第103話 ドラスレのまよい、戦士の言葉
マジャウの者たちに案内されて、俺たちは村の中央にある広場へむかった。
広場のまんなかに焚かれた火が、山の宵闇を焼きこがそうとしている。
邪気の感じられない、力づよい炎だ。
足もとの薪をすべてのみ込むように燃やし、俺たちの冷えた身体をあたためてくれる。
「わぁ、すごいっ」
煌々ともえる火をながめて、ビビアナが感嘆する。
「あれ、ここの人たちがつけた火ですかっ」
「そうだろうな。口数のすくない彼らは、こうやって俺たちを歓迎してくれているのだ」
マジャウの者たちは、その白い身体で炎をとりかこんでいる。
炎の前で狂喜しながら、彼らは両手をあげて、両足で地面を鳴らしながら舞いおどっていた。
彼らの踊りに法則性はない。
皆、バラバラで、少しもまとまっていない様子は、あどけない子どもが遊んでいるみたいだ。
「わぁっ、なんだか楽しそうっ」
「そうだな」
宮廷のうつくしい踊りもいいが、マジャウの者たちが魅せる原始的な踊りも、言葉にしがたい心地よさを感じさせてくれる。
白い両腕をあげて、ぬいぐるみのような者たちが地面をとびはねている。
酋長のように大きな者も、やはりのっしのっしと地面をとびはねていた。
「ドラスレさま。なんか、音楽も聞こえてきませんか!?」
ビビアナが炎の裏手を指す。
そこには十名くらいのマジャウの者たちがいて、笛や木琴のうつくしい音を奏でていた。
太鼓をたたく者は腰にふたつの太鼓を装着して、一心不乱に太鼓をたたいているのだ。
その狂気じみた姿がおかしくて、つい笑ってしまった。
「あたしもいっしょに踊ろっと!」
ビビアナが子どものように、炎へと向かっていった。
俺もいっしょに踊りたいが、このけがではとても踊れない。
「しっ、失礼します!」
ビビアナがマジャウの子どもに会釈して、輪の中にはいった。
彼らは「がはは」と笑いながら、ビビアナをあっさり受け入れてくれた。
マジャウと人間。
見た目がちがえば、文化や生活様式もちがう。
食べるものも、土地や権力に対する考え方もちがう。
共通点をさがすのがむずかしい俺たちが、こうしてひとつの時間をすごしている。
争わずに、陽気にすごせる夜は最高だ!
満身創痍だというのに、胸に込みあげてくるものがあった。
「人間よ。食べろ」
マジャウの者たちがはこんでくれたのは、大皿に盛られた料理だった。
五人分くらいの料理を盛りつけられそうな皿のまんなかに、何かの肉がずしりと置かれている。
肉のまわりには大麦のようなメシと、葉物野菜が乱雑に盛られている。
「ありがとう。これは、素手で食べるのか?」
「そうだ」
まんなかの大きな肉を、がしりとつかむ。
球のように大きなこの肉は、シカの肉か?
