第117話 悪の首魁、バティム族との死闘
「なんだ!? この人間はっ」
岩とフェンリルを混合させたような魔物が、身をかがめて俺に突進してくる。
「あ、あぶないっ」
坂道を転がる岩とおなじか!
すぐ右へ飛び、そのするどい突進をかわす。
魔物は崖のふもとに激突し、高い崖をゆるがした。
「やるな。お前のような人間もいるのか」
魔物が四本足でするどく肉薄してくる。
剛腕をふるって、俺を吹き飛ばそうとするが、ヴァールアクスでしっかりと受け止めた。
「お前たちは、この地に棲まう魔物かっ。お前たちが、この賊たちを率いているのか!?」
「ふ。その通りだ。弱い人間は食料にもなり、われらの手足にもなり得る。人間を賢くつかってこの地を支配しろと、主のお達しだ」
マルモダ賊の棟梁は人間だと思っていたが……厄介な者たちだったとは。
「われらバティム族とくらべれば、お前たち人間などアリ同然っ。その身もわれらが食らってくれよう!」
バティム族と名乗った者が、カメのように首をのばしてくる。
身をかがめてその噛みつきをかわし、肩を敵の腹へぶつけた。
「ぐうっ」
バティム族の者は、重い。岩とおなじ重さだ。
ずしりと背中から転がり、腹部を空にさらす。
跳躍してヴァールアクスをたたきつけ、彼の意外とやわらかい腹を分断した。
「死ねっ、人間!」
ヴァールアクスで吹き飛ばしたもう一頭のバティムが、転がるように坂の上から突進してきた。
大きな音を発しながら迫る彼の突進は脅威だが……こういった手合いは俺の得意分野だ。
突進の軌道を呼んで、冷静にかわす。
崖に激突して止まったところをヴァールアクスで斬り裂く。
甲羅は、かたい。だが、ガレオスの甲羅よりはやわらかいか。
ヴァールアクスを何度も打ちつけて、もう一頭のバティムを絶命させた。
「す、すげぇ……」
村人も、捕虜となっている山賊たちも、一様に顔を青くしていた。
彼らはお互いの立場をわすれ、俺の戦いを茫然とながめているようだった。
「賊のリーダーよ。名はなんと言ったか。お前たちのアジトは、この先にあるのだな」
ヴァールアクスについた血を落として、リーダーの男に言った。
「あ、ああ」
「お前たちも、このバティム族という者たちに支配されていたのだな」
「そ、そうだ。俺たちじゃ、こいつらにかなわねぇからな」
マルモダ賊のアジトは近い。さっさと終わらせてしまおう。
「あんた……本当に人間なのかよ。なんなんだよ、その強さは」
賊のリーダーは、もう逃げないだろう。後ろ手に縛らせていた縄を解いてやった。
「俺は人間だ……と言いたいところであるが、少しばかり訳ありでな。俺は魔物と同等の力をもっているのだ」
「な、なんだよそれっ。それじゃあ、俺たちが勝てるわけねぇじゃねぇか!」
「そういうことだ。無論、お前たちが反省し、弱い者に危害をくわえないというのであれば、お前たちの生活を脅かしたりしない。この機会に山賊などから足を洗い、まっとうに生活するのだ」
険しい山道の終点が見えてきた。
一面の広場の向こうに、大きな口を開けた洞窟が見える。
木が不自然に生えていないこの場所には、生活している痕がある。
「お、俺は、どうなっても知らねぇからな!」
洞窟から出てきたのは、かたい甲羅をまとったバティムの者たち――。
「なんだ、あいつは」
「なんで人間が、こんなところにいる?」
バティムの者たちは、十名ほどか。すべてを相手していたら、きりがない。
「俺はサルン領主グラートだ。遠い西の地からやってきた。お前たちが人間たちの村を荒らし、村人たちを困らせていると知り、これを成敗するためにここまで来たのだ。
ユビデという、お前たちの主に話がある。ユビデというのは、お前たちのことか?」
バティムの者たちがつぶらな目をまるくする。
