第114話 マルモダ賊と名もなき農村
軍や戦争っぽい話が続いたので、モブ討伐系の話を何話かはさみます。
グラートがひとりで大暴れする展開をお楽しみください。
朝陽が差す無限の荒野を、栗毛の駿馬にまたがって走り抜ける。
緑がほとんど見えない道路だが、風を切って疾走するのは気持ちがいい。
「馬に乗って、果てしない道を駆けるのは最高だな! 冒険者にもどったみたいだ」
冒険者になった頃は、あてもなくひとりでヴァレダ・アレシアの各地をわたり歩いていた。
報酬や冒険の効率などはあまり求めずに、ただ自分の行きたいところへ、気が向いたところへ行って、魔物をひたすら倒すような生活をしていた。
「冒険者になってからというもの、政治や人々の暮らしばかりを考えるようになってしまった。影響や効率など考えずに、気の向くままに冒険をしたいものだ」
そんなわがままが許されないことは、わかっている。
しかし、ひとりで山野を駆ける楽しさを思い出してしまうと、我慢できなくなってしまいそうだった。
心躍りながら馬を走らせるが、ヴァレダ・アレシアはひろい。
急いでヴァレンツァに向かっても、五日はゆうにかかるだろう。
「馬をつぶしてしまったら、元も子もない。カゼンツァやアゴスティが気になるが、落ちついてヴァレンツァへ向かうのだ」
茶色しか見えない荒野に、緑がちらほら見えるようになった。
近くに流れている小川をさがして、馬に水を飲ませる。
このあたりに生えている木は、葉がちいさい。
サルンやヴァレンツァの周辺に生えているものとは違うようだ。
「森に生えている植物なんて、今までよく見ていなかったが、土地によって生えているものが違うのだな」
木の幹にそっと触れてみる。
幹はかたいが、乾燥させた肉のような手触りだ。
サルンやプルチアに生えていた木とは、手触りも違――。
右ななめ後ろから殺気!?
ふりかえり、高速で飛来してくる何かを右手で受け止める。
「なにっ」
どこかで男の声がした。
俺の手におさまっているのは、伐採用の手斧か。
「何者だ。オドアケルの者たちは、こんなところにまで追ってくるのか」
カゼンツァに着いてから、オドアケルの追っ手は姿を消していた。
ラブリアを出た俺の追跡は諦めたものだとばかり、思っていたが……。
音を立てながら森の茂みからあらわれたのは、ぼろ布を全身にまとった者たち。
浅黒い顔の彼らは錆びた曲刀をもち、木の長弓をかまえている。
「ち。よく受け止めやがったな」
「この近隣をさわがす山賊どもか。俺の身ぐるみを剥ぎに来たか」
「へへ、そういうことだ。でけぇ兄ちゃんよぉ」
先頭の無精ひげを生やした男が、へらへらと舌を出した。
数は、八、九……十名くらいといったところか。
「たったこれだけの人数で、俺を脅せると思われたとは、俺もずいぶんと見くびられたものだ」
「ぁあ!? んだとぉ?」
「いちいち声を立てるんじゃねぇ!」
後ろからあらわれたリーダー格の男が、部下の男たちを叱りつけた。
リーダー格の男は、なかなか上背があるようだ。
俺より背が低いが、その分、恰幅がいい。
「へへ、いいもん着てるじゃねぇかよ。お前が着てるその服と、肩にかけてるそのでけぇ斧を交換してもらおうか」
「交換? お前がもっているその刀とか?」
「ああ。交換っつうか、お前さんが一方的に、俺たちにゆずりわたしてくれたら助かるぜ」
山賊の下っぱどもが笑い声をあげた。
冒険者だった頃はこの手の連中と何度も戦ったな。
「お前の武器とこの斧を交換してもよいが、そうすると、お前たちに大任を押しつけることになるぞ」
「あ? たいにん?」
「そうだ。この斧と俺の肩には、ヴァレダ・アレシアの行く末がかかっている。この斧をお前たちにわたすということは、ヴァレダ・アレシアの行く末をお前たちに委ねるということだ」
山賊のリーダーは、唖然と言葉をうしなっていた。
しばらく経って、「へへ」と渇いた声を発した。
「最近の冒険者は、ずいぶんと頭がよくなったんだなぁ。そうやって、わけわかんねぇことばっか言ってれば、俺たちみたいな賊を撒けるって、国のお役人さんが言ってたのかい?」
「いや。というより、俺は国のお役人そのものなのだが」
山賊たちの顔色が一瞬で変わった。
山賊の子分たちが、リーダーの指示を待たずに俺を包囲する。
「ほう。リーダーの指示を待たずに動けるとは。賊とは思えない、いい動きだ」
「てめぇ。なにもんだ」
「俺の名か? 言ってもいいが、聞いたら後悔するぞ」
山賊のリーダーの顔が憎悪でゆがんだ。
「こいつをぶっ殺せ!」
左の後ろから飛びかかってきた者を蹴り飛ばす。
「ぐわっ」
「や、やろぉ!」
弓を持っている者を優先的に倒す!
