第123話 対ラヴァルーサの軍事会議、グラートの進言
ヴァレンツァの宮殿にもどって、すぐに対ラヴァルーサの軍事会議が開かれた。
遠征と長い軍役で疲れはてているが、ヴァレダ・アレシア東部の差し迫った状況を考えれば、宮殿でゆっくりしていられなかった。
義父の庵から帰った次の日。俺は外廷の奥にある煌びやかな大会議室に案内された。
会議室には騎士団長のベルトランド殿と数人の騎士たちに、陛下。そして、祭司長ジェズアルド殿の姿もあった。
ジェズアルド殿は席につくなり、ベルトランド殿を見やって、
「それで、ラヴァルーサの反乱をどうやって鎮めようというのかね!?」
他の騎士たちが席につく前に言った。
「は。無論、策は考えております」
「やつらは日増しに勢いを強めている。グラートが防衛したラブリアとアゴスティでも、また戦闘が再開されたそうではないか! やつらを早く鎮めねば王権に関わるっ。それをちゃんと考えているのかね!?」
ジェズアルド殿が顔を赤くしながら声を荒げた。
ベルトランド殿のとなりに座る俺にも目を向けて、
「グラートですらラヴァルーサを奪還することができなかったのだぞっ。反乱の首謀者はラヴァルーサに籠っているのだろう。どうやって敵の首謀者を捕らえるというのだ!」
ジェズアルド殿の言葉は厳しいが、この表情が官吏たちの本音をあらわしているのだと思った。
ヒルデブランドが起こした反乱は、日を追うごとに影響力を増している。
早くおさえなければ、ジュスティリア王家の権威が地に堕ちてしまう。
陛下は細い眉を落として、唾をとばしそうな勢いで怒るジェズアルド殿を見ておられた。
やがて、ベルトランド殿や俺の気持ちを察してくださって、
「ジェズアルド。落ちつくのだ」
あまり大きくない声で言われた。
「し、しかしっ、陛下っ」
「わたしやお前がここで叫んだところで、ヴァレダ・アレシア東部の窮状は何も変わらない。わたしたちのように戦えない者たちは、騎士たちが真価を発揮できるように、後ろから静かに支援だけを行えばいいのだ。余計な口出しをしてはならない」
陛下の顔は青いが、とても落ちついておられる。
全幅の信頼を寄せていただいているのだから、決して裏切ってはならない。
「陛下のご期待に沿えることができない日々が続き、とても心苦しく思っております」
ベルトランド殿が陛下に頭を下げた。
「うむ。勝敗は兵家の常だ。気にするな」
「ご寛大な言葉をいただき、ありがたく存じます」
「しかし、騎士団長。ジェズアルドや文官の言うことももっともだ。ヴァレダ・アレシア東部の反乱を阻止できなければ、反乱はヴァレダ・アレシア全土に拡大してしまう。そうなれば、反乱に関与していない者たちが苦しむのは必至だ」
陛下の重い言葉が大会議室の四隅にひびいた。
ベルトランド殿が俺に目を向ける。
俺はそっとうなずいた。
「次の献策については、グラートたちとすでにまとめております。献策の前に、まずはグラートたちが遠征に失敗してしまった要因を見直したいと思います。グラート」
「は」
ベルトランド殿に呼ばれて、次の言葉を引き継ぐ。
「わたしのこたびの遠征が失敗してしまった要因は、ひとえに反乱の規模を見誤ったことにあります。当初、住民反乱はカゼンツァで起きたと報告され、ラヴァルーサやアゴスティにまで反乱が拡大する想定はありませんでした。
ですが、反乱の規模はわたしの予想をはるかに凌駕し、敵はこちらの想定の裏を突くように蜂起してまいりました。わたしの率いる軍は、つねに後手にまわされていたのです」
「騎士たるもの、敵がしかける策を見破れずしてどうするっ。ましてや敵は民兵なのだぞ。きみは、アルビオネのドラゴンを倒してきたんじゃなかったのかね!?」
ジェズアルド殿がまた赫怒したが、陛下にすぐ退けられた。
「わたしはヴァレダ・アレシアを守る騎士であります。どのような理由があろうとも、敗れてしまった戦いに言い訳をするつもりはありません」
「言い訳をしてるではないか。敵の規模がわからなかったなどと」
「落ちついてください。これは言い訳ではありません。敗戦の解析なのです。今、わたしたちがもっともすべきことは、敗戦の要因をしっかりと調べ上げることであり、次の戦いに生かすことなのです」
「グラートの言う通りだ」
陛下が言下に賛同してくれた。
「こたびの敗戦はつらい結果に終わりましたが、おかげで敵の規模と正体ははっきりしました。敵はラヴァルーサを拠点とし、パライアとミランドというふたつの都市を砦にしています。
そして今、カゼンツァとアゴスティがまた攻撃されています。このふたつの都市まで奪われたら、東部戦線は崩壊します。ですので、今度の遠征では軍をふたつに分けます」
従者が扉を開けて、ヴァレダ・アレシアの大きな地図をはこんできた。