互いに目を見合わせて、笑い声を出しはじめた。
「いきなり押しかけてきて、何を言うかと思えば……」
「人間風情が、何を言うっ」
この者たちは、自分が人間たちより強いと思い込んでいるようだ。
間違った思い込みは身を滅ぼす。現実を正しく見られない者に未来はない。
「門番のやつらは、なにやってるんだっ。人間に侵入されてるじゃねぇか!」
「あんまりに平和だから、寝てるんじゃねぇのかぁ?」
この者たちの嘲笑は、聞くに堪えない。
「門番というのは、そこの坂道で見張っていた者たちのことか? その者たちならば、つい先ほど倒したぞ」
バティムたちの笑い声が止まる。
「なかなか腕の立つ者たちであったが、俺の敵ではなかった」
先頭の者が、ずいと前に出た。
「人間。さっき、なんて言いやがった」
「聞こえなかったのか? お前たちの門番は、俺が倒したと言ったのだ」
「ふざけるな! 俺たちがっ、人間風情にやられるわけねぇだろうが!」
バティムが、左足を強くふみしめた。
恐怖する村人たちを下げて、ヴァールアクスをかまえた。
「バティムたちよ、お前たちはたしかに人間より体格にすぐれているが、お前たちは世界の広さを知らない」
「なんだと!」
「俺は、お前たちのような魔物を何人も葬ってきた。お前たちより強いドラゴンたちも、この斧で葬ってきたのだ」
「かかれぇ!」
バティムたちが目を血ばらせながら殺到してきた。
先ほどは慎重に対処したが……よけるのは面倒だ!
「ふんっ!」
先頭でまるい岩のように身体を転がす者に、斧を打ちつける。
フルスイングで打ち込まれた刃は空気中の力を取り込んで、数倍の力を宿らせる。
「ぐわぁ!」
分厚い刃がバティムの甲羅を切り裂いた。
「なんだと!?」
「よそ見をするな!」
命を過剰に搾取したくはないが……この者たちを倒す!
近くでふるえ上がる者に接近し、ヴァールアクスを叩きつける。
脳天からまっすぐに斬られた者は、物言わぬ屍に変貌した。
「な、なにしてるっ。さっさと殺せ!」
「相手はたかが人間だぞっ」
一方的に打ちのめされながらも、まだ自分たちの優位を疑わないとは、愚かなっ。
「人間、人間とバカにするから足もとを掬われるのだ!」
バティムの幹のような腕を受け止めて、反撃で相手の胴を引き裂く。
六体目のバティムを葬って、やっと彼らはわれに返った。
「き、騎士様……」
「あいつは、バケモンだ……」
村人と山賊たちは、敵同士であることを忘れて、身を寄せあっていた。
満身創痍であっても、身体の奥底に眠っている力を引き出すことができる。
預言士の力というのは、これほどまでに強大なのか。
「さっきから、何をがやがやと騒いでおる」
洞窟から、別のバティムがあらわれた。
他のバティムとは明らかに異なる、紫色の身体。
ひとまわり以上も大きい身体は、俺の背丈をゆうに超す。
ドラゴンに匹敵する体躯は、敵ながら見事だ。
「お前が、バティムの主か」
「そうだ。お前は何者だ」
バティムの主は、まわりで転がっている部下たちを見ても、表情ひとつ変えない。
「俺は、ヴァレダ・アレシアの西から来た、グラートという者だ。お前たちマルモダの者たちが人間の村に危害をくわえているというから、お前たちを成敗しに参ったのだ」
この者は、俺を見ても動揺しない。大した器だ。
「お前たち人間が勝手に敷いた国など、知らん。ここは、俺たちの縄張りだ。お前たち人間の支配など受けん」
「俺も、お前たち魔族を無駄に刺激する気はない。だが、人間たちに危害をくわえるのであれば、それを許すわけにはいかない。
お前たちと交渉することは、おそらく不可能だろう。ならば、力ずくでお前たちを打ち負かすのみ」
バティムの主のユビデが、大きな身体をわずかにふるわせた。