がぶりと噛みつくと、香辛料の香りと野生の肉特有のくさみが口いっぱいにひろがる。
大きく切られた肉だから、火は中まで通っていない。
だが、食べごたえのある肉の味が舌を刺激するから、俺はかまわず肉をのみ込んでしまった。
「どうだ。うまいか?」
「ああっ、うまいぞ!」
マジャウの者がまるい目をほそめて、笑っているような気がした。
マジャウの酋長が、やがて山のように歩いてきた。
酋長が俺を見て、となりに腰をおろす。
左手にもっているヒョウタンは、酒が入っているのか。
「酋長。うまいメシをありがとう。彼らに許可をもらったから、先に食べていた」
「かまわない。メシをはこぶように、俺が指示した」
酋長が右手をのばして、俺の前に置かれた肉をつかむ。
そのまま肉を口にはこんで、野獣のようなアゴで肉をくだいた。
「お前は、なぜ戦う」
「戦う理由か? そうだな。困っている者が、そこにいるからだ」
「困っている者がいるから、か」
酋長が麦メシを雑にとって、口へはこぶ。
「そんなに傷ついても戦うのだから、よほど価値がある戦いなのだろう」
「そうだ。よからぬことをたくらむ一部の人間たちによって、多くの弱い者たちが苦しめられて……いや、のぞまぬ戦いを強いられている。
人間だって、他者を傷つける者たちがばかりではない。他者を傷つけず、共存したいと思っている者たちだって大勢いるのだ。そんな者たちのために、俺は戦いたいのだ」
酋長がたくさんの野菜をほおばりながら、中央でのびる炎の柱を見やる。
ビビアナは子どものようにはしゃぎながら、マジャウの者たちと遊びまわっている。
「酋長。俺は、あなたのように他者を圧倒できる力をもっている。大きな力をもつことは、悪いことではない。他者がもてない力をもっているからこそ、俺は困っている者たちのために戦いたいのだ」
ヒルデブランドは、俺を預言士の末裔だと言った。
人や物がもつ潜在力を自在に引き出し、高度な文明を築いたという存在。
人や物に秘められた力は絶大だ。
俺は今まで、その力を無意識的に引き出して、ヴァールや魔物たちと戦ってきたのだろうか。
――きみもかつて、何度も感じていただろう。ドラゴンの力など、俺よりも劣っているとな。
「お前は、まよっているのか?」
酋長が突然、俺に言った。
「そんなことはない」
「お前のその顔、まよいが見える」
俺が、まよっているだとっ。
「お前は、信念をもって戦っている。だが、おのれの在り方にまよいが生じている」
「そんなことは、ない」
「ならば、強くこたえればいいだろう」
俺は、まよっているのか?
ヒルデブランドから伝えられた事実は、俺にたしかな衝撃をあたえた。
俺は、アダルジーザやシルヴィオとおなじ人間ではなかったのだ。
預言士? それは人間と異なる見た目の種族なのか?
だが、俺は人間だ。マジャウの者たちのように、あきらかに人間と異なる容姿ではない。
――すさまじい力だ。きみのその力は、やはり人間のものではないな。
――そんな意味のない生活に、どんな楽しみがあるというのだ。きみの体内に流れる高貴な血は、きみの現状を憂いていないというのか!
「まよっているときは、戦うべきではない」
酋長がヒョウタンの口をつけて、酒をのむ。
「どんなに強い戦士でも、まよいがあれば負ける。今のお前は、戦うべきではない」
酋長の短いが強い言葉が、俺の胸に落ちていく。
「俺は、人間がきらいだ。だが、お前はきらいではない。お前は、死ぬべきではない」
酋長が、酒を俺にさし出した。
「ありがたい。いただこう」
ヒョウタンの口をつけて、酒をノドに流し込む。
強いアルコールが炎のようにノドを焼く。
宮廷で飲む酒とはくらべものにならないほど強い酒だっ。
プルチアやよその村でも、こんなに強い酒を飲んだことはなかった。
とてつもない刺激が腹の中を焼きつくそうとするが……今はこのくらい強い酒の方がいいっ。
「どうだ。うまいか?」
「ああっ。うまいぞ!」
山のような酋長が、大きな声で笑っ……大きな声なんていう程度じゃないっ。まるで獅子の咆哮だっ。
俺のとなりで食事をしている兵士も、炎のまわりで踊っているビビアナたちも、酋長の咆哮に度肝を抜かれている。
この男は、どこまで規格外なのだっ。
ヴァールすら、倒せてしまう強さかもしれない。
「傷が治るまで、ここで休んでいけ」
「いいのか?」
「かまわない。お前が気に入った。お前は死ぬべきではない」
酋長のまっすぐな言葉が、俺の胸をくだいた。
「俺は戦いに負けて、敵に追われている。それでもいいか」
「かまわない。人間には負けん」
マジャウの者がやってきて、ふたつのヒョウタンを酋長にわたした。
酋長はすぐに、片方のヒョウタンを俺にさし出した。
「もっと飲むか? 人間」
「ああ。いただこう!」
酋長は、大きな口をゆるませた。