第116話 マルモダ賊のアジトへ、強固な魔物と対決
村の門は、すでに騒然としていた。
ふたりの門番が木の槍をかまえているが、遠目からでもわかる。腰が引けている。
「おうおう。ヒマだから、今日も来てやったぜ」
門の向こうから賊の声が聞こえてくるが……つい先日に聞いた気がするな。
「これ以上ちかづいたら、突き殺すぞ!」
「ぁあ、なんつったぁ? よく聞こえねぇよ」
門の外でへらへらと態度をゆるめているのは、八名くらいか。
どの者も粗悪な刀や木の槌を持っている。
先頭で傲岸と腕組みをしている男は、前に懲らしめた者だ。
俺に付き従っている村人たちも、恐怖でふるえ上がっているか。
「お前たちは、あの者たちの後ろへまわりこむのだ。やつらが逃げ出したら、ひとりでも多く捕まえてくれっ」
「わ、わかった!」
下準備はこのくらいで問題ないだろう。
「さあて。今日は、何をいただこう、かな……」
山賊たちの前に姿をあらわす。
太った賊のリーダーの顔が、一変した。
「お、お、お……お前はっ!」
「また会ったな。いつぞやの山賊たちよ」
門番のふたりを下がらせて、前に出る。
賊の子分たちも、俺から危険を感じとったのだろう。
すぐに得物をちらつかせたが、腰が引けているぞ。
「ここの者たちから聞いたぞ。お前たちには、マルモダ賊という、仰々しい名前があるそうだな」
「て、てめぇが、どうして……」
「俺は一晩の宿をいただくために、ここへ訪れたのだ。そして、一宿一飯の礼がしたいとここの者たちに言ったら、お前たちの名が出てな。村の者たちを困らせているお前たちを、また成敗することになったのだ」
賊の地面を擦る音が聞こえた。
「て、てめぇ。また、やろうっつうのか!?」
「そうだ。さぁ、かかってこい。また痛めつけられたくないというのであれば、お前たちのアジトまで、俺を案内してもらおう」
賊のリーダーの顔は真っ青だったが……怒りか、それとも恐怖か、ふるふるとふるえていた。
「ふ……ざけやがって!」
賊のリーダーが殴りつけるように、俺に斬りかかってきた。
斬撃をかわして、反撃で相手をけりつける。
「ぐわっ!」
「おかしらぁ!」
素人の攻撃など、かわすのは簡単だ。
他の者たちも俺に殴りかかってきたが、すべて一撃でしりぞけることができた。
「す、すげぇ」
後ろで息をのむ村人たちの声が聞こえた。
半数の賊は予想していた通り、しっぽをまいて逃げ出した。
しかし、後ろにまわりこませていた村人たちに、すべて捕らえられた。
「このやろぉ! お前らの、せいでっ」
「俺たちが、ぶっ殺してやる!」
縄で後ろ手に縛り上げた者たちを、村人たちがここぞとばかりにけりつけるが……。
「やめるのだ。憎い者たちとはいえ、捕虜を痛めつけてはならん!」
大喝すると、村人たちはいっせいにたじろいだ。
「な、なぜですかっ。俺たちは、何度も、こいつらに痛めつけられたんですよ!」
「それは承知している。お前たちは悪くないのに、この者たちから一方的に略奪されて、くるしい思いをしてきただろう。
しかし、捕らえられた弱者を痛めつけることは、この者たちが村でしでかした悪事と、なんら変わりない。お前たちが正義を貫くというのであれば、そんな卑怯なことをしてはならん」
村人たちは、かたくにぎったこぶしをふるわせていた。
遠くでこちらをながめていた村長も、けわしい顔を俺に向けていた。
俺はしゃがみ込んで、賊のリーダーと対峙する。
彼はすぐに目を逸らした。
「お前たちのアジトに、案内してもらおう」
彼はこたえない。
「お前たちには、もっとたくさんの仲間がいるだろう。その者たち全員を成敗しなければならん。正直に白状するのだ」
男はまるく太った顔を動かさず、俺の視線にじっと耐えている。
ならず者にも流儀や忠節があるということか。
「言うことを聞かぬというのであれば、村の者たちの暴行を許可することになるが、それでもよいか?」
賊のリーダーが、くちびるをふるわせた。
「わかった。お前の言う通りにしよう」
非道な判断を下さずにすんだか。
賊のリーダーの手を縛っている縄をもって、村の門を出る。
この近辺の山は、カゼンツァやアゴスティと違って木が青々と育っている。
「お前たちは、かなり大きな集団なのだろう。何名くらいがお前たちの賊に所属しているか?」
賊のリーダーは、なかなか言うことを聞こうとしない。
「正直にこたえなければ、お前に大きな罪を課すことになる」
「……くわしくは、知らねぇ。ご、五百人くれぇだろ」
そんなにいるのか!?
