第118話 バティムの主ユビデを撃破せよ!
「人間風情がっ、バカにするな!」
バティムの主であるユビデが、俺に突撃してくる。
身をまるめて、かたい甲羅による攻撃をまともに受けるのは危険だ。
「き、騎士様!」
ユビデの攻撃を読んで、冷静にかわす。
彼は背後の岩に激突し、岩を枯れ木のように粉砕した。
「あわわ……」
山賊たちは顔面蒼白になっている。
言葉をなくし、戦意を完全に失ってしまったようだ。
「俺のしもべどもを殺しただけあって、大した身のこなしだ」
ユビデが手足をついて、俺に向きなおる。
「お前の甲羅は、鋼以上か」
「ふん。人間どもが使う、もろい金属といっしょにされては困る」
ユビデがまた身体をまるめて突進してきた。
反撃を試みようとヴァールアクスをかまえるが……早い!
「ぐっ」
「騎士様ぁ!」
反撃に失敗して右肩を殴打してしまった。
馬の突進をしのぐ強さだ。
とっさに肩を引いていなかったら、そのまま脱臼していたかもしれないっ。
「お前、なかなかやると言ってやりたいところだが、俺に反撃しようだなど十年早いわ」
ユビデは俺に勝てると信じて疑わないようだ。
また身をまるめて、俺に突撃してきた。
「それはどうかな」
やつの突撃は速い。だが、充分に対応できる速さだっ。
やつが近づくタイミングを読んで、
「調子に乗るな!」
ヴァールアクスを地面にたたきつけた。
強大な力が地面を割り、向こうの洞窟まで衝撃を行きわたらせる。
ユビデをとらえたと思ったが、彼は俺の攻撃を瞬時に察知して横に逃げたようだ。
「ぐっ。人間めっ」
ユビデが半壊したアジトの入り口を見て、顔をゆがめた。
「もっと行くぞ!」
ヴァールアクスを引っ下げて、ユビデに接近する。
彼は巨大に似合わない軽やかな動きで俺の攻撃をかわすが、すべてをよけることはできないようだ。
ヴァールアクスはユビデの腕や腹を斬りつけ、確実にダメージを与えていく。
「なめるな!」
ユビデが急にかがみ、身体を縦に旋回させた。
なんだ――くっ、しっぽのなぎ払いかっ!
太い鞭……いや、槍のようなするどい攻撃に足を払われてしまった。
「しねぇ!」
ユビデが一歩下がり、まるまった身体を高速で旋回させた。
地面から身をはずませ、巨大な岩のように降りかかってくる……!
「くっ、させるか!」
身体をよじり、地面を転がるようにして横へ避ける。
俺のとなりでユビデが地面を粉砕する。
突風のような衝撃が発生し、俺は横へ吹き飛ばされた。
「ち、よけたか。でかい図体によらず、逃げ足の早いやつだ」
さすがは、山賊どもの頭目だ。
もっと簡単にこらしめられると高を括っていたが……世界の広さを知らなかったのは、俺の方だったか。
「ユビデよ。お前の強さはわかった。ユビデと、バティムの者たちの実力を、俺は見誤っていたようだ」
「ここまで暴れて、今さら泣き寝入りか? そのようなたわ言が通じるほど、俺たちは甘くはないぞ」
「泣き寝入りなどする気は毛頭ない。俺の全力をもって、お前たちを殲滅してやろう」
反抗しない者は生かすなどと、甘いことを言っていられる相手ではない。
俺と、この斧に秘められた力のすべてを解放して、お前を倒す!
「な……何を、する気だっ」
俺の内に眠る力よ、俺の前にあらわれるのだ!
目をつむると、疲れ切っているはずの身体の奥底から熱い鼓動が感じられる。
「た、たわ言で、俺をたぶらかすなぁ!」
ユビデの叫び声が聞こえる。
目を開くと、高速で迫ってくる彼の岩のような身体があった。
――ここで、お前を断つ!
