第122話 義父が手繰り寄せた出会い
義父はやはり、俺の正体に気づいていた。
ギルドのツテをたよって、預言士のことを調べてくれていたのだ。
預言士は、神によって潜在力を引き出された古代人なのだという。
彼らは魔法をはじめとしたスキルや高度な頭脳をもち、強大な力を操って超文明を築いた。
預言士は言わば神の分身なのだ。
人の遅い成長を天におわす神が嘆いて、自身がもつその超大な力を一部の人間たちに分け与えた。それが預言士だ。
「預言士は人間とおなじ見た目だが、神と同等の力をもつ。だから、ヒルデブランドは人を超越した力をもっているのか」
「そんな、ことが、本当にあるなんて……」
預言士はその優位性から人間たちの上に立ち、地上を支配していった。
しかし、やがて人間たちと対立したのか、地上からやがて姿を消していった。
まるで、出来の悪いおとぎ話だ。
俺に神の力がそなわっていると言って、信じる者がいるのか?
「こんな伝説を妄信すれば、ヒルデブランドのような狂人が生まれてしまうのも当然というものか」
「グラートには、そうなってほしくないけど……」
アダルジーザが俺の腕をつかむ。
「安心しろ。俺はこんな伝説を知っても、思い上がったりしない。俺は、アダルとおなじ人間だ」
「うんっ」
自分が預言士の末裔であるという可能性を思い知るのと同時に、ヒルデブランドがラヴァルーサで主張していたことのほとんどを、この日記は裏付けていた。
――預言士はかつて、その貴重な能力で人間たちの力を引き出し、高度な文明を築いたのだ。
――この地上には、預言士たちの築いた黄金時代が繁栄していたのだ。
「この日記に書かれているような事実を、あの男……ヒルデブランドも知ったのだな。何かのきっかけによって」
「お父さんかぁ、お母さんから聞いたのかなぁ」
「そうかもしれないな」
預言士が人を超越した存在だというのは理解した。
「でもぅ、そんなすごい人たちが、どうして今はほとんどいないのかなぁ」
「俺もそれを考えていた。神の力をもつ存在なら、人間たちを差し置いて自分たちが地上に繁栄しているはずだが」
義父の日記をふたたび読み込んでみる。
日記の最後の方のページに、義父の考察のような文章がつむがれていた。
× × ×
高度な力をもつ預言士が、なぜ地上から姿を消してしまったのだろう。
彼らが滅ぶ要因は、なんだったのか。
預言士が残したと思われる古代の遺跡の中には、大きな破壊の痕が残されている。
巨大な隕石が衝突したような痕跡は、今でもその原因が解明されていない。
預言士たちがグラートのように怪力であったのならば、あるいは……。
俺は、とんでもないガキを育てているのかもしれない。
どうか、グラートがまっすぐに育ってくれることを祈る。
× × ×
「グラートはぁ、お義父さんがおねがいした通りに育ってくれたからぁ、だいじょうぶだよね」
「そうだな」
アダルジーザの言葉に相づちを打ちつつ、「大きな破壊の痕」という言葉が目を引く。
俺も潜在力を解放させれば、地面に穴を開けることができる。
そのような痕と、同じような痕が預言士の遺跡にもあったのか。
「預言士たちが大きな力をもつ存在であるのなら、ヒルデブランドのように思い上がった者があらわれるだろう。預言士たちはきっと、自滅したのだろうな」
「そうなのかなぁ」
「ただの憶測でしかないがな。だが、預言士たちは栄華から転落したが、地上のどこかで細々と生き続けた。その末裔が、俺とヒルデブランドなのか」
一応、筋書きはできている。
預言士たちのかつての栄華をとりもどしたいという、ヒルデブランドがねがうのも理解できる。
しかし、ヴァレダ・アレシアを倒して預言士たちの栄華をとりもどすことが、市民たちに幸福をもたらすのか。
俺には、そう思えない。
「義父は預言士のことを調べても、俺を人間たちと共存させるように導いた。俺は、その遺志にしたがいたい」
「うん。わたしも、そうしてほしいと思う」
庵の外から馬のいななく声が聞こえた。
「さっきのって」
「こんなところに馬泥棒があらわれたのか?」
日記を机に置いて庵を飛び出す。
俺が止めていた馬のとなりで、葦毛の別の馬が止まっていた。
馬から降りたのは、紅い髪が目立つひとりの女性だった。
「だれだ、そこにいるのは」
年齢は、四十代くらいか。
細く引きしまった身体で、顔や腕が日に焼けている。
茶色のシュルコーの中にはチェインメイルを着込んでいそうだ。
「あなたは冒険者か。義父の庵に何か用か」
「義父の、庵だと……?」
「ここは、俺の義父……グラディオ・アズヴェルドの庵だった場所だ。あなたは、どのような用があって、こんな人里はなれた場所まで訪れたのか」
アダルジーザを俺の背中にかくす。
ヴァールアクスはかまえないが、念のためにすぐ戦える態勢をとっておく。
紅髪の女性は長剣を腰に差しているが、敵意はほとんど感じられない。
目を細めて、俺を警戒しているようだったが、
「きみはもしや、グラートではないか!?」
女性がこわばった表情をゆるめて、俺に近づいてきた。
「無事だったのかっ。アズヴェルド様とともに忽然といなくなってしまったから、行方不明になってしまったのだとばかリ思っていたが!」
「あ、あなたは……?」
「わたしをおぼえていないのか? きみとここで、何度も遊んでやったのだぞ」
俺と、ここで遊んだ人……?
