表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/271

第104話 カゼンツァをめざして

 酋長の厚意を受け、三日間もマジャウの集落に滞在させてもらった。


 マジャウの者たちは毎日、薬草で傷を手当てしてくれた。


 三日間の食事も欠かさずに用意してくれた。


 縁もゆかりもない俺たちを助けてくれたのだ。感激のあまり言葉が見つからない。


 しかし、あまり長居するわけにはいかない。


 ビビアナや兵たちと相談して、四日目の朝にマジャウの集落を発つことにした。


「長いあいだ、俺たちをかくまってくれて、助かった。なんと礼を言えばいいか、俺には言葉が思いつかない」


 陽がのぼり、よく晴れた朝に集落の門でマジャウの者たちに頭をさげた。


 彼らは皆、やわらかい顔で俺の出立を見まもってくれている。


「気にするな。また、いつでも来い」


 酋長が俺の前に立って、あたたかい言葉をかけてくれる。


「まよいは晴れたか?」

「わからないな。だが、ここで休ませていただいたおかげで、気持ちは前より落ちついている」

「そうか」


 酋長が大きな手をさし出してくれる。


 俺はその手をかたくにぎりしめた。


「死ぬな、人間」

「あなたも。達者で」


 この者たちと、たしかな交流がうまれたっ。


 人間ではない者たちと、こうして心をかよわすことができるのだ。


 マジャウの者たちと別れをつげて……さぁ、カゼンツァへもどろう!


「とても、いい方たちでしたね……」


 ビビアナは泣きそうな顔で、マジャウの者たちに何度も手をふっていた。


「そうだな。姿かたちが違うからと言って、安易に敵視してはいけないのだ」

「そうですよね。あたしも最初は、こわい人たちだとばかり思っていました」


 それは、しかたない。マジャウの者たちも、最初は俺たちを敵視していたからな。


「ビビアナは、マジャウの子どもたちとずっと遊んでいたな」

「はい! だって、みんな、かわいいんですものっ」


 マジャウの子どもは白いぬいぐるみのようだから、アダルジーザもきっと気に入るだろう。


「あの子たち、動物をつかまえるの、すっごく上手なんですよ! おどろきましたっ」

「そうなのか? どのようにつかまえるのだ?」

「ええとですね。いろんな香辛料をえさにかけてました。動物は餌のにおいよりも、香辛料の強い香りにつられてくるんだそうです」

「そうなのか。それは、俺も知らなかった」


 サルンでも山に入って、シカやウサギをつかまえる。とても参考になりそうだ。


「あとは吹き矢みたいなものも使ってましたっ。ふって矢を吹くと、動物が気絶するんです! あれはすごかったですっ」

「それは、たしかにすごいな。動物を強制的に眠らせる毒がしこまれているのだろうか」

「わかりません。でも……あっ、なんかヘビの毒を矢じりに塗ってるって、言ってましたっ」


 ヘビの毒を使っているのか。すばらしい発想だ。


「マジャウの者たちにふるくからつたわる知恵なのだろうな。俺も、彼らが手当てをしてくれたおかげで、傷がかなりふさがった」


 脇腹の傷はとくにひどかったが、今はしっかりとふさがっている。


「ドラスレさまも、かなりお元気そうですね!」

「ああ! 彼らの薬がすごく効いたのだ。三日月草という、彼らの集落でしか採れない薬草を使っているようでな。人間の街で売っているポーションよりも効き目がいいのだ」

「そんな草が生えてるんですねぇ」

「そうだな。彼らが常備していたという薬をいくつかわけてもらった。ヴァレンツァにもどるまで、この薬でもちこたえられるだろう」


 大きな葉でつつまれた塗り薬のいくつかをビビアナにわたした。


「マジャウの人たち、とてもいい人たちだったのに、人間と戦ってるんですよね。ラヴァルーサの人たちかどうかは、わかりませんけど……」

「そうだな。異形の者たちだというだけで、きっと排除の対象にしてしまっているのだろう。かなしいことだ」

「そうですね……」


 こたびの住民反乱が落ちついたら、マジャウと戦わないように、ラヴァルーサやカゼンツァに言わなければならない。


「人間もマジャウも、あらそわない世の中になってほしいな」

「はいっ」


 マジャウの者たちから教えられた通りに、森の坂道を下っていく。


 要所に設置されたマジャウの魔除けが目印だ。


 ヒルデブランドの追っ手は、まだあらわれていない。


 しかし、彼らに見つかるのは、時間の問題だろう。


「オドアケルの人たちは、ぜんぜん来ないですね」


 ビビアナもきょろきょろと首をうごかして、追っ手を警戒している。


「そうだな。だが、じきに見つかるだろう」

「そうなんですか?」

「ああ。サンドラはきっとラヴァルーサにもどっている。そして、ラヴァルーサで追撃部隊を再編成して、また俺たちを追ってくる。ここにもどってくるまで、五日から十日くらいかかるということだ」


