表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/271

第112話 ドラゴンスレイヤー、カゼンツァへ帰還する

 ラヴァルーサからオドアケルの追っ手にねらわれながら、何日間、俺たちは逃避行を続けてきたのだろうか。


「ドラスレさま、見てくださいっ。あそこがカゼンツァですよ!」


 今日も熱線のような日差しが高い空から照りつけてくる。


 ぼろぼろになったタオルで額の汗をぬぐいながら、ビビアナが街道のむこうを指した。


 見おぼえのある城門が、長い街道の果てに立ちはだかっている。


 不ぞろいのレンガが頑強に積みかさなっている。


 ラヴァルーサの城門より少し低いが、表面の荒々しさが歴戦に耐えてきた城門のかたさを連想させた。


 城門の左右に建てられている塔のてっぺんで、ラブリアの青い旗が風になびいていた。


「ついに、帰ってこられたな」

「はい!」

「これで俺たちは、ヴァレンツァに帰ることができる。ロンゴ殿から馬を借りて、ヴァレンツァで態勢を立てなおすのだ」


 ラヴァルーサの城門は開かれているが、衛兵によって厳重に守護されていた。


 だが、俺が名乗ると彼らはすぐに道を開けてくれた。


「ドラスレ殿っ。このような場所に突然帰ってこられるとは何事か!?」


 兵たちに城へ案内されると、ロンゴ殿は子どものようにやってきた。


 今日も太った身体をつややかな貴族服で飾り立てている。


「おひさしぶりです、ロンゴ殿」

「あ、ああ。そなたがアゴスティに向かって以来になるのか」

「そうなりますか」


 前にカゼンツァを発って、何日が経過したのか。


 アゴスティに残しているシルヴィオとジルダが心配だ。


「見たところ、かなりけがをされているようだが、先に治療した方がよいのではないか?」


 ロンゴ殿が俺の全身を見て顔を青くする。


「お気遣いありがとうございます。しかし、ご心配にはおよびません。ロンゴ殿に挨拶をするのが先です」

「そうか? 全身血だらけになっているように見えるが……」


 ロンゴ殿が貴賓室の椅子を引く。


 後ろで待機している従者に、茶と菓子の用意を言いつけた。


「そなたがラヴァルーサの住民反乱を鎮めに行ったという報告まで受けていたが、まさか、こんなところに突然あらわれるなんて、思いもしなかったぞ」

「失礼しました。ラヴァルーサで思うほど成果が上げられなかったため、態勢を立てなおすためにこちらへ訪問した次第です」

「うむ。そなたたちの今の姿を見れば、いかに激しい戦いであったか、言葉にしなくてもわかる。戦時中であるため、ここでも大したもてなしはできないが、しばらく休んで英気を養えばよい」

