第124話 再びカゼンツァへ、巨人の魔物をたおせ!
軍の再編が数日のうちに行われて、俺はすぐカゼンツァへ向けて出発した。
俺が前回に率いた兵の倍以上の兵力だ。
ヴァレンツァの郊外から発せられた対ラヴァルーサ征伐軍は、ヴァレンツァの平原を一糸乱れぬ動きで進軍していった。
「グラート。では、ラヴァルーサで合流しよう」
「は。ベルトランド様のご武運をお祈りしています」
ベルトランド殿の率いる北伐軍と別れ、俺は東伐軍をつれてカゼンツァに向かった。
「こんなにぃ、たくさんの人たちを指揮するんだもん。大変だよねぇ」
軍馬にまたがる俺の後ろで、アダルジーザが言った。
彼女を軍に従事させたくなかったが、続く戦いで負傷してしまったことを考えると、彼女の力がどうしても必要だと思った。
「アダル、すまないな。きみまで戦いに駆り出してしまって」
「ううん。わたしは、だいじょうぶだよぅ」
アダルジーザは今日も、花のような笑顔を向けてくれる。
「そう言ってくれると助かる」
「ドラスレ村はぁ、村長さんにおねがいしてるから。だから、気にしないでねぇ」
村長はすぐに調子に乗ってしまう悪癖があるが、とても信用できる人だ。
「それなら、問題ないな」
「ドラスレ村のみんなも、グラートのこと、心配してるから。早く帰れるといいねぇ」
「そうだな」
サルンを長いこと留守にしてしまっている。
サルンにもどって、皆とのんびり酒を酌み交わしたいな。
「シルヴィとぅ、ジルちゃんも、だいじょうぶなんだよね?」
「そのはずだ。アゴスティでけがの治療が済んでいるはずだから、今はスカルピオ殿の指揮下で反乱軍と戦っているはずだ」
北東のアゴスティでも、勢いのある反乱軍がまた軍を動かして、アゴスティを攻めているらしい。
ビビアナはきっとシルヴィオとジルダのふたりと合流して、アゴスティを守っているはずだ。
* * *
五日ほど進軍し、カゼンツァを東にのぞむパダナ平原へと到着した。
乾いた大地がひろがる平原のあちこちに、テントや炊飯の用意をしていた痕がある。
その向こうには、大小さまざまな穴をふさいだ痕がいくつも残っている。
オドアケルの怪力男であるルーベンが、夜に襲ってきたときに開けた穴だ。その穴を兵たちと埋めたのだ。
「なつかしいな。俺が初めてラブリアの陣地へ訪れたときの痕跡が、まだ残っている」
俺がこの地へ初めて派遣されて、何日が経ったのか。
「ここで、敵さんと戦ったのぉ?」
「そうだな。ラブリアのロンゴ殿がここに陣地を築いていて、カゼンツァを取り返すべく反乱軍と戦っていたのだ」
「ロンゴ、殿?」
「ロンゴ殿はラブリアの領主だ。十年以上にわたってこの地を支配しているようだが、ずっと食糧難に瀕しているようだ」
ラブリアやフォルキアなど、ヴァレダ・アレシアの北東部は雨の降らない乾燥地帯だ。
「この地は古くから、食料の供給における問題があったようだ。この問題を根本から解決しないと、民の反乱は何度も起きてしまうのだろうな」
「そうなんだぁ。むずかしいねぇ」
「そうだな。ただ敵を倒せ、というのであれば、簡単なのだがな」
ラブリアの陣地の痕で、兵をしばし休ませる。
数人の兵を斥候にえらび、カゼンツァへ送り出した。
「うちでつくった麦とかお野菜を、分けられないのかなぁ」
「サルンで栽培している食料をか? それは、むずかしいのではないか?」
「そうなのぉ?」
「ああ。輸送の問題もあるし、何より輸送する量が足りない。食料に困窮しているのは、ヴァレダ・アレシア北東部の全域だからな。サルンの収穫量だけでは、とてもまかなえないだろう」
アダルジーザが遠くの乾いた山を見やって、眉をひそめた。
「うーん。そうなんだぁ。残念だねぇ」
「サルンから、収穫した作物のいくらかを輸送するのは、いいかもしれない。しかし、サルンだけではなく、よその地域からも作物を送らないといけないかもしれないな」
斥候として送り出していた兵たちが、血相を変えてもどってきた。
「グラート様っ、一大事です!」
「どうした。カゼンツァは敵の攻撃を受けているか」
「はっ。それが、その、巨人のような魔物たちに、攻撃されてまして」
巨人だと!?
