第113話 ビビアナとの別れ、グラートはヴァレンツァを目指す
「さて。大まかな戦略は決まったとして、わたしたちはこれから、どうすればいい?」
ロンゴ殿が椅子に腰を落ちつかせて、俺に言った。
「そうですね。ヴァレンツァから再度、兵をつれてくるまで、しばらく時間がかかります。ロンゴ殿は今まで通り、パライアを支援していただきたい」
「パライアとミランドの防衛を優先するのだから、それでよいのだな。わかった」
「わたしはこれから都にもどり、陛下と騎士団長のベルトランド殿にラヴァルーサの現状を報告します。そうすれば、また兵をいただくことができるでしょう」
ロンゴ殿が浅くうなずく。
「うむ。中央を説得するのは、そなたをおいて他にいない。たのむぞ」
「おまかせください」
陛下とベルトランド殿の説得は、すぐに済むだろう。
「パライアの支援は今まで通り、わたしたちが行うとして、ミランドの方はどうする? あちらはここから遠い。アゴスティのスカルピオ殿に依頼するのか?」
スカルピオ殿の名前を聞いて、ビビアナの肩が少し動いた。
「それがいいでしょう。カゼンツァの兵力も無限ではありませんから」
「その通りだ。周辺都市を支援している間に、住民たちがまた反乱を起こすともかぎらないからな」
「そうです。カゼンツァとアゴスティは今や、ヴァレダ・アレシアの東の砦です。ここがまた敵の手に落ちたら、わたしたちの計画がすべて破綻してしまいます」
「やはり、そうであったか……くそっ」
ロンゴ殿がテーブルを強くたたいた。
「普段ならば、住民なんぞに翻弄されたりしないのだが。調子に乗りおって!」
「お気をおしずめください。彼らとて、明日のために必死に戦っているのです。彼らを甘く見てはいけません」
「そんなことはわかっておる! だが、われらは騎士なのだぞ。そなたは悔しくないのか!?」
ロンゴ殿の、平民を低く見る考えは変わっていないか。
「悔しくはありますが、これは民の気持ちを知るいい機会であると、わたしはとらえています」
「ほう。よくも、そのような……」
「落ちついてください。かっとなれば、すべての計画が破綻します。騎士はたしかに民の上に立つ存在ですが、逆に言えば、民が下にいるからこそ、わたしたち騎士は存続できるのです」
ロンゴ殿の目は怒っているが、俺に敵意を向けていなかった。
「わかっておる。そのような、ことは」
「民は、食べるものに飢えています。この反乱をしずめ、困窮する民たちに手を差しのべなければ、同じあやまちをわたしたちはくり返すことになるでしょう。もうしばらくの辛抱です」
ロンゴ殿が深く息をはいて、リンゴに手をのばした。
「そなたは、元々平民なのであったな」
「はい。ですので、民の気持ちはよく知っているつもりです」
「ふん。民なんて、言うことの聞かぬ、ただの身勝手な者たちだ。この際だから、反逆した者たち全員の首を刎ねればよいと思うのだがな」
そんなことをしてはいけない!
「領主というのは、面倒だ。面倒な民と土地の統治などせずに、金と食べ物を無限に得られる生活がしたいものだ」
この人は、やはり民の上に立つ人物ではない。
「して、アゴスティのスカルピオ殿には、わたしから密使を送ればよいのか?」
「そう、ですね――」
「あっ、あの!」
ビビアナが突然、俺のとなりで声をあげた。
「スカルピオ様には、わたしから伝えますっ」
きみが、アゴスティに行くのか。
ロンゴ殿がまた、急に身を乗り出して、
「そうかっ。そなたはスカルピオ殿に仕える騎士であったな! 適任ではないかっ」
子どものように声を張り上げて言った。
「は、はいっ。おまかせください!」
「うむ。スカルピオ殿によろしくたのむぞ」
ビビアナはもともと、ラヴァルーサの道案内としてスカルピオ殿が紹介してくれたのだ。
それなのに、遠いヴァレンツァまでお供をさせるわけにはいかないだろう。
しかし、なぜだろう。俺の心が、彼女とはなれることを拒絶していた。
ビビアナが姿勢をただして、俺を見やった。
「ドラスレさま。短いあいだでしたが、お世話になりました」
つぶらな瞳が、水分で少し潤んでいた。
「ああ。ありがとう」
彼女がアゴスティにもどれば、ふたたび俺の配下になることはないだろう。
さびしいが、彼女の夢や希望を俺の勝手な気持ちでこわしてはならないのだ。
「短いあいだでしたけど、ドラスレさまといっしょに、旅をして……たくさんのことを、学ばせて……もらいっ」
彼女の言葉が、嗚咽で濡れていった。
「いっぱい教わりすぎてっ、言葉にできませんっ!」
ビビアナが急に飛びついて……待つのだ!
