第106話 オドアケルの罠、強敵との再会
「しねっ、ドラスレ!」
オドアケルの者たちが剣をふりあげて、正面から斬りかかってきた。
洗練された斬撃だが、この程度の攻撃を対処するのは造作もないっ。
「あまい!」
ヴァールアクスをとって、左足を強くふみ込む。
脇腹の傷は、ひらかない。肩や腕の傷も、わずかに痛むだけだっ。
大きくふりかぶったヴァールアクスの腹が、オドアケルの腹部を直撃する。
「ぐっ、わ!」
一番目に斬りかかってきた者は、球のように後ろへ吹き飛ばされた。
「マッツァ!」
他の者たちがうろたえる。
剣を下げて、吹き飛ばされた者の身を案じているようだが、
「戦いの最中によそ見をするとは、未熟者め!」
俺はかまわずにヴァールアクスを打ちつけた。
鉄球のように重たい刃が、かたい地面を容易に叩き割る。
宙に舞い上がった砂がそよ風に乗って、オドアケルの者たちをつつみ込んだ。
「くっ、なんだ!?」
オドアケルは傭兵稼業も行う戦闘集団であるはずだが、戦闘レベルはギルメンによって異なるということか。
「この程度の目くらましでうろたえるな!」
ヴァールアクスでオドアケルの者たちを次々と吹き飛ばす。
刃で切り裂かないようにしているが、ヴァールアクスの腹はヴァレダ・アレシア最強の鈍器だ。
鈍重な腹で人間の腕や肩をたたけば、骨まで容易にくだいてしまうだろう。
「くそっ。どうなってるんだ!」
四名を吹き飛ばして、残るのは一名だけか。
ボウガンをもった者たちは、あの高い崖からすぐに降りられない。
それまでに、俺たちがここから立ち去ればいい。
「ドラスレはっ、死にぞこないなんじゃなかったのか。どうして、俺たちがやられるんだっ」
この者たちは、サンドラによって遣わされた者たちだな。
俺がマジャウの村で治療してもらったことを知らないようだ。
「俺たちが指をくわえて、お前たちを待っていると思ったのか。お前たちがラヴァルーサで準備しているあいだに、俺たちも戦いにそなえていたのだ!」
「くっ!」
「お前たちは、サンドラに指示されたのだな。……いや、この巧妙なやり方は、きっとヒルデブランドの指示だろう。あの者らしい、陰湿なやり方だ」
サンドラは、ただの下手人だ。巧妙な罠を張る知能はない。
この者たちが待ちかまえていたところから察するに、ビビアナは偽の情報をつかまされたのだな。
「お前はっ、逃げられないからな! 俺たちからっ」
「そうか」
「お前の居場所は、他の連中にすでに伝わっているっ。俺の仲間が、お前を必ず殺す! おぼえていろっ」
オドアケルの者は剣をしまうことすら忘れて、後ろの道を走り去っていった。
「ドラスレさまっ」
ビビアナが断崖のそばから駆けてきた。
断崖の上でボウガンをかまえていた者たちも、視認できなくなっていた。
「無事だったようだな」
「はいっ。何か、あったんで……きゃっ!」
オドアケルに襲撃されたことに気づいていなかったのか。
「こ、この人たちは……」
「そうだ。オドアケルの追っ手だ」
「ど、どうして、この人たちが、こんなところにいるんですか」
「きみは、おそらくだまされたのだ。最初から、俺たちをこの行き止まりに誘導する手筈だったのだろう」
ビビアナは目をまるくするだけだ。
ノドがかわいたように、言葉も発さなくなってしまった。
「きみはあの村で、どのような者に道をたずねたのだ?」
「どのような……? 家の外にいた、わりと若い方たちだったんですが」
「その者たちが、きっとオドアケルの者たちだったのだろう。あの村に、きっと先まわりしていたのだ」
こんな戦場に長居してはいけない。
来た道をいそいで駆け降りていく。
「でもそんなっ、都合よくあたしたちを見つけられるんですか」
「わからない。だが、俺たちの進路を予測して、追っ手を潜伏させておくことはできるだろう」
ラヴァルーサやカゼンツァの周辺の村に人を配置すれば、俺たちを捕捉することはできるだろう。
「まずいな。予想よりもオドアケルの追っ手が多いかもしれない」
「そ、そうなんですか!?」
「考えてみるのだ。敵は俺たちを捕捉するために、ラヴァルーサやカゼンツァの周辺の村を警戒している。その数はきっと、ひとつやふたつではないだろう。
そうなれば、何名の者たちが俺たちの追跡に動員されるのか。サンドラと数名の者たちだけでないことは、容易に想像できるだろう」
ビビアナのまるい顔が青くなった。
「あたしたち、無事に帰れるのでしょうか……」
「帰る! 心配するな。この手の追跡は何度も受けているっ」
「そ、そうなんですかっ。あたしは初めてですよぅ」
ビビアナは素直だな。彼女のよいところだ。
メリルの村をこえた後にあらわれた分かれ道を右に進む。
平地が広がる街道を、警戒しながら進んでいく。
オドアケルの者たちが、どこからあらわれるか。
前も後ろも、右も左も見わたせる場所では、かくれる場所がひとつもない。
「もっと、他にいい道はないんですかっ。こんなところを歩いてたら、すぐ見つかっちゃいますよぅ」
ビビアナは泣きそうな顔で、俺の腕にしがみついている。
「泣くな。よく見わたせる場所は、逆を考えれば敵も身をひそめられない場所なのだ」
「そうなんですかぁ」
「そうだろう。こんな、木もほとんど生えていない場所に、どうやって身をひそめる? かくれることなんて不可能だろう」
ビビアナが手をはなして、かなたに広がる荒れ地を見やった。
「穴に、かくれたりして……」
穴に?
