第110話 遺跡守護者と、オドアケルのサンドラと
脳天から股にかけて、縦にまっすぐ両断された遺跡守護者が地面に倒れた。
「さ、さすが、ドラスレさま」
ビビアナが飛びついて、俺の後ろにかくれる。
「俺はパワー型の戦士だ。この手の鈍重な者たちとの手合いは得意だ」
「そ、そうなんですねっ」
ヴァールアクスの柄を石床に突き立てる。
「遺跡守護者の胸にあるであろう預言石を、すべて砕いたはずだ。ミッションコンプリートだ」
「預言石を砕けば、この人たちは動かなくなるんですかぁ?」
「そのはずだ。この者たちは、おそらく預言石を核としている。この者たちは生命や意思をもたないただの人形だが、預言石の力で生物のように縦横無尽に動くことができるのだ」
プルチアの岩の魔物も、おなじだった。
預言石というのは、おそろしい物質だ。
「預言石って、こんなことまで、できてしまうんですね……」
「そうだな。預言石は、人や物に潜在している力を引き出す物質であるはずだが、岩や金属にも生命や意思が潜在しているのだろうか」
考えれば考えるほど、不思議な現象だ。
「ド、ドラスレ、さま……」
しかし、このような力があるからこそ、預言士たちはこの力をあやつって、高度な文明を――。
「ま、魔物が、まだ動いてます!」
ビビアナの叫び声で、はっとした。
「なんだと!?」
片足と片腕だけになっていた遺跡守護者が、地面の上でエビのように動いている。
そして、片足と片腕で地面を突き飛ばして、俺に体当たりをしてきただと!?
「ぐわっ!」
「ドラスレさま!」
遺跡守護者の重い身体を、直に受けてしまった。
馬の突撃に等しい衝撃だ。胸と腹の筋肉よ、耐えてくれ……っ。
ビビアナを後ろに突き飛ばして、ヴァールアクスで遺跡守護者をさらに切断する。
処刑刀のようにヴァールアクスを打ち下ろしたが、遺跡守護者たちはこれでも動きを止めない……!?
「どうなっている。彼らの核は完全に破壊したはずっ」
この者たちは、預言石ではない、別の何かを動力にしているのか?
胴を水平に切断した者たちも、近くに転がっている下半身をつなぎ合わせていた。
重たいランスをひょいと拾いあげて、俺にまた襲いかかってきた。
「お前たちは不死なのか!? どうなっているのだっ」
ふりおろされたランスをヴァールアクスで受け止める。
俺の足もとから、みしと嫌な音がした。
遺跡守護者をヴァールアクスで斬り払うが、彼らは何度もよみがえってくる。
アンデッドモンスターのレイスやゾンビのようではないか。
いや、動く人形のようなこの者たちは、レイスやゾンビよりもたちが悪いっ。
「ド、ドラスレさまっ」
逃げまどうビビアナのそばを、黒い線が通りすぎた。
なんだ、あれは。
遺跡の壁や建物の裏で、黒い影がもぞもぞと動いて――オドアケルか!
彼らは片膝をついて、ボウガンを俺たちに向けているっ。
「まずいぞ、ビビアナ。オドアケルの追っ手だ!」
「えっ、うそ!?」
こんな差し迫ったときに、オドアケルの者たちはあらわれるのかっ。
「行けっ、お前ら。今日こそドラスレをぶっ殺せぇ!」
あの耳障りな声は、サンドラだな。
黒装束に身をつつんだオドアケルの者たちが、一斉に躍り出てきた。
鋭利な短刀をひからせて、俺に斬りかかってくる。
「お前たちの相手をしているヒマはない!」
大喝して、ヴァールアクスを全力でふり払った。
ヴァールの魔力が遺跡の空気を集めて突風を生じさせる。
竜巻のような風圧で、オドアケルの者たちをまとめて吹き飛ばした。
「んもーっ、なにやってんのよ! 油断すんなって言っただろぉ!」
サンドラはあいかわらず、派手な胸当てやヒザ当てで防備しているか。
「こんなところにまで、お前たちが罠を張っていたとはな」
「ちっがうっつーの! お前らがなんか知らねぇけど、ここに入っていったから、後をつけただけだっつーの」
ようするに、追跡されていたということか。
サンドラも俺の前に姿をあらわした。
右手のダガーを俺に突き出して、
「お前のせいで、ヒルデさまにめっちゃ怒られたっつーの! どーしてくれんだよっ」
耳障りな口調で俺を責め立ててくる。
「それはお前の落ち度だ。俺を仕留められなかった、お前が悪い」
「ふっざけんな! お前があんまりにしぶてぇから、あのルーベンなんかと協力しなくちゃいけねぇ事態に――」
がしゃん、がしゃんと、サンドラにむかっていく音がある。
彼女の後ろから姿をあらわした遺跡守護者が、石の大剣をふりかぶって、彼女の頭に――。
「あぶないぞ!」
「ぎゃぁ!」
サンドラは攻撃される寸前に気がついて、遺跡守護者の攻撃をかわした。
巨大な剣が、サンドラのふんでいた地面をこなごなにした。
「な、なんだよこいつ。邪魔すんな――」
遺跡守護者は、罵声をあびせるサンドラをかまわず攻撃している。
この者たちは、オドアケルの者たちが使役している魔物ではな――右ななめ後ろから強烈な殺気!