 ビビアナと兵たちが顔を青くする。


「ということは、そろそろ見つかっちゃうということでしょうか……」

「そういうことだっ」


 ビビアナが「ひぇっ」と声をあげた。


 マジャウの集落でサンドラたちに捕捉されなかったのも、きっとそういう理由だろう。


 だが、補給しにもどってくれたおかげで、こちらも充分な休息をとることができた。


 前回のような、無様な戦いはしない!


 マジャウの者たちのしかけた魔除けが途絶え、乾いた大地と大きな街道が見えてきた。


「ドラスレさまっ。あの道が、カゼンツァへ続く道ですね」

「そうだな」


 マジャウの者たちの言葉に従うと、この街道をたどっていけば人間たちの住む街へ行けるらしい。


 左右を崖にはさまれた、だだっ広い街道だ。ここをそのまま歩いたら、かなり目立つ。


「ドラスレさま。街道に降りないんですか?」


 俺たちはまだ崖の上にいる。とびおりるのは簡単だが……。


「降りるわけにはいかないだろう。ここを歩けば目立つ」

「そ、そうですよね。では、どうすれば……」

「崖の上をたどりながら街道を並行しよう。それしかない」

「はい。わかりました!」


 整備された街道とちがい、崖の上は緩急さまざまな坂が続いている。


 坂をおりるのは容易いが、崖のような坂をのぼるのは苦労する。


 坂をのぼれないときは街道までおりて、また崖をよじのぼる必要があった。


「こんな、ことして……カゼンツァに、もどれるんでしょうか……」

「もどれるはずだっ。あきらめるな!」


 ウバルドとサルンに逃亡していた頃を思い出す。


 あのときも馬をなくし、ウバルドと先の見えない道をひた歩いていた。


 ウバルドは、ヴァレダ・アレシアのどこかで旅を続けているのだろうか。


 この街道は、通行人がほとんどいない。


 旅人とおもわしき者たちを何度か見かけるだけだ。


 普段なら馬車が往来していてもおかしくはないが、戦時中だからか。


「カゼンツァって、どのくらい、かかるのでしょうか」


 ビビアナの幼さののこる顔が、砂でよごれている。


「さあな。五日から十日といったところだろう」

「この様子、だと、もっとかかるんじゃ……きゃっ!」


 崖をよじのぼる彼女を下から支える。


「気をつけるのだ。転落したら大けがを負うぞっ」

「は、はいっ」


 ビビアナも兵たちも、よくついてきてくれている。


 この戦いが終わったら、陛下に奏上して恩賞をあたえたいものだ。


 街道をひたすら並行するのを、陽がくれるまで続けた。


 陽が落ちたら崖の上の森にひそんで休息する。


 ビビアナと兵たちが採ってきてくれた食事で腹を満たし、夜の静寂の中で息をひそめた。


 オドアケルの追っ手に、いつ見つかるかわからない。


 夜陰に乗じて攻撃されることを想定して、深くねむらずに警戒を続けた。


「あっ、ドラスレさま!」


 陽がのぼり、親のかたきのような悪路をどのくらい越えたのだろうか。


 ビビアナが突然、子どものように声をあげた。


「どうした」

「あそこっ。街が見えませんか!?」


 なんだと!?


 彼女の指す方向を注視する。


 太い街道が、こんもりと上がった丘の上へと続いている。


 その丘のむこうに、家のようなものが見える!


「きみの言う通りだ。あれは村だ!」


 疲れ切った兵たちから歓声が上がった。


「やっと、たどり着きましたね……」

「ああ。道は、かならずどこかにつながっている。あきらめずに進んでいけば、目的地にたどりつくのだっ」

「はいっ」


 天上にのぼった陽が、黄金の光をはなっている。


 丘の上でたたずむ村が、聖なる光を一身に受けてかがやいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