第121話 義父の日記と、書き残された思い
トレンダの森を馬で駆け抜ける。
義父が生前に残してくれた森の小道を進むと、ちいさな滝と泉の見える場所にたどり着く。
名もなき泉のほとりに、義父の庵は今もひっそりとたたずんでいる。
「グラート。ここが」
「そうだ。義父が住んでいた庵だ」
馬を止めて、アダルジーザが下馬するのを待つ。
物置小屋のような庵を、アダルジーザは静かに見守っている。
「ここで、グラートは育ったんだぁ」
貧村に建てられている小屋とおなじくらいの家だが、きれいな状態を今でも保っている。
「だれもいないおうちには、見えないけど」
「一応、たまに手入れしているからな」
木の扉をそっと引く。
「そうなのぉ?」
「ああ。騎士になってから、ここに来る時間が取りにくくなってしまったがな」
前に来たのは、いつだったか。
サルヴァオーネとの戦いが終わった後か。
「そういえばぁ、前に、お義父さんのところに行くって、言ってたよねぇ」
「よくおぼえているな。たぶん、そのときに手入れしたのが最後だ」
「ふふ。親孝行だねぇ」
ここに、義父の遺品をすべて残している。
義父が生前に使っていた剣や鎧。茶器などの家具一式。
そして、義父が書き残したもの。
義父の遺品には手を付けないようにしていた。
なんとなく、触ってはいけないものだと思っていたからだ。
「お義父さんはぁ、グラートが、預言士さんの末裔だって、知ってたのかなぁ」
「どうだろうな。義父が預言士のことを知っていたとは思えないが」
庵の奥に、本棚と机の並べられた場所がある。
机の引き出しには、義父が生前に書いていた日記があった。
「義父よ。俺に答えを教えてくれ」
日記の表紙はぼろぼろに破れている。
背表紙からとれてしまいそうな表紙を、そっと開いた。
× × ×
紅焔の月五日
冒険者をやめて、ひと月が経った。
つうのに、夢幻の連中は毎日のようにうちにきやがる。
これじゃあ、冒険者をやめた意味がねぇじゃねぇか! いい加減にしやがれ!
紅焔の月二十八日
俺は悠々自適な生活がしてぇから、こんな山奥に引きこもったっつうのに、いつになったらあのクソギルドから解放されるんだよ。
副マスの派閥とか、そんなん、てめぇらで解決しやがれ!
× × ×
「どぉ?」
アダルジーザが、俺の後ろから日記をのぞき込んでいた。
「義父の日記を初めてみたが、前に所属していたギルドのグチばっかりだ。なんだこれは……」
日記を何ページかめくってみるが、そのほとんどがギルドの文句とグチだ。
あの男の有名な冒険者だったという名声と実績に、少しだけ期待していたというのに……。
「お義父さんはぁ、いろいろ我慢してたんだねぇ」
「そんなことはない。ただのわがままだ、こんなのは」
日記をアダルジーザにわたして、ため息をついた。
「グラート、この、『夢幻』って、あの夢幻の聖域さんだよねぇ?」
「ああ。ラグサで活動しているあのギルドだ。義父は、あのギルドの創設者だったらしいのだ」
「ああっ、そうだったんだぁ」
夢幻――正式名称は夢幻の聖域だが、夢幻は今でも大都市ラグサを拠点として活動されている巨大ギルドだ。
義父が去って、ギルドの影響力はちいさくなってしまったようだが、ギルドの規模は今でもかなり大きいはずだ。
「お義父さん、やっぱり、すごい人だったんだねぇ」
「すごくなどない。こんなものに期待した俺がバカだった」
文句を言ったら、アダルジーザに笑われてしまった。
「あっ、グラート。ここ、子どもをひろったって、書いてあるっ」
なんだと!?
アダルジーザがひろげてくれた日記をのぞき込む。
× × ×
太白の月十二日
森で生きているガキをひろった。
口減らしで森に捨てられてるガキは、前にもよく見かけたが、他のガキはみんな死んでたな。
めんどくせぇが、俺が育てるしかねぇのか?
× × ×
「これってぇ、グラートのことだよねぇ」
「そう、だな。おそらく」
「お義父さんがぁ、グラートをひろってくれたんだねぇ」
この文章を読むかぎり、俺を育てる気はなかったようだが……。
× × ×
黄白の月十四日
グラートは、よくわからねぇが、すげぇ力をもってるようだ。
五歳ぐれぇなのに、怒ると平気で家の壁をこわしやがる。
どうなってんだ!? このガキは……。
黄白の月二十七日
ガキで力持ちっつうだけで意味不明なんだが、明らかにガキの力じゃねぇんだよな。
でも、魔物には見えねぇんだよなぁ。
おとなしくさせてれば害はねぇけど、気味悪いよな。厄介なガキをひろっちまったもんだぜ。
もしかして、こいつの力が手に負えねぇから、こいつの親は捨てたのか?
