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第107話 強敵ルーベンを説得しろ

「あんた、うちの大将にも牙をむいたんだろ。聞いたぜ」


 ルーベンが吐き捨てるように言った。


「ルーべン。お前の大将というのは、ヒルデブランドのことだな」

「そうだよ! あんた、いくらなんでも無謀だぜ。あの人は、あの街を三日で陥落させちまったお人なんだぜ」


 あの街というのは、ラヴァルーサのことか。


「うちの大将、かんかんだぜ。何がなんでも、あんたを連れてこいって聞かねぇんだよ。おかげでこっちは西へ東へ行かされて、ヒーヒー言ってるぜ」


 この男はあいかわらず、自由な言葉で自分の気持ちを表現しているな。


「それは、すまなかったな。だが、俺もヴァレダ・アレシアに仕える身。国をまもるため、この双肩には相応の責任が課せられているのだ」

「けっ。何が責任だよ。優等生かよっつーの!」


 ルーベンが吐き捨てるように言った。


「前にも言ったと思うけどよぉ。こんな腐った国に忠義をつくして、なんになるんだよ。税をむしりとるやつらを助けるなんて、あんた、やっぱ頭おかしいぜ!」

「ルーべン。お前のその言葉はまちがっているぞ。たしかに、お前の言う通り、ヴァレダ・アレシアには民から税をむしりとる酷吏こくりたちがいる。だが、それは一部の者たちだけだ。

 ヴァレダ・アレシアには、民を思いやり、民とともに生活していくことを至高と考えている者たちもたくさん存在する! そんな者たちを見ずに、一方的に――」

「うるせぇ!」


 ルーベンが槌をふりあげてきた。


「ドラスレさまっ」


 ヴァールアクスを倒し、彼の槌を受け止め……ぐぅっ。鉄球のように、重い一撃だっ。


「あんたも、結局はそっち側の人間だったっつーことなんだよな。ドラゴンスレイヤーだかなんだか知らねぇが、民のため、苦しんでいる者たちのためとかなんとか言っといて、結局は宮廷の甘い汁を吸ってる。

 俺はな、お前みてぇな偽善者が、一番嫌ぇなんだよ!」


 ルーベンが一歩さがり、槌を全力でふりかぶって――これは、受け止められない!


「くっ」


 心の奥底からつげられる危殆に従い、俺は後ろに下がった。


「うおおりゃあぁぁぁ!」


 ルーベンの強烈な一撃がふり払われるっ。


 直撃をよけるのは簡単だったが……竜巻のような衝撃が生まれる!


「きゃぁ!」


 俺がはなつ真空波に勝る衝撃だ。


 予期せぬ突風に、俺はビビアナたちといっしょに吹き飛ばされてしまった。


「俺はよぉ。怒ってんだぜ。俺は、あんたに期待してたんだ」


 銀の月が浮かぶ夜空に、砂ぼこりが霧のように舞う。


 砂ぼこりの奥で、ルーベンの影がゆらゆらとうごめいていた。


「俺だけじゃねぇ。平民なのに、みんなのために凶悪なドラゴンに立ち向かっていったあんたに、みんな期待してたんだ。それなのに、なんだよこのざまは!

 民を思いやるとか、なんとかよぉ。あんたが平民やってたときに、この国の騎士や領主どもをそんな目で見てたのか? 見てなかっただろう、ええっ!」


 この男の思い込みは強い。相当に。


 できれば、この男を説得したいが……。


「言っとっけどよ。これは、俺ひとりだけの意見じゃねぇぜ。ここにいる連中はみんな、偽善者だったあんたに失望してんだ。裏切り者のあんたなんかを信じるやつは、ここにはいねぇんだよ」


 偽善者、か。


「ヒルデブランドにも、おなじことを言われたな」


 ヴァールアクスの石突いしづきをついて、立ち上がる。


「彼が言うには、俺はいつわりのキエティストなのだそうだ」

「はぁ? キ、キエ……?」

「キエティスム、ようするに欲をもたずに行動する考え方だ。俺は人間らしい欲をもっているが、預言士たちが支配する国をつくるという、壮大な野望をもつヒルデブランドからしたら、俺は無欲に映ったのだろう。