俺は地図を受けとり、会議テーブルのまんなかに広げた。
ベルトランド殿が立ち上がり、赤い駒を地図上のラヴァルーサ、ミランド、パライア、そしてカゼンツァとアゴスティの五つの地点に置いた。
北東の端にラヴァルーサがあり、ミランドはその西に位置している。パライアはラヴァルーサの南にある。
カゼンツァとアゴスティは、それぞれ南西に位置していた。
ベルトランド殿がヴァレンツァの位置に青い駒をふたつ置いて、言葉をつなげた。
「わたしは兵の半分を連れて、北のアゴスティを防衛し、ミランドまで奪取します。もう片方の軍はグラートに率いさせて、カゼンツァの支援にまわさせ、パライアまで進軍します」
「ようするに、敵が占拠したまわりの都市から奪取していこうというのか」
「はい。ミランドかパライア、どちらか片方を攻めれば、もう片方の軍に背後を突かれます。かと言って、短期決戦をねらってラヴァルーサを攻めれば、わたしたちはきっと敵に包囲されてしまうでしょう。
敵が兵を分けて複数の都市を奇襲したように、こちらも兵を分けて複数の都市を奪取する。一見、遠回りな戦略ですが、これ以上の戦略はないと、グラートたちと話し合いました」
陛下が身を乗り出して、地図上の青い駒と赤い駒を見やる。
馬の頭を模した駒は、その横顔を陛下に向けていた。
「うむ。騎士団長やグラートが考えてくれた案でよいと思う。ジェズアルドは、どうだ?」
ジェズアルド殿の顔から血の気がだいぶ引かれていたが、この献策にあまり乗り気でないようであった。
「正攻法であるのはうなずけるが、ちと遠回りしすぎていないか? 敵はたかが民兵どもなのだ。敵にいくら勢いがあろうとも、たかが民兵を相手に弱腰の進軍をすれば、それこそアルビオネや隣国に笑われるぞ」
ジェズアルド殿の言葉には一理あるが、敵を見くびればまた敗戦をかさねることになる。
「ジェズアルド殿。お言葉ですが、そのように敵を見くびるのは危険です」
「なんだとっ」
「こたびの反乱の中心は民たちですが、彼らをまとめ上げているのは、あのオドアケルです。オドアケルの名を、あらためて説明する必要はないでしょう」
ジェズアルド殿の肩が、ぴくりと動いた。
「オドアケルは傭兵稼業をなりわいとしています。装備こそ、われら騎士より劣っていますが、豊富な戦闘経験は決してわれらの引けをとっていません。
それに、ギルマスのヒルデブランドという男は、明晰な頭脳と圧倒的な力でラヴァルーサを支配しています。あの男が堅守しているかぎり、ラヴァルーサは数日では落とせません。よって、われわれも進軍の基盤を築き上げるために、他の容易に落とせる都市から攻略すべきなのです」
他の戦略を何度も思案したが、これ以上の名案は出なかった。
ヒルデブランドは大軍で包囲してもあがくだろうが、あの男は俺が倒すしかない。
「ベルトランドくんが兵の半分を率いるということは、ここを空けるというのことなのかね。陛下の守護はだれが担当するのか?」
「それもすでに決めております。今度の遠征はひと月程度で終わるでしょうから、安心してください」
「ひと月か。決して短くないが、本当にひと月で帰ってこれるのかね? きみたちがここを空けている間にここで反乱が起きれば、わたしたちだけでは堅守できないのだぞっ」
陛下もジェズアルド殿も戦う力をもたない。
騎士の大半がヴァレンツァからいなくなってしまえば、不安を感じてしまうのは当然だが、納得していただくしかない。
「ジェズアルド様。今度こそ、民を鎮めて凱旋します。どうか、大船に乗ったつもりでお待ちください」
「グラート……たのむぞ。きみは今や、王家を守る盾の象徴なのだ。きみが敵に敗れたと知られたら、王家を信頼する民たちに大きな動揺をあたえてしまう。
きみにばかり重責を押しつけて、申し訳ないと思う。だが、きみはわたしたちの希望なのだ。どうか、この国をまもってくれ」
「は。存じております」
騎士になって、陛下やジェズアルド殿から全幅の信頼を寄せられるようになった。
とても重い責務であるが、今度こそ戦いに勝利しなければ。
ヴァレダ・アレシア東部の地名を整理しておきます。
グラート率いる東伐軍の進軍ルートは、ラブリア→パライア→フォルキアです。
三つの領土を進軍していくとおぼえてもらえれば大丈夫です。
・ラブリア領:ヴァレダ・アレシア東部の南西部に位置する。領主はロンゴ卿。中心都市はカゼンツァ。
・アゴスティ領:ラブリアの北部にある。領主はスカルピオ卿。中心都市はアゴスティ。(領土と都市が同じ名前)
・フォルキア領:ヴァレダ・アレシア東部の北東部に位置する。中心都市はラヴァルーサ。
・パライア領:ラブリアの北東部にある。中心都市はパライア。(領土と都市が同じ名前)
・ミランド領:アゴスティの北東部にある。中心都市は未設定。