「穴を掘って、かくれたりしてないですかね。モグラみたいに」
モグラのように身をひそめるのか。その発想はなかったな。
「それは、あるかもしれないな」
「ほらぁ! やっぱりかくれてるんじゃないですかぁっ」
ビビアナがまた俺の腕にしがみつ――動きにくいから、はなれるのだっ。
「ドラスレさまっ。たすけてください!」
「い、いいから……はなれなさいっ」
つねに警戒しながら街道を歩いたが、結局、夜になってもオドアケルの追っ手はあらわれなかった。
安全な旅ができてほっとする反面、妙な物足りなさを感じてしまうのは気のせいか。
平地の広がる場所がおわって、高い崖にはさまれる道へと切り替っていた。
「陽が落ちた。今日はここで野宿しよう」
「は、はいっ」
ビビアナと兵たちが崖のふもとに倒れ込む。
「はぁ。やっと、やすめる……」
マジャウの村を発ってから、歩き続けているのだ。無理もない。
「この崖のふもとなら、かくれやすいか。食料は、一息ついたらさがしに行こう」
「は、はひー」
ヴァールアクスを置いて、崖を背に腰をおろす。
俺たちの居場所は、オドアケルの他の者たちに伝わっているようだが、その割には追っ手が姿をあらわさない。
まだ、この付近に彼らが結集していないのか。
崖や森を利用して街道を進んでいけば、オドアケルの追っ手をふりきれるかもし――。
「はーっ、はっはっは! 見つけたぞドラスレっ」
この声はっ!
銀色の月がうかぶ夜空に、黒い影が飛翔した。
それは柱のような槌をもって、崖の上から急降下をしてくるっ。
「くるぞ!」
ビビアナと兵たちに指示したが――。
「おせぇ!」
巨漢のルーベンが槌を地面に衝突させた。
「きゃぁ!」
並はずれた圧力が地面にぶつかり、かたい地面と崖の岩肌を同時に吹き飛ばす。
ビビアナと兵たちは直撃こそ受けなかったが、突風でとばされてしまった。
「へへっ。今日も、ぜっこーちょー!」
カゼンツァで戦った怪力男のルーベンと、こんなところで再会するとは。
「ひさしぶりだな、ルーベン」
ヴァールアクスを立てて、ルーベンを見やる。
「おお、ドラスレ。まだ、生きてやがったんだな」
ルーベンはせせら笑って、のっそりと立ち上がった。
彼の後ろに、黒い服で身をかくしたオドアケルの者たちが集まる。
「なんてな。不死身なあんたのことだから、ぜってぇ死んでねぇと思ってたけどな!」
「不死身、か。それは褒め言葉と受けとっておこう」
「けっ。バケモノみてぇだっつってんだよ! どんなとこにも出没しやがって。あんた、ほんとはドラゴンスレイヤーなんかじゃなくて、死神の化身なんじゃねぇの?」
死神の化身、か。それは初めて言われたな。
「戦いにおいて、敵からバケモノだ、死神だと怖れられるのは良いことだと思っている。戦いに身を置く者として、これは光栄なことだ」
ルーベンはへらへらした表情をすぐに変えた。