刀を持つ者たちの囲いから抜け出し、その背後で弓をかまえた三名を蹴り飛ばした。
「く、くそ!」
「なんなんだよこいつ!」
山賊なんて、この程度か。
やはり、オドアケルは戦闘力や強さが突出しているのだ。
「どうした。お前たちはこれまで、冒険者から身ぐるみを何度も剥いできたのだろう。お前たちの実力は、その程度か!」
傲岸と胸を張り、ぱきぱきと拳を鳴らす。
へらへらと笑っていた山賊たちの血の気が引いていた。
「ふざけんな! 国の役人なんぞに、俺様が負けるかっ」
山賊のリーダーが、太った右足を前に出す。
しかし、その足はふるえていた。
「そんなに肩がこわばっていたら、お前の実力は発揮できないぞ」
「う、う……うるせぇ!」
山賊のリーダーが飛びかかってきた。
長い曲刀をふりかぶり、俺に斬りつけてくる。
「あったかいとこでぬくぬく育った役人ふぜぇがっ、えらそうに説教するな!」
この男の剣さばきは、まるで素人だ。下位の冒険者とおなじくらいの実力しかないだろう。
「お前はどうやら、役人が嫌いなようだな」
「あたりめぇだ!」
勝敗はもう決している。過剰に痛めつける必要はない。
男の手首をつかんで、後ろにまわり込んだ。
「ぐわっ、いてて!」
「観念しろ。お前たちの実力では、俺を倒すことはできん」
山賊のリーダーが得物を落とした。
子分たちに身柄をわたすように、彼を解放してやった。
「国の役人の中には、俺のように戦う役人もいるのだ。それを心にきざんでおくことだ」
「く、くそっ!」
山賊たちはクモの子を散らすように消えていった。
「いい運動になった。そろそろ、出発しよう」
小川のそばで休んでいる馬の手綱をほどいた。
* * *
陽が沈んだ頃に、森のそばにひろがる農村を見つけた。
野宿をしてもいいが、できれば農村で身体を少しでも休めたい。
農村は、木の棒を組み合わせただけの柵だが、しっかりと防備されているようだ。
門にはかがり火が立てられ、村の男たちが警備しているようだ。
「止まれっ。何者だ!」
警備している者たちが、木の直槍を突き立てる。
俺は馬を降りて礼をした。
「急におしかけてすまない。俺はサルンを治めるグラートという者だ」
「サルンを……? よ、用件を言え!」
この者たちはサルンを知らないか。無理もない。
「俺は国の使いで、ヴァレンツァに向かっている。陽が落ちてしまったので、すまないが一晩の宿を借りたい」
ドラスレの名は出さない方がいいか。
警備の男たちは槍を向けているが、見るからに動揺している。
「国の使いだと!?」
「お、おい。どうすんだよ」
「し、知るかっ」
この村は山賊の被害にくるしめられているのだろう。
「部外者を入れられないというのであれば、この門の外でもかまわない。泊まらせてくれないか?」
「わ、わかった。ちょっと、待ってくれ!」
門のむこうで、村人たちのさわぎ声が聞こえてきた。
俺たちのやりとりを聞きつけて、村人たちが家から出てきたか。
「お、お前はっ、マルモダの者じゃないんだなっ」
「マルモダ? なんだ、それは」
「と、とりあえず、そこで待っててくれ。村長を呼び出す!」
一晩の宿を借りたいだけだったのだが、いらないさわぎを村に招き入れてしまったか。