 だから、彼の下らない野望を否定した俺は、キエティストなのだそうだ」

「さっきから、わけわかんねぇことばっか言ってんじゃねえよ! そんな、わけわかんねぇ御託をならべられたって、俺はだまされねぇぞ!」


 思い込みの強い人間を説得するのは、むずかしい。


 ウバルドのように、ゆっくりと説得していくしかないだろう。


「まぁ、聞け。俺が騎士になったのは、たしかに利己的な部分があったかもしれない。騎士という、これ以上ない栄誉にありつけることはないのだから、多少ならず欲に目がくらんでしまったことはたしかだ」

「なんだぁ、なんだぁ? こむずかしいこと言いやがったと思ったら、次はすなおに白状か? そうやって、バカな民どもをだませって、王宮でおしえられたんだろうが!」

「ルーベン。お前はもう少し、他人の言葉を聞く耳をやしなうのだ。そうでなければ、お前の正義がただの暴力に成り下がってしまうぞ」

「るせぇ!」


 ルーベンが怒り、突進してくる。


 槌のするどい一撃をヴァールアクスで受け止める。


「裏切者のてめぇの意見なんざ、聞かねぇっつってるだろ!」

「そうやって耳をふさいでいるから、暴れることしかできなくなってしまうのだ」


 怒るルーベンの表情に、わずかな迷いが見てとれた。


「騎士になっても、俺は変わらん。民と寝食をともにし、民と土地をたがやしていく」

「なんだとっ」

「そんなに疑うのなら、俺の土地に来てみればいい。俺の土地の者は、お前たちを暖かくむかえいれてくれるぞ」


 ルーベンが逃げるように後退した。


「そ、そうやって、バカなやつらを説得してるんだろ。あ、あぶねぇ。だまされるところだった!」

「だから、そうやって耳をふさいでいるから、交渉ができなくなってしまうのだ。お前たちが自分の利権を主張したいと言うのであれば――」

「るっせぇよ! 偽善者……じゃなかった。キエなんとかのお前の言うことなんか、聞かねぇっつってるだろっ」


 この男は……。


 これ以上の説得は無意味かもしれないな。


「ああっ、もう! いい加減にしてください!」


 急に怒りの声をあげたのは、ビビアナかっ。


「なんなんですかっ、あなたは。さっきから見てれば、うだうだ文句しか言わないで。子どもですか!」

「な、なんだと!?」

「ドラスレさまは、えらいのに、身をにしてはたらいてくれてますっ。それなのに、なんにもわからないんですか!」


 彼女のまっすぐな言葉が、ルーベンの怒りをしずめた。


「ドラスレさまは、このラブリアやフォルキアと縁のない方なんですよ。それなのに……それなのに、こんなに身体をぼろぼろにして、戦ってらっしゃるのに……それでも偽善者なんですか!」


 ビビアナ……。


「わたしは、短いながらも、ドラスレさまをそばで見てきました。ドラスレさまは、自分のことしか考えてない人じゃないです!

 マジャウの人たちは、一目でドラスレさまを信じてくださったのに、あなたがたはどうしてドラスレさまを信じてくださらないんですかっ。おなじ人間でしょう!?」


 きみは、俺を信じてくれているのだな。


「マ、マジャウって、なんだよ。他の部族のことなんざ、俺は知らねぇよ」


 ルーベンも旗色が悪いと思いはじめたのか。及び腰になっている。


「そいつらは、きっとバカなやつらだったんだろ。そんなやつらを例にだ――」

「マジャウの人たちはバカな人たちじゃないです! あの人たちは、とても優しい方々ですっ」

「そんなの、知らねぇよ。だいたい、だれだよ、あんた。俺は、ドラスレと話をしてるんだよ」


 俺は興奮するビビアナを下がらせた。


「ルーベンよ、いい加減にするのだ。マジャウの者たちは、人間と対立しているにも関わらず、俺やビビアナを保護してくれた、とても優れた者たちだ。

 彼らを愚弄するというのであれば、お前と交渉することは何もない。ここで葬らせてもらおう」

「あっ、んだと! ほ、葬るだとぉ」

「そうだ。お前はまっすぐな心を持ち、素養があると思ったから説得を試みようと思っていた。しかし、負傷した俺たちを暖かく迎え入れてくれた、あのマジャウの者たちを愚弄するお前は、俺の敵だ。心ない者に容赦をする気持ちを、俺は持ち合わせていない」

「お、おお! なんだか知らねぇが、やっと本気になったっつーことかよっ。だったら、俺様も本気でお前らをぶっ殺してやるぜ!」


 ルーベンが猛り、後ろの者たちに声をあげた。


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