第127話 次の拠点へ、小夜のオドアケル急襲
カゼンツァで兵站の補給を行い、数日のうちにパライアへ向けて出発した。
ロンゴ殿にカゼンツァの守備をまかせれば、後方の支援は万全だ。
「グラート。もう少し、休まなくて、だいじょうぶだったのぉ?」
馬に乗る俺の後ろから、アダルジーザが声をかけてくれる。
朝陽は今日も空たかくのぼり、強い熱線を容赦なく浴びせてくる。
「遠いヴァレンツァから付き従ってくれている兵たちの体調を考えれば、もう少し休養をあたえるべきなのだがな」
「グラートも、疲れてると思うんだけど……」
「俺なら、だいじょうぶだ。こたびのラヴァルーサ征伐軍は、迅速に進軍させなければならない。作戦の遂行を第一に考えれば、一日でも休むのが惜しい」
兵に休養をあたえるのも、大切な作戦だが……。
「グラートはぁ、いろんなことを考えてるんだねぇ」
「そう、かもしれない」
「兵隊さんをまとめるのは、大変だねぇ」
手綱をにぎりしめる手に、過剰な力がかかる。
「これから向かうパライアは、すでに敵の手に落ちている。カゼンツァの防衛戦のように簡単に勝利できないだろう」
「そうなのぉ?」
「ああ。パライアを守備している者たちは、俺たちの侵攻にそなえて、防備を厚くしていることだろう。籠城されれば、戦いの長期化は免れなくなる」
兵の大半を都から空けている今、長期戦だけはなんとしても避けなければならない。
「そうなんだぁ。こまったねぇ」
「そうだな。なんとかして、数日でパライアを陥落させられればいいのだが」
「だいじょうぶだよっ。グラートなら」
アダルジーザのおっとりした言葉が、俺の肩から力を抜いてくれる。
「どんな困難だってぇ、解決してきたんだもん。だから、だいじょうぶっ」
「そうだなっ。自信をもってのぞもう!」
将帥たる俺が不安がっていたら、軍全体の士気に関わってしまう。
将帥はつねに前を向き、戦いの勝利を信じる。それだけだ。
* * *
パライアはアゴスティと同じく、高地に建造された都市なのだという。
水分の少ない土地は砂吹雪でよごれ、うだるような熱気が身体じゅうの水分をうばっていく。
くわえて山の悪路に足をとられてしまい、進軍は思うように進まなかった。
「グラート。まだ、先に進むの?」
上空を赤い海のように埋める雲を見上げたときに、アダルジーザのよわい声が聞こえた。
「どうしようかと思っていた。もう少し、先まで進めたいところであるが」
「でもぅ、みんな、疲れてるんじゃない?」
都から進軍してきた屈強な兵たちは、ひとつの言葉も発さずに足を前に進めている。
しかし、疲れているのを俺に見せないようにしているだけかもしれない。
「もう陽がしずむ。今日はここで軍を止めよう」
「うんっ。それがいいよぅ」
近くの伝令に指示を出して、アダルジーザを馬から降ろした。
山の中腹にあたる場所か。暑いが、多くの兵を休ませられる場所だったようだ。
「ここはぁ、本当に暑い場所なんだねぇ」
アダルジーザが布巾で首もとをぬぐう。
兵たちはテントを立てて、夜営の準備をはじめている。
「なかなか、身体にこたえるだろう」
「うん。グラートはずっと、ここで戦ってたんだよねぇ」
「そうだな。シルヴィオもジルダも、ここの暑さにはだいぶ音を上げていた」
兵たちは、ワイワイと声を上げながら作業している。
彼らの表情には、まだ余裕が感じられるか。
「ジルちゃんはぁ、暑いの苦手そうだねぇ」
「そうだな。文句を一番多く言っていたのは、ジルダだったような気がする」
「ジルちゃんだったら、氷の魔法とかで、涼しくできないのかなぁ」
アダルジーザの素朴な言葉が、夜風に消えていく。
「そう、だな。言われてみれば」
「風の魔法とかでもぅ、涼しくできそうだけどねぇ」
「風の魔法を安易に使ったら、砂が舞って皆を傷つけるからではないか? 氷の魔法なら、砂が舞うことはないが――」
花火が上がるような、鋭く高い音が突然、夜空に鳴った。
「なんだ?」
黒い布をひろげたような空に、一筋の閃光が打ち上がっていた。
「なに?」
閃光は上空の高い場所で弾けた。
嫌な予感がする。
あれは、戦場のあちこちに点在させた軍に知らせる、進軍の合図ではないか――
「敵襲だぁ!」
軍のどこかから悲鳴が聞こえたぞ!