「ありがとうございます。お気遣い、感謝いたします」


 ロンゴ殿は俺の傷ついた姿を見て、顔をしかめている。


 その表情は哀れみなのか。それとも、俺の軽挙を軽蔑してのものか。


 ロンゴ殿の視線が、となりのビビアナに向いた。


「そなたは、どこかで見たことがあるな」

「は、はいっ。わたしはっ、アゴスティのスカルピオ様にお仕えしてます、ビビアナともうします!」


 ビビアナ、緊張せずに普段どおりに話すのだ。


「ほう。どうりで……。ヴァレダ・アレシアの東に疎いドラスレ殿の道案内でも命じられたのか?」

「は、はいっ。そうであります!」

「そうか。スカルピオ殿はお達者か?」

「はい! お達者でございますっ」


 ビビアナはぴんと背筋をのばして、固まった肩をふるわせている。


 別の土地の領主と交渉させるのは、まだむずかしいか。


「見たところ、まだ騎士になり立てのようだな。そんな細い身体では、ドラスレ殿についていくのはつらかろう」

「はいっ……い、いえ。ドラスレさまは、わたしたちをつねに気遣ってくださいますから、つらくはありませんっ」

「ほう。弱々しい見た目に反して、肝がすわっているようだな。けっこう、けっこう!」


 ロンゴ殿が手をたたきながら笑った。


「あ、ありがとうございます!」


 ビビアナは未熟者だが、騎士の素質がある。


 俺やアダルジーザと違って、すぐに芽が出るタイプではないだろう。


 あせらず、じっくりと修練を積ませれば、民のしあわせをねがう良い騎士になるかもしれない。


「ドラスレ殿。話をもどすが、ラヴァルーサやアゴスティの戦局はどうなっているのだね? そなたがそのような姿で帰ってくるということは、そんなにきびしい状態なのかね」


 ロンゴ殿が丸テーブルにヒジをついて、身を乗り出す。


「きびしい状態です。ラヴァルーサはオドアケルのギルマスによって占拠された上、よその地方でも連鎖的に住民反乱が起きております」

「うむむ。北のミランドと東のパライアについては、急使から聞いておる。うちからもパライアに援軍をわずかばかり送ったが、戦況はかなり悪いようだ」


 カゼンツァでもすでに援軍を送ってくれていたのか。


 ロンゴ殿が、ビビアナをちらりと見やる。


「北のミランドは、ここから遠い。スカルピオ殿が対処してくれているであろうが、あちらも住民反乱をしずめたばかりで戦力をかなり消耗している。大した支援はできないだろう」

「はい……」


 ビビアナの精悍な顔つきにも陰りが見えた。


「ドラスレ殿。われわれは、どうすればいい。ラヴァルーサは敵に占拠され、ミランドやパライアの住民反乱も抑えるのがむずかしい。

 凶悪なドラゴンから都を救ったそなたなら、この難局をどうやって乗り切るというのだね!?」


 とてもむずかしい局面だ。


 住民反乱の勢いが強いだけでなく、首魁のヒルデブランドは切れ者だ。


 勢いに勝る彼らを早くしずめなければ、この住民反乱がヴァレダ・アレシアの全土をつつみ込んでしまう。


「彼らの首魁であるヒルデブランドという男は、ラヴァルーサを占拠しております。よって、ラヴァルーサをたたき、ヒルデブランドを捕らえるのが最優先だと、わたしは考えます」

「そなたの言い分はもっともだが、そんなことが実行できると思うのかね!? あのラヴァルーサを数日で陥落させたやつらなんだぞっ」


 ヴァレンツァにもどることに意識をとらわれて、その先を考えていなかった。


 ヴァレンツァで態勢をととのえるとして、ラヴァルーサのヒルデブランドにぶつかるのは危険かもしれない。


「ロンゴ殿の言う通りです。わたしの思い描く構想は、実現性のないものでした」

「そうだろう。むむ、では、どうすればいいのだ……」

「彼らは数が少ないとはいえ、意気が盛んです。士気の高い者たちを倒すのは、ドラゴンスレイヤーとて容易ではありません。ならば、敵の士気をくじくのが最優先事項にあたるのかもしれません」


 ロンゴ殿の鼻筋に、一筋の汗が流れ落ちた。


「敵の士気を、くじく?」

「はい。敵が城や都市を占拠すれば士気が上がるでしょう。逆に、奪取した城や都市をうしなえば、彼らの士気は下がっていきます」

「ようするに、ミランドやパライアの防衛を優先するということかね」

「はい。ラヴァルーサを速攻で落とすというわたしの考えは、実現性に乏しいものでした。それならば、周辺の拠点の防衛、または奪取を優先する正攻法がよろしいと存じます」


 俺の今の言葉が、ヴァレダ・アレシアの東の未来を大きく左右する。


 胸の中で動いている心臓の鼓動が、早くなっているような気がした。


「わかった。そなたの言う通りだ。その言葉に従おう」

「お聞きいただき、ありがとうございます」

「わたしもふくめ、皆、目先の戦いに意識をとられている。だが、そなたの言葉で大局を見つめる重要性にあらためて気づかされた。どうか、わたしたちを導いてくれ」


 ロンゴ殿が姿勢をただして、頭をしずかに下げた。


 ビビアナが目を見開いて、俺とロンゴ殿を何度も見くらべていた。


「頭を上げてください。わたしも今日の会話で、自分の無謀さを思い知りました。わたしに間違いがあれば、ためらわずに指摘していただきたい」

「ふ。陛下の寵児とささやかれるそなたに、真っ向から意見できる者がこの国にいるのかな。まあ、いい。今はこまかいことを言っていられる局面ではない。力を合わせて、この局面を乗り切っていこうではないか!」


 ロンゴ殿が立ち上がって、俺に手をさし出した。


 その手を、俺はかたくにぎりしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