第120話 預言士の手がかりを探しに、亡き義父の庵へ
身体を休めるために、宮殿でしばらく静養するようにと陛下に厳命されてしまったが、医務室でじっとしているのはつらい。
「グラート。落ちつかないのぉ?」
アダルジーザがとなりで、茶をポットから注いでくれる。
「そうだな。東部の戦況が気になる」
「そうかもしれないけど」
ベッドのかたわらで腰を下ろすアダルジーザの顔もすぐれない。
「すまないな。騎士になって土地をもらったというのに、戦ってばかりで」
「ううん。それが、グラートのお仕事だから」
「俺もアダルとのんびり畑をたがやしながら暮らしていきたいが、国はまだ荒れているからな。こういう日々が、まだまだ続くだろう」
ヒルデブランドを早くたおさなければ、ヴァレダ・アレシアはいつまで経っても平和にならないだろう。
「うん。そうだね。グラートのことは、心配だけどぅ、みんなのために戦ってほしいから」
「いつも心配かけて、すまない」
「ふふ。どういたしましてぇ」
アダルジーザの笑顔を見ていると、癒されるな。
東部戦線の他に気になるのは、預言士のことだ。
俺は、本当に預言士の末裔なのだろうか。
「アダル、実はもうひとつ気になることがあるのだ」
「もうひとつ、気になることぉ?」
「ああ。もしかしたら俺は、人間ではないかもしれない」
アダルジーザが目を見開いた。
「どういうことぉ?」
「オドアケルのギルマスであるヒルデブランドは、預言士の末裔だという。預言士というのは、太古の時代に地上を支配していた一族なのだそうだ」
「それと、グラートに、どんな関係が……」
余計な言葉でアダルジーザを不安にさせてしまった。
「預言士は、人や物に潜在する力を引き出す能力をもっていたという。ヒルデブランドが言うには、彼と俺はその預言士の末裔らしいのだ」
「だからぁ、グラートが人間じゃないっていうことなのぉ? でも、グラートは、わたしたちと変わらないと思うんだけどぅ」
「そうだな。見た目も、生活の仕方も人間と変わらない。それほど大きな問題ではないと思っているのだがな」
アダルジーザが大きなため息をついて笑った。
「もう、びっくりさせないで」
「すまない。言い方をまちがえた」
「わたしは、グラートが人間だって、信じてるから。でもぅ、ちょっとだけ、おどろいたかも」
説明の仕方は少し見直した方がいいかもしれない。
「アダルが言う通り、預言士は人間とおなじだ。人や物に潜在する力を引き出すという、特殊能力をもっているだけだ。しかし、ヒルデブランドは……あの男は、自分が預言士であることにこだわっている」
「そうなのぉ?」
「ああ。やつは、自分が預言士の末裔であるから、こたびの戦いを引き起こし、自分が人の上に立つべきだと考えているのだ」
アダルジーザがまたおどろいて表情を変えた。
「じゃ、じゃあ、グラートが戦ってるのって」
「そうだ。こたびの戦いは、ヴァレダ・アレシアの市民のための戦いではない。あの男の恣意によって引き起こされたものだ」
「そ、そんな……」
この事実を、ラヴァルーサの市民たちはどれだけ知っているのだろうか。
「そんな理由で、グラートが戦わされてるなんて……」
「まったくもって、ひどい話だ。預言士など、人間とおなじだ。それなのに、あの男は自分が神の生まれ変わりであると思い込んでいるのだ」
「うん。そんな理由で、グラートがこんなに傷つくなんて、ひどい」
アダルジーザは、やはりやさしい人だ。
この人を妻にむかえて、よかった。
「あの男の横暴は断じてゆるせないが、俺は自分にも預言士の血がながれているのか、気になっているのだ」
「そうだよねぇ。そんな人たちと、いっしょだなんてわかっちゃったら、かなしいよねぇ」
「預言士がどのような一族だったのか。ヒルデブランドのような、横暴な者たちであったのか」
「うーん。だれかぁ、知ってる人は、いないのかなぁ」
俺が預言士であることを知っている人、か。
「俺は物心がついた頃に捨てられたから、実の親の顔は知らないぞ」
「うーん。そうだよねぇ」
実の親の顔も名前も、俺はわからない。
自分の正体を知ることはできないか――。
「それならぁ、グラートを育ててくれた人はぁ?」
俺を、育ててくれた人?