「敵があわられたのか!?」
近くの者を捕まえて問うが、
「わっ、わかりません! 何が、起きたのでしょう……」
うかうかしていたら、敵の奇襲に深手を負わされてしまうっ。
「グラート!」
「わかっているっ。奇襲してきた敵をすみやかに追いはらう!」
馬に飛び乗ると、アダルジーザも俺の後ろに従った。
「皆、すぐに戦闘準備だっ。敵は夜陰にまぎれて攻撃してくるぞ!」
ただちにかがり火を立てさせる。
夜陰に乗じて動きまわっているのは、オドアケルの者たちか!?
「きーっ、きっきっき。殺せ殺せころせぇ!」
オドアケルの者たちは短刀をひからせて、俺の兵に斬りかかって――くっ、させるものか!
「お前たちの好きにはさせん!」
馬から飛び下りて、ヴァールアクスをかまえる。
「まとめて吹き飛ばす!」
ヴァールアクスをふりおろし、衝撃波でオドアケルの者たちをまとめてなぎ倒す。
数が多かろうが、俺の敵ではない!
「アダルは、負傷した兵の手当てを!」
「う、うんっ」
「戦える者は敵襲にそなえろ! 敵は少数だぞっ」
奇襲に兵たちは動揺していたが、だんだんと落ちつきをとりもどしていく。
オドアケルの者たちと戦う俺に呼応するように、槍をとって敵に応戦しはじめた。
さすが、都できたえられた兵だ。
「お、お前はっ、ドラスレ!」
オドアケルの者たちの中に、俺を知っている者がいるのか。
俺に声をかけた女は、今日もネズミの耳のようなリボンを頭につけている。
「お前は、オドアケルのサンドラか」
「なんで、お前がいんだよ!」
「なんでとは、妙なことを聞く。この者たちを率いているのが俺だというのを、ヒルデブランドから聞かされていなかったのか?」
サンドラは子どものような身体をふるわせている。
右手にもったダガーの切っ先を俺に向けて、
「あのクソヤローを早く殺せ!」
口汚く指示を出した。
サンドラの配下の者たちは、女の兵か。
手を出したくないが、戦場で男女の区別をしていられるほど余裕はない。
「身体に傷をつけたくなかったら、下がれ!」
斧の腹で突風を発生させて、彼女たちを一斉に吹き飛ばす。
「もーっ、なにやってんだよ! 夜襲が失敗しちゃうじゃねぇかよっ」
サンドラが子どものように地団駄をふんだ。
「残念だったな。俺たちの侵攻ルートを読んだ、いい奇襲であったが、この程度の奇襲で瓦解するほど、都の兵たちは弱くない」
サンドラが手足を止める。
うつむいていた顔を上げ、仇敵を恨むように俺をにらみつけていた。
「ヒルデブランドからはなれろと、前に忠告したはずだ。お前だけじゃない。ベネデッタも、ルーベンもそうだ。あの男の頭にあるのは、おのれの野望だけだ。
あの男はお前たちを、よくはたらく駒くらいにしか見ていない。それなの――」
「うっせぇよっ。ヒルデさまの悪口を言うなって、前に言ったばっかだろうが!」
サンドラの姿が消え――はやい!
彼女は俺の懐に入って、左右の手にもった短刀をふりまわす。
「グラート!」
短刀の威力は大したものではないが、肩や腹を何度も斬られてしまった。
「お前にヒルデさまの何がわかるっつうんだよっ。うぜぇんだよ!」
この女は、なぜここまでヒルデブランドに固執するのか。
「ヒルデさまはなっ、みんなで暮らせる国をつくってくれるんだ。お前みたいな悪いやつらを倒して! あたしだって、ヒルデさまの役に立つんだっ」
だめだ。この強い思い込みは、俺の言葉はおろか、存在までをはじいてしまう。
――きみがおこなっていること。きみがもつその思想は、カルト教団のそれとおなじだ!
ヒルデブランドにかつて、このようなことを言われた。
「死ね、しねぇ!」
目を赤くして俺に刃を向けるこの女の姿こそ、カルト教団に洗脳されてしまった信者の成れの果てではないか!