅ、やぶれちゃった服までは、もどせないねぇ」


 サンドラに肩や腹を斬られてしまったから、俺の服はぼろ雑巾のようになっている。


 チェインメイルを着込んでいたが、サンドラの攻撃はチェインメイルの鉄すら裂いたのか。


「その子はぁ、どうするのぉ?」

「サンドラか。俺たちに投降はしないだろうから、捕虜にするしかない」

「サンドラっていうんだぁ」


 オドアケルの夜襲は終わったか。騒がしかった戦場は、静けさをかなりとりもどしていた。


「まだぁ、子どもみたいだけど」

「そうだな。ラヴァルーサで、ヒルデブランドに徴用されたのだろう。あの男からはなれるように、以前も説得していたのだが、聞いてはくれないようだ」

「そうだったんだぁ」


 アダルジーザが、気絶しているサンドラの頬をなでた。


「女子どもまで操って、おのれの野望を成就させるための駒にしているのだ。ゆるせん」

「うんっ。こんなの、ぜったいにだめ。悪い人を早く倒して、みんなをたすけなきゃね」


 アダルジーザの、いつにない強い言葉が俺に勇気をあたえてくれた。



  * * *



 負傷した兵たちを治療しながら、夜営の準備をあらためて進める。


 陣地の八方にかがり火を立てて、周囲を厳重に警戒する。敵襲の備えは抜かりない。


 サンドラや捕虜たちもすみのテントで保護している。


 銀色の三日月が満天にのぼった頃に、サンドラが目をさましたと兵から報告を受けた。


 サンドラはひどくあばれるかもしれないため、手首と足首を厳重にしばりあげている。


 身体を起こした彼女はさっそく手足を動かして、手首をしばる縄をほどこうとしていた。


「目がさめたか」


 声をかけると、サンドラは手を止めて俺をにらみ上げた。


「縄がきついだろう。お前を縛るのは不本意だが、お前に兵たちを傷つけてほしくない。ゆるせ」

「うっせぇよ。クソヤローがっ」


 サンドラの目はレイスのようにつり上がっている。


 呪術を記した魔道書をわたせば、ただちに俺を呪い殺しそうだ。


「こんなことするくれーだったらさっさと殺せよ! 死ぬのなんかこわくねぇんだよっ」

「死にに急ぐな。この地に生を受けた貴重な命を粗末にするな」

「クソヤローが……。てめぇのくだらねぇ偽善とか、いらねぇんだよっ」


 まったく、手のかかる子どもだ。


 これも、ヒルデブランドのゆがんだ教育が招いた結果なのか。


「お前たちは、俺の行為を偽善だの、キエティストだのと散々にバカにするが、俺にだって信ずべき考えがあるのだ。敵とはいえ、貴重な命を奪いたくはない。

 俺は、お前たちを殺す気はない。食事もしっかりと、兵とおなじものをあたえよう」

「なんだよそれ。そんなことで、あたしらがだまされると思ってるのかよっ。だとしたらあめぇんだよ! あたしらはな、お前みたいなやつには、ぜってーにだまされねーよっ。何を言ったって無駄だからな!」


 この女の思い込みの強さは、すさまじい。


 投降を呼びかけることはできないだろう。


「わかった。なら、もう、お前たちを説得しない」

「きき。やーっと、本性をあらわしたっつーわけか」

「だが、兵たちと同じように食事をあたえることは変わらないぞ。ラヴァルーサを解放したら、お前たちの身柄も解放するつもりだ」


 サンドラが地面に唾を吐いた。


「けっ。お前ごときが、ヒルデさまを倒せっかよ。前にもヒルデさまと戦って、コテンパンに負けてるだろうがっ」

「あのときはな。言い訳をする気はないが、あのときは条件がかなり悪かった。だが、今回はちがう。兵をととのえて、あたらめてヒルデブランドと戦う。あのときと同じ結末にはならない」

「きーっ、きっきっき! 言い訳をする気はねぇって、めっちゃ言い訳してんじゃねぇかっ。兵をどうこうしたって、無駄だよっ。お前ごときじゃ、ヒルデさまにはぜってーに勝てねぇ!」


 ヒルデブランドの勝利も、信じてうたがわないか。


「サンドラ。お前は、ラヴァルーサでヒルデブランドに徴用されたのか?」

「あ? んだよそれ。ちょ、ちょーよう?」

「ラヴァルーサでヒルデブランドに勧誘されて、オドアケルに入団したのかと聞いている」

「ぁあっ、そうだよ。文句あっか」


 サンドラは、やはりラヴァルーサの市民だったのか。


「お前は、部外者であるヒルデブランドにラヴァルーサを占拠されて、なんとも思わないのか。あの男は、ラヴァルーサや、ヴァレダ・アレシア北東部に住む市民たちを利用しているんだぞ」

「あ? なに言ってんだよ、さっきから」

「あの男はもともとヴァレンツァにいたが、地の利を調べ上げて、この地で軍事蜂起した。あの男は、この地に住む市民たちの暮らしをよくすることを前面に押し出しているのだろうが、そんなものはただの建前だ」


 サンドラが不審な目を向けてくる。


「あの野心家が真に望んでいるのは、おのれの理想とする世界の創造だ。ようするに、お前たち善良な市民たちは利用されているのだ。それだけは、肝に免じておくことだ」


 この女を説得することはできないが、せめて真実だけはしっかりと伝えなければ――。


「だから、なんだっつーんだよ」


 なんだとっ。


「ヒルデさまがどんな世界をつくりてーとか、そんなの知らねぇよ。あたしらだって、その中に入れてくれるんだろ」

「そう、かもしれないが……なんとも思わないのか?」

「思わないね。あたしらだって、お前らを倒して、ヒルデさまに王様になってほしいんだ。あたしの身がどうなったって、かまわねぇよ」


 そんなに、壮烈な思いがあったのか……。


「ヒルデさまだって、あたしたちと同じだったんだ。親に捨てられて、奴隷として売られて、壮絶な生活を送ってきた人だったんだ」

「そう、なのか」

「ヒルデさまは、部外者なんかじゃない。この地で生まれて、この地の騎士や上級の市民たちに虐げられてきたんだ。あたしらが、何も考えずにあのお方を信じてると思ったのか? なんにも知らねぇやつが、知ったふうなこと抜かすんじゃねぇよ」


 ヒルデブランドは、この地の出身だったのか。


「なら、オドアケルを結成したのも、この地だったのか?」

「あ? んなの知らねぇよ。ヒルデさまはむかしからこの地にいて、お前たちをいつか倒すべく、ちょっとずつがんばってこられたんだ。

 だから、あたしたちは、あのお方を信じて戦ってるんだ。ヒルデさまを悪く言うやつらは、だれだろうが許さねぇ」


 ヒルデブランドは、捨て子だったのか。


 俺と、同じだな……。


「オドアケルはラヴァルーサで結成して、力をつけた上でヴァレンツァに進出していたのか」

「だからっ、んなの知らねぇっつってるだろ! さっさと殺せよっ。首を切るだけでいいんだろうが!」

「いや、お前たちは殺さない。何度も言うが、そう生き急ぐな。神からあたえられた、貴重な命なんだ」

「るせぇ! 牧師みてぇなこと抜かすなっ。次言ったら、ぶっ殺すぞ!」


 これ以上会話しても、サンドラを刺激するだけか。


「わかった。今日はこれで引き下がろう。困ったことがあれば、すぐに俺に言うのだぞ」

「うっせぇ! いいから消えろっ」


 顔を赤くして怒号するサンドラに背を向けて、俺はテントを後にした。


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