「ドラスレさまぁ、やっぱり、さびしいですぅ!」
きみは未熟者であったが、妹のように可愛い存在であった。
ラヴァルーサでともに戦ったこと。そして、ジャガイモのうまいメシを食べたこと、わすれないぞ!
「ビビアナ。きみには騎士の素質がある。成果をすぐに求めず、自分のペースで精進をかさねていくのだ」
「はいっ」
「身分や立場におごらず、人を大切にするのだ。仲間を思いやり、民に優しく接すれば、まわりの者たちはきみをかならず助けてくれる」
「はい、はいっ」
ビビアナは子どものように、俺に抱きついていた。
「こたびのはたらきを、スカルピオ殿はかならず評価してくれる。つらくても、つねに前を向け。きみが良い騎士にそだつことを、俺はずっと期待しているぞ!」
心をかよわせた者との別れは、つらい。
しかし、自分の都合のために、友や仲間の希望を潰えさせてはいけない。
とうのむかしに枯れてしまった俺の涙腺も、つよく刺激されていた。
* * *
カゼンツァで三日ほど休養して、四日目の朝にロンゴ殿に暇を告げた。
ビビアナや兵たちとわかれ、単身で馬に乗り込む。
「ドラスレさま。どうか、お元気で」
早朝にもかかわらず、ビビアナは城のうらにある厩にまで来てくれた。
「ヴァレンツァで兵をととのえたら、すぐにまたここへもどってくるのだ。今生のわかれではないさ」
「そうです、けど……」
彼女の目がまたうるんでいるか。
「安心するのだ。俺はかならず、ここへもどってくる。ラヴァルーサの反乱はすぐに収まるっ」
「はいっ」
「きみも今日にアゴスティへ向かうのだろう。スカルピオ殿に、よろしくたのむぞ!」
ビビアナが右手で涙をぬぐって、
「はい、わかりました!」
いつもの元気な声でこたえてくれた。
そういえば、シルヴィオとジルダをアゴスティに残したままであったのだ。
「アゴスティには、俺がサルンからつれてきた臣下がいる」
「そ、そうなんですかっ」
「うむ。彼らはアゴスティの戦いで負傷したため、あそこで養生させていたのだが、けがはもう治っているだろう。俺の命だと言って、彼らとともにミランドを支援するのだ」
ふたりとも、今ごろアゴスティの医務室でヒマをもてあましているだろう。
あのふたりがいれば、アゴスティの方面は完璧に防衛してくれるだろう!
「ドラスレさまの、臣下の方たちでしたら、おつよそうですね」
「ああ。ふたりとも強いぞ!」
「あ、あの、そのおふたりは、なんという方なのですか」
シルヴィオとジルダを紹介しわすれていたか。
「シルヴィオとジルダだ。ふたりとも、きみと同じくらいの年齢で、シルヴィオは細身の男だ。ジルダは銀髪で小柄な女だ」
「シルヴィオさんと、ジルダさんですね。わかりました!」
「俺はカゼンツァへもどった後、折を見てアゴスティへ向かう。それまで、スカルピオ殿の指示に従うように、彼らへ伝えてくれ!」
「はいっ」
これで、思い残すことはない。
ビビアナのまるい顔をしばらくながめて、俺は手綱を打った。
ビビアナはここで一旦、物語から抜けます。
彼女はドラスレメンバーではめずらしく発展途上キャラなので、戦闘的な役割を与えたいところです。