「かなりの規模だな」
「あんた、かなり強ぇんだろうけど、うちに手を出したら終わりだぜ。俺たちは、刃向かうやつらは絶対に許さねぇ。わりぃことは言わねぇから、ここいらで俺らを解放するんだな」
俺に従う村人たちから、怒涛のように文句が飛ぶ。
しかし、マルモダ賊の彼らは一様に口を閉ざしている。
この言葉は脅しのように見えるが、俺はそう感じられなかった。
「ならず者の暴行から民をまもるのは、騎士の務め。お前たちが何人いようと、俺は屈したりしない」
「ちくしょう。なんで、こんな野郎に出くわしちまったんだよ。ついてねぇ」
「お前たちは長いこと、この近隣の村で悪事をはたらいたのだ。その報いを受ける日が、いつか来るということだ」
マルモダ山の勾配はそれほどきつくないが、道なき道をひたすらのぼっていく工程は、決して楽ではない。
フェンリルやクマのような魔物もたびたび出現し、俺たち行く手を阻む。
魔物の討伐も、すべて俺ひとりで担当することになった。
「うわぁ!」
右の後方から村人の悲鳴が聞こえた。
「どうした!?」
「い、いや。足を、ふみはずしただけです」
山に入って、半日ほど。眼下に村や森が見わたせるほどの標高に達していた。
不安定な山道をふみはずせば、谷底まで一気に落ちてしまう。
「お前たちのアジトは、まだ着かないのか?」
「もう、すぐだ……」
山賊のリーダーの顔はけわしい。
この男がうそをついていたら、明日にまた探索しなおしになるか……。
「待て!」
洞窟の底から発しているような声が、どこからともなく聞こえた。
「お前たちは、何者だっ」
勾配のきつい、S字の山道の谷の上から、大きな岩が落ちてきた。
「な、なんだ!?」
「お前たち、気をつけろ! 賊の急襲かもしれんぞ」
「はっ」
村人の身長よりも高い岩が谷を転がり、俺たちの前で制止する。
岩がまるで自分の意思をもっているように、不自然な止まり方で俺たちの行く手を阻んでいた。
「ここから先に進めるのは、ユビデ様から許しを得ている者たちだけだ。お前たちは何者だ!」
ユビデ様、だと?
「岩が、しゃべっている!?」
「どうなってんだっ」
村人たちががやがやと声を上げるが、山賊は全員が青い顔で身体をふるわせている。
マルモダ賊の元締めは、魔物か。
「ユビデ様というのは、何者だ。その者が、お前たちの主なのか?」
ふたつの巨大な岩は、しばらく泰然としていて、
「われらの縄張りを荒らす侵入者めっ。その首、もらい受けるぞ!」
岩が、にぶい音を立てながら、左右にこきざみにふるえはじめた。
村人と捕虜の賊たちを退けて、ヴァールアクスをかまえる。
岩の前方が上下に開いて、側面にとりつけられている腕と足が左右に展開された。
二本の足で立つ彼らの上背は、かなり高い。
獣のような顔と、カメのような甲羅。
剛腕をふれば、かたい岩もなんなく砕いてしまうだろう。
「お前たちが、マルモダ賊の首魁だな!」
ヴァールアクスをかかげて突進する。
「は!」
左足をふみ込み、剛腕をならしてヴァールアクスを打ち込んだ。
「ぐわっ!」
魔物は岩のような殻を向けるが、ヴァールアクスの方がかたいぞ!
ヴァールアクスの重い一撃で、魔物を向こうの崖のふもとまで吹き飛ばした。
「こ、こんなに、強ぇのかよぉ……」
捕まっている賊のリーダーの小さな悲鳴が聞こえた。