「俺にも等しく襲いかかってくるか!」
先ほど戦っていた遺跡守護者たちが、強烈な正拳突きをくり出してきた。
遺跡守護者たちは、何度ヴァールアクスで切り伏せても、倒れない。
何度も、何度も復活して、俺たちを撃退しようとする。
撃退、か。
ようするに、俺たちをこの遺跡から追い出したいのか。
「無用な戦いをさけるため、ここはおとなしく撤退した方がよいか」
元はと言えば、部外者である俺たちがこの遺跡に侵入したのが悪いのだ。
俺たちが下がれば、この守護者たちは襲いかかってこないだろう。
「く、くそっ。死ねよ、お前ら!」
サンドラやオドアケルの者たちも、遺跡守護者たちの対応に追われているか。
彼女たちの持つ短刀では、遺跡守護者たちを倒すことはおろか、彼らの鋼鉄の身体に傷すらつけられないだろう。
遺跡守護者たちのおかげで、オドアケルの者たちの意識を逸らすことができた。
「ビビアナっ」
俺は彼女と戦っている遺跡守護者を蹴りとばした。
「あっ、ド、ドラスレさまっ」
「今すぐ、ここから逃げるぞ。オドアケルの者たちも、すぐに俺たちを追ってこれないはずだ」
「えっ、そ、そうなんですか」
ビビアナは状況を把握できていないか。
彼女と兵たちを集めて、遺跡の奥へと逃げ込む。
遺跡の正面の出口は、オドアケルの追っ手たちにふさがれている。別の出口を探さなければならない。
「あっ、ドラスレ、待――」
サンドラに気づかれたが、遺跡守護者の攻撃を受けて、彼女が吹き飛ばされた。
オドアケルの者たちは、追ってこれない。作戦は成功だ。
「ドラスレさま。これから、どうするんですかっ」
「ひとまず、別の出口からここを出る。さもなければ、俺たちはあの守護者たちの餌食だ!」
遺跡守護者は、この遺跡のいたるところに配備されているようだ。
石床の回廊を通るたびに、壁や建物のそばに安置されている彼らが目をさましてくる。
その数は、何体だ? ひとつの部隊や兵団が築けてしまうほどかもしれないっ。
「ド、ドラスレさま!」
「ふりかえるなっ。ふりかえったら、彼らの攻撃の餌食になる!」
ドラゴンスレイヤーとて、無限の命をもつ者と戦うことはできないっ。
ゆるやかな坂道をくだり、川にかかる橋をわたる。
やはり、さっき見た川はこの遺跡につながっていたのだな。
きっと、この川は遺跡の水源だったのだろう。
預言士たちはこの川でノドをうるおし、あの守護者たちにここを守らせながら生活していたのか。
「あの者たちは、滅んだ預言士たちの代わりに、今でもここを守護しているのだな」
主に忠実な者たちを、安易に仕留めてはいけないか。
川に沿って西へ走ると、大きな門が見えてきた。
「ドラスレさま、あそこ!」
「ああっ。出口だ!」
頑強な城壁が築かれた門は、鉄の扉が半開きになっている。
ちらりと後ろをふりかえるが、追っ手にオドアケルの者たちはまじっていない。
遺跡守護者たちは、六体か。
「お前たちは先に逃げろ。俺はここで彼らを足止めするっ」
「は、はいっ。おねがいします!」
ヴァールアクスをとって、足を止める。
遺跡守護者たちは槍や斧をもって、俺たちに殺到してきている。
「主に忠実なる者たちよ、さらば!」
跳躍して、ヴァールアクスを地面に押しつけた。
地割れをおこすほどの衝撃が、かたい石床を破壊する。
発生した衝撃が大蛇のように地面を這い、遺跡守護者たちをのみ込んだ。
言葉を発さない彼らは、衝撃の圧力で全身をこなごなに吹き飛ばした。