「義父かっ」
「うんっ。お義父さんだったらぁ、何か、知ってるんじゃないかなぁ」
義父はすでに他界しているが、義父の庵に行けば、何か手がかりがあるかもしれない。
「義父の庵に、行ってみるか」
「お義父さんは、もう亡くなっちゃってるんだよね。わたしが、代わりに行った方がいいかなぁ」
「いや、自分で行く。ここでじっとしているのもつらいし、何より義父の墓参りがしたい」
「グラートはぁ、おうちでじっとしていられない性分だもんね」
アダルジーザに笑われてしまった。
「わたしも、いっしょに行くね」
「ああ。たのむ」
* * *
翌日。陛下に数日の暇をつげて、義父の庵にむかった。
馬にまたがり、アダルジーザを後ろに乗せて、早朝にヴァレンツァを発った。
「お義父さんはぁ、有名な人だったんだよねぇ」
「そうだな。ジルダに聞いたのか?」
「うん。ジルちゃんが、すっごくおどろいてたから」
義父は、口が悪いだけの人だったのだがな。
「ジルダが言うには、俺の義父は冒険者やギルドの基礎をつくり上げた人であったらしい」
「アズヴェルド様だよねぇ。わたしもちいさい頃に、一回だけお会いしたことある」
「そうなのか?」
「うん。わたしのお父さんと、アズヴェルド様が知り合いだったから」
アダルジーザは有名な冒険者一家の生まれだ。義父と面識があってもおかしくない。
「そうだったのか」
「アズヴェルド様はぁ、すごい冒険者だって、お父さんが言ってた。だから、急に冒険者を引退しちゃって、すごく残念にしてたんだよぅ」
「アダルの父がそこまで言うのなら、すごい冒険者であったのだな……」
「ふふ。グラートはぁ、お義父さんのこと、冒険者だって信じてないんだねぇ」
今日は空がくもっているせいか、空気が少し冷たい。
「そうだな。あの男は口が悪いし、酒癖も悪い。かと思えば妙に細かいところがあり、性格に少々難があった。あんな男にはなりたくないと、いつも思っていたんだがな」
「それでもぅ、いつもお墓参りしてるんでしょ」
あまり指摘されたくない事実を言い当てられてしまった。
「あんな男でも、身寄りのない俺を育ててくれたからな」
「素直じゃないんだからぁ」
義父の庵はヴァレンツァの近くにある。
ヴァレンツァの南にひろがるトレンダの丘。
宮廷に仕える騎士たちの別宅があるこの丘の奥深くの森に、義父の庵は残っている。
丘は近隣の村が眺望できる場所だが、森に一歩足をふみ入れれば、凶悪な魔物や猛獣に襲われる危険な魔境となる。
「グラートは、ここで暮らしてたんだぁ」
洞窟のように暗い森に入って、アダルジーザが不安げに言った。
「ここは魔物が棲む森だ。一応、あたりを警戒しておいてくれ」
「うん。わかったぁ」
道からはずれなければ、魔物に襲われることはないはずだ。
ほとんど手入れされていない森は、木がいたるところに生えている。
背の高い木が大きな枝葉をのばして、頭上を天井のように覆っている。
樹木に陽が遮られたこの場所は、昼間でもうす暗い。
「ほんとに、魔物が出そうだねぇ」
「ああ。こんな場所だから、近くに住む者でもこの森の奥には入らない。ゆえに、口減らしのために子どもを捨てていく者が後を絶たないのだ」
「口減らし……」
「民のまずしい暮らしを見ていれば、増えすぎた子どもを捨てるのも致し方ないと思うが、それでも捨てられた方はたまったものではないな」
手綱を打って、森の奥へと駒をすすめた。