休憩中に談笑していた兵たちに、一瞬で緊迫感が伝わった。
「巨人のような魔物にカゼンツァが包囲されているのか!?」
「は! その通りでありますっ」
なんということだ。カゼンツァの市民は無事かっ。
「グラートっ」
アダルジーザと騎士たちが、俺の号令をうながした。
「今日は大事をとって休息しようと思っていたが、敵はどうやら待ってくれないようだ。カゼンツァへ向けて進軍だ!」
隊列をととのえて進軍を再開する。
パダナ平原とカゼンツァは近い。
陽が暮れる前にカゼンツァの堅牢な城壁をおがむことができたが……カゼンツァから煙が立ち込めている!?
「なんだあれはっ。カゼンツァは敵の手に落ちてしまったのか!?」
「い、いやっ、そんなはずは、ありませんが……」
斥候の兵たちもうろたえている。
城壁のまわりを、大きな身体の魔物たちが取り囲んでいる。
人間なら梯子をかけないと登れない城壁と同じくらいの背丈だ。
「グラート。あれ……」
「そうだな。ドラゴンより大きい」
オーガのように大きな魔物だが、オーガとは違う。
球体のような身体と、脂肪のついた腕と足。
身体はオーガのように筋肉質ではなく、どことなく太った印象だ。
右手には棍棒のような武器をもって、彼らは城壁を破壊していた。
「アダル。あの魔物を見たことがあるか?」
「ううん。初めて見るかもっ」
「俺もだ。オーガに似ているが、様子が少し異なるようだ。なんだ、あの魔物は」
カゼンツァを攻めているのは、てっきり民兵だと思っていた。
あのような魔物の群れに遭遇するとは、運が悪い……いや、待て。
あれは、反乱軍に指揮されているのではないか。
魔物の群れに襲撃されていた都市を、かつて救出したではないか。
「ベネデッタのしわざか」
「ベネデッタ?」
「ドラスレ村を、かつてオドアケルの者たちが襲撃してきただろう。そのときに魔物を使役していたビルギッタという女に、妹がいたのだ」
「そのぅ、ベネデッタっていう人が、あの魔物さんに命令してるのぉ?」
「そういうことだ!」
敵軍の後方で休んでいた魔物たちが、俺たちに気づいた。
鈍重な身体を起こして、右手にもった得物をひからせる。
「アダル、攻撃と防御力を上げるバフを!」
「う、うんっ」
「皆、行くぞっ。このままカゼンツァへ突っ込め!」
ヴァールアクスをとって、空高くかかげた。
馬を走らせ、先頭の巨人に体当たりする。
「は!」
巨人はバランスをくずしたが……かなり重いっ。
何度も突撃をしたら、馬の方がやられてしまいそうだ。
馬から降りて、ヴァールアクスをふりはらう。
衝撃波を発生させて、巨人の三体をまとめて吹き飛ばした。
「おお!」
「す、すげぇ!」
兵たちから歓声が上がる。
「敵軍に風穴を開けて、カゼンツァへ続く道をつくるのだ!」
兵たちが意気揚々と魔物たちに突撃していく。
魔物の一撃は脅威だが、鈍重なため避けるのは簡単だ。
「敵にあまり近づきすぎるなっ。やつらの一撃を受けたら致命傷だぞ!」
黒い甲冑をつけた魔物が、のっしのっしと歩いてきた。
鉄格子のような仮面の中は、真っ赤に染め上がっている。
「お前たちは、ベネデッタに使役された者たちだろう。無関係なのに、人間の戦いに駆り立てて、さぞ骨を折っていることだろう」
仮面をつけた魔物が大きくふりかぶって、巨木のような槌を後ろへ下げた。
「グラート!」
天からふり下ろされた槌は、鞭のようにしなやかだ。
後ろへ飛んだ俺の目の前に槌が落ち、かたい地面にぽっかりと穴を開けた。
「お前の力は、その程度かっ」
預言士の圧倒的な力をもつ俺の敵ではない!
「ここで会ったのが運の尽きだったな。さらば!」
ヴァールアクスを引っさげ、仮面をつけた魔物に急接近する。
両腕から送り込まれる潜在力が、ヴァールアクスの爆発的な破壊力を生み出す。
「ふっとべ!」
左足をふみ、ヴァールアクスの腹を魔物へ打ち込む。
鉄板のような鎧がこなごなに吹き飛ばされる。
仮面をつけた魔物も球のように飛ばされて、カゼンツァの城壁に激突した。