「はっ」
俺もヴァールアクスをかまえて、まっすぐに突進する。
ユビデがちかづく距離に合わせて、ヴァールアクスを――。
「これで終わりだ!」
ヴァールアクスが、天を裂いた。
「な……っ」
斧がふりおろされる直前で、ユビデが左へ逃げた。
轟音を発したヴァールアクスが、天とともに地を粉砕した。
「うわぁ!」
山頂にある一帯の広場が大きく揺れる。
バティムたちのアジトがくずれ、洞窟の天井が崩落した。
俺がヴァールアクスを押しあてた地面には大きな穴が開き、巨大な爆発が起きた痕のようになった。
「こいつは……バケモノかっ」
ユビデは、まだ生きていたか。
彼の自慢の甲羅は割れ、赤い血が流れ落ちている。
「こ、こいつを、早く殺せ!」
ユビデが太い指を出して部下たちに指示する。
山頂に集まっていたバティムの者たちは、弱兵のように寄り添っているだけだった。
しかしユビデの赫怒に怖れ、俺に向かってきた。
「向かってこなければ、命までは取らないでやったものを……愚か者め!」
剛腕で斧をふりまわす。
バティムたちのかたい甲羅は、潜在力を解放させた俺の力の前では枯れ木にひとしかった。
ヴァールアクスをふりあげるたびに、バティムたちの血煙が上がった。
「な、な……」
バティムたちは、もう俺の敵ではない。
ここに来てから、何体のバティムを葬ってきたのか。数えるのも面倒だった。
「お前の部下たちは、大方葬った。ユビデよ。年貢の納め時だ」
ユビデは、崩落したアジトのそばで縮こまっていた。
「お前は、人間なのか……」
血のりのついたヴァールアクスを引っさげて、ユビデの前に立つ。
「俺は、預言士だ」
ヴァールアクスを、しずかに空へ上げた。
「よ、預言士……」
傷だらけになっても反意を失わないユビデに、俺は刃をふりおろした。
* * *
村人たちと山を下りた頃には、陽が西の山へ隠れはじめていた。
村の者たちは、村の門のそばに集まっていた。
「か、帰ってきたぞぉ!」
村の背の低い男が俺たちに気づいて声を上げた。
「き、騎士さまっ」
「みんな、無事かぁ!」
俺につき従った者たちのもとへ、妻や子どもたちが駆け寄っていく。
夫や父の無事を知って、彼らは大きな声で泣いた。
「騎士様。無事に帰ってこられたということは、マルモダ賊を討ち滅ぼしたということですか」
村長が杖をついて、険しい顔を俺に向けていた。
「ああ。彼らの首魁であったユビデは、俺が倒した」
村人たちから、ちいさなどよめきが走る。
「ユビデと、彼につき従うバティムの者たちは、俺がすべて倒した。人間たちの命まで奪っていないが、彼らは改心を俺に約束した」
「ユビデというのは、なんですか。バ、バティムというのは、あのカメのような甲羅をまとった、巨大なオオカミのことですかっ」
「そうだ。やつら、バティム族はこの地で縄張りを主張し、俺たち人間を食い物にしていた。交渉が通じなかったゆえ、彼らと戦うことにした。
賊の棟梁だったユビデは去った。マルモダ賊が以前のように暴れることは、もうできないだろう」
村人たちから、やっと大きな歓声が上がった。
「俺たちは、やっと解放されたんだ!」
「騎士様、ありがとうございます!」
「今まで何度、領主に訴状を送ったことか……」
この者たちは、よほど山賊の脅威にさらされていたのだな。
「騎士様。このたびはわたしたちのために戦ってくださいまして、ありがとうございました」
村長も深々と頭を下げた。
「見ず知らずの旅の方なのに、わたしたちの長年の苦労をわずか一日で取り除いてくださった。あなたは、神の生まれ代わりかっ。こんなお方が、この国いたなんて!」
俺は騎士の責務に従い、くるしむ者たちをたすけただけだ。
「大げさな言い方はやめてくれ。俺は、斧をふるうしか能のない人間だ」
「そっ、そんな、ことは……」
「だが、そうだな。俺にそんなに感謝してくれているというのであれば、今夜はうまいエールをたくさんいただくことにしよう」
「はっ! それはもう、何杯までもっ」
双眸を飛び出しそうにしている村長を見て、村人たちが声を出して笑った。
「騎士様。よろしければ、あなた様のお名前を聞かせてくださいませんか。村に、記念碑を立てたく思います」
「俺はグラートだ。サルン領主……いや、ドラゴンスレイヤーのグラートだ」
山賊退治の番外編は、ここで終わりです。
次の話でヴァレンツァへ到着して、対ラヴァルーサ戦の本編を再開します。