× × ×
「グラートはぁ、小さい頃から力持ちだったんだねぇ」
アダルジーザが日記を差し出して言った。
「そうだな。よくおぼえていないが、『戦い以外では力をおさえろ』と義父によく言われていた」
「そうだったんだぁ」
「この家の壁は、何度もこわしていたな。そのたびに義父は頭を抱えていたから、いい加減にやめようと俺は思ったのだが」
今に思えば、こんな親不孝な俺を最後まで育ててくれたのだから、義父には頭が上がらない。
「やっぱりぃ、お義父さんは、いい人だったんだねぇ」
「そう、だな」
「わたしのお父さんも、いい人だって、言ってたから。わたしも、そう思うかな」
あんな義父をほめても、何も出てこないと思うが……。
× × ×
石榴の月七日
グラートの力は、成長すればもっと強くなるかもしれない。
ほうっておいたら、こいつは人を平気で殺すようなやつになっちまう。
だが、こいつの力を正しいことに使えれば、魔物の被害にくるしむ人たちをもっと助けられるのかもしれない。
拾っちまったからには、こいつをちゃんとした道にみちびいてやらなければならん。
俺の命は、おそらくもう長くない。
こいつをいっぱしの冒険者に育て上げるのが、神からあたえられた最後の使命なのかもしれない。
石榴の月二十五日
俺がせっかく冒険者のノウハウを教えてやってるっつうのに、グラートのやつはまったく聞かねぇ!
冒険者のノウハウよりも、まずは読み書きから教えねぇとダメか……。
紫水の月十二日
グラートのやつは座学はからっきしだが、戦うのは好きなようだ。
いらねぇ剣をわたしてやったのはいいが、そのへんの魔物を倒しまくってやがる。
今さらながら思うが、末恐ろしいガキだぜ……。
× × ×
義父の日記は、俺の成長を記したものばかりだ。
文句ばかり書き記しながらも、俺の成長に一喜一憂してくれていたのだと、あらためて知ることができた。
「お義父さんはぁ、グラートといて、しあわせだったんだねぇ」
俺のとなりで日記を見ているアダルジーザの目に、涙が浮かんでいた。
「グラートを森で拾ってからぁ、グラートのことばっかり書いてるんだよぅ」
「そう、だな」
「お義父さんは、グラートがいてくれたから、さびしくなかったんだね。グラートのことが、大事だったから」
いつも不機嫌そうにしていた義父は、俺のことなんて気にもとめていないのだと思っていた。
しかしこの日記から、義父が俺に託したかったことがどのようなことだったのか。ありありと伝わってくる。
「義父のおかげで、俺は強い男になることができた。義父に感謝しよう」
しずかに言葉をつなぐと、アダルジーザが涙をながしながらうなずいた。
義父の知られざる思いに気づくことができたが、俺は自分の正体の手がかりを探しに来たのだ。
「預言士のことは、日記に書いてないか」
「そっか。預言士さんのことを、知りたいんだもんねぇ」
アダルジーザが人差し指で涙をぬぐう。
義父の日記をくまなく読み込む。
「俺が力の強い子どもだということは書かれているが、この力の正体までは日記に書かれていないか」
「うん。やっぱりぃ、お義父さんでもぅ、グラートのこと、全部はわからなかったんじゃ――グラートっ」
アダルジーザがまた日記の紙面を差した。
「預言士さんのこと、書いてあるよっ」
「あ、ああ!」
× × ×
蒼穹の月三日
ギルメンの話によると、かつて預言士という一族がいたらしい。
ヴァレダ・アレシアが建国される遥かむかしのことなんだろうが、そいつらは人間のうちに眠る力を自在に操って、とんでもねぇ力を使っていたようだ。
なんとなくグラートに関係ありそうだが、これは偶然か?
× × ×
石榴の月十二日
預言士は人が潜在的に持つ無限の力を解放させて、この地を開発していったようだ。
古代人が築いたと言われる遺跡にはよく言ったが、ぜんぜん知らなかったな。遺跡なんか、まったく興味なかったからなぁ。
グラートのあの力は、預言士と関係あるのかもしれない。
遥かむかしに滅んだと言われる預言士が生き残っていて、あいつを産み落としたのか?
月の名称は、天空の刻印師で使用していたものを流用しています。各月の対応は次の通りです。
一月……石榴の月
二月……紫水の月
三月……水宝の月
四月……金剛の月
五月……翠緑の月
六月……月長の月
七月……紅焔の月
八月……橄欖の月
九月……蒼穹の月
十月……太白の月
十一月……黄白の月
十二月……藍青の月
宝石の名称を元にしていた気がしますが、由来は忘れてしまいました。
ひと月はすべて三十日です。うるう年とか暦のずれまで考えると細かくなるので、考えない方針で……