この方の言葉から察するに、俺が子どもの頃に遊び相手になってくれた人なのだろう。
巨大ギルドのギルドマスターだった義父をたずねてくる人は、何人もいた。
訪問者のほとんどはギルド関係者であったが、その人たちの中には、俺の遊び相手になってくれる人もいた。
「わたしはオリヴィエラだ。わたしのことをまったく覚えていないとは、かなしいな」
「オリヴィエラ……殿?」
「アズヴェルド様は、わたしの師だ。きみにも紹介したはずだが、おぼえ切れないか」
オリヴィエラ殿が、屈託なく笑った。
「義父の知り合いだと気づかず、失礼しました」
「気にしないでくれ。十年以上も前のことだ。きみが気づけなかったのは無理もない。むしろ、きみに再会できて、よかった」
「あなたはもしや、夢幻の関係者ですか?」
「夢幻……? はは。関係者というか、あのギルドをアズヴェルド様から受け継いだんだよ」
なんと!
オリヴィエラ殿を庵に招いて、お互いのことを話した。
オリヴィエラ殿は義父の弟子で、夢幻のギルメンだったらしい。
義父がギルドから去ってからもギルドに在籍し続け、数年前にギルマスの座を受け継いだようだった。
「アズヴェルド様も、病気には勝てなかったか……」
義父の最期を話すと、オリヴィエラ殿は物憂げに言葉をつないだ。
「アズヴェルド様が病気がちなのは知っていた。なるべく見舞いに行きたかったのだが、遠方へ旅立つ用事があってな。見舞いに行けなかったのだ」
「それは仕方ありません。冒険者とは、そういう職業ですから」
オリヴィエラ殿は、義父の庵によくたずねていた気がする。
「俺も義父を看病したかったのですが、ここにはろくな薬がないし、回復魔法なども使えなかったので、義父をみすみす失ってしまいました」
「それは仕方がない。寿命は皆にそれぞれ定められている。アズヴェルド様が亡くなられてしまったのは、それが神によって定められた時だったからだ。きみのせいではないよ」
オリヴィエラ殿は、静かに言ってくれた。
「あの方には、もっと多くのことを教えてほしかった」
「え、ええ」
「だが、きみが代わりに大きく育ってくれた。アズヴェルド様も空の上で満足されていることだろう!」
オリヴィエラ殿を連れて、庵の裏山をのぼる。
義父は裏山の景色がよく見える場所に葬っている。
「そういえば、冒険者から騎士になった男がいると、都で最近よくささやかれていたが、それはきみのことだったのだな」
オリヴィエラ殿が義父の墓に祈りを捧げてから言った。
「ええ。陛下に引き上げていただいて、今ではサルンを治めています」
「そうだったのか! アズヴェルド様もすばらしい冒険者であったが、きみは騎士になってしまったのかっ。すごいな……」
大きな声でほめられると、どのような顔をすればいいか困ってしまう。
「アズヴェルド様が亡くなられたら、きみをギルドで引き取ろうと思っていたのだが、そんな援助はもういらないな。こんなに大きく、強く育っているのなら、何も心配することはないだろう」
オリヴィエラ殿は優しい方だ。
俺の背中をたたいて、豪快に笑ってくれた。
「だが、アズヴェルド様が引き寄せてくれた縁だ。困ったことがあれば、わたしかギルドを訪ねてくれ。ギルドの連中にも、わたしから言っておく」
「ありがとうございます。俺が治めるサルンは、北のアルビオネの脅威にさらされています。危機が訪れたら、ギルドの力をお借りしたく思います」
「アルビオネか。また難しい土地をまかされたものだな」
「ええ。アルビオネの者たちは前に撃退しましたが、また南下をはじめるでしょう。そうなれば、俺の手に負えなくなるかもしれません。しかし、夢幻の力添えがあれば、安心です」
「わかった。アズヴェルド様の導きにしたがおう」
オリヴィエラ殿とかたい握手を交わした。
オリヴィエラさんは、後にまた登場する予定です。しばしお待ちください。