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第102話 マジャウの酋長と最強の交友

 陽が落ちて、夕刻の闇が森の全体をつつみ込んだときに、酋長らしき者が村から歩いてきた。


「ド、ドラスレさまっ」


 ビビアナがおどろいて、俺の二の腕にしがみつく。


 酋長らしき者は、クマのように大きかった。


 全身を白い毛でおおわれているのは変わらないが、背は俺より高いぞ。


 白い毛の中でつくられているであろう精悍な肉体が、言葉にならない凄みを感じさせている。


 大きな下アゴから獣のような牙がのびている。


 がぶりと噛みつかれただけで、肩をまるごともっていかれそうだ。


 俺はビビアナに支えられながら、マジャウの酋長の前に立った。


「あなたがマジャウの酋長か。俺はヴァレダ・アレシア王国に仕える騎士グラートだ」


 マジャウの酋長は、黄色い目をひからせるように、俺を一瞥する。


 胸を張り、威風堂々とした姿は歴戦の戦士を彷彿させる。


 ヴァールと戦えてしまいそうな腕の太さ。まっすぐに俺とまみえる姿も見事だ。


「お前は、いつも戦う人間とちがう。よそ者か」

「そうだ。俺は遠い西の地からやってきた。この通り戦いで負傷したため、あなたの支援を受けさせてほしい」


 この酋長は、多くを語らない者なのだろう。


 俺が言葉を発しても、泰山のように立ちはだかるだけだ。


「わかった。来い」


 酋長が背をむけて、村の中へと帰っていく?


 彼につき従っていた者たちも、彼の後に続いていった。


「あの、もしかして……許可してもらったということですか?」

「たぶん、そうだろう」


 マジャウの者たちを刺激しないように、しずかに村の門をくぐる。


 門の中に竪穴たてあな住居がたくさん建てられている。


 あしで組み立てた壁に土をかけた、むかしながらの竪穴住居だ。


 森の精霊を模した魔除けのかざりが、原始的な雰囲気を際立たせている。


 松明たいまつのかけられた柱がそこかしこに立てられているから、夜でも村は意外と明るい。


「あ、あたしたち、ほんとに入っても、よかったんでしょうか」


 マジャウの者たちの視線を受けて、ビビアナが縮こまっている。


 マジャウの者たちは見た目こそかわいいが、俺たちに敵意をむけているのは明らかだ。


「だいじょうぶだ。おどおどしていたら、逆に彼らを刺激するぞ」

「ドラスレさまは、平気なんですかっ」

「この者たちが怖くないか、ということか? それなら、もう怖くないな」


 まわりで敵意をむけてくるマジャウの者たちは油断ならないが、あの酋長はきっと卑怯な方法を好まない。


「なんで、そんな平気でいられるんですかぁ」

「よく考えてみろ。あの酋長が俺たちを許したのだ。彼は、この村の絶対的権力者だ。彼に逆らえる者は、ここにはいない」


 人間たちの社会とちがい、魔物や別の部族の社会は、基本的に力が支配する縦社会だ。


 マジャウもおそらく例外ではない。


 あの酋長にみとめられたということは、マジャウは俺たちを許したということだ。


「そう、ですけど……やっぱり怖いですよぅ」


 ビビアナが泣きそうな声で言った。


 のっしのっしと歩いていく酋長のいる方向から、少し背の高い者がこちらに歩いてきた。


 酋長をひとまわり小さくしたような者だ。


 成人男性のような体格で、金色の仮面で顔をかくしている。


 マジャウの者は、俺の前で身体を制止させた。


「お前たちを、酋長の館に案内しろと言われた。だから、お前たちを案内する」

「たすかる。お前についていけばいいのか?」

「そうだ。来い」


 口数が少ないのは、酋長だけではないのかもしれない。


 酋長の家も竪穴住居であったが、規模が他の家の比ではないぞ!


 サルンにある俺の屋敷よりも大きい。


 他の家の実に五倍はあるのではなかろうか。


 床には茣蓙ござのようなものが敷かれている。


 広い室内のまんなかで、囲炉裏の火が煌々とかがやいていた。


 酋長は囲炉裏のむこうで山のように待ちかまえている。


 案内の者にしたがって、酋長と向かい合うように座った。


「お前は、だれと戦っていたか」

「俺が戦っていたのは、ラヴァルーサの反乱軍だ。ラヴァルーサは知っているか?」

「知らん。人間たちの住む村か?」

「村ではないが、そのような場所だ」


 酋長は、ぴくりとも動かない。


 敵意はまったく感じられないが、口数がすくないと威圧されているように感じてしまう。


「お前たちは、侵略してばかりだ。侵略するのが、そんなにおもしろいのか」


 酋長は、あきれるように言った。


「侵略なんて、おもしろいわけがないだろう。俺は、相手からものを奪ったりしない」

「だが、お前たち人間は侵略してばかりだ。なぜ、よその土地を侵す? 自分たちの領域をしずかに治めるだけでは飽き足らないのか?」


 この男が言っているのは、人間の……いや、ヴァレダ・アレシアの戦いの歴史を指しているのだな。


 ヴァレダ・アレシアは国を治めながら、少しずつ領土を拡大してきた。


 当然、よその土地には別の種族がいて、彼らを屈服させてきたのだろう。


 マジャウの者たちからすれば、俺とヒルデブランドがどのような理由で戦おうとも、ただの争いでしかないのだ。


「酋長、あなたの言う通りだ。俺たちはよその土地を侵略して、おのれの利だけを得ようとしている。それは、やめるべき行為だ」

「だから、われわれはお前たちを歓迎しない。わかったか?」

「わかった。邪魔をした」


 俺たちは、ここにいてはいけない。


 席を立とうとしたが、マジャウの酋長がなぜか右手をさし出した。


 プルチアで見た、巨大な葉を連想させる手だ。


「お前を歓迎すると言った。休んでいけ」

「いいのか?」

「いい。他の人間たちは歓迎しないが、お前だけはなぜか歓迎したくなった」


 酋長が、にっと笑ったような気がした。


「お前は、不思議だ。お前は、他の人間たちとちがう気がする」

「そんなことはない。俺は人間の国の臣下だ。すなわち、他国を侵す者たちとおなじだ」

「いや。お前をつつむ空気が、そうではないと言っている。お前もその身体で、多くの者たちをまもってきたのだろう」


 この酋長は、やはり歴戦の勇者だな!


「俺とあなたは、似た者同士なのかもしれないな」

「そんなわけがなかろう。人間よ」


 酋長の大きな手をとって、かたく握手する。


「お前の手、強いな」

「あなたこそ、この村をまもってきた手だ」

「そうだ。侵略者は何人なんぴとたりともゆるさない」


 マジャウの配下の者たちに従って、酋長の屋敷を後にする。


 酋長の屋敷から遠くはなれた住居に案内された。


 この住居は寝床がたくさんならべられている。救護室として使われている場所か。


「お前、すごい。あんな酋長、はじめて見た」


 マジャウの者が突然、そんなことを言った。


「あんな? さっき握手をしたことか?」

「そう。酋長、人間には絶対に触らない。それほど、人間を憎んでる」


 そうだったのか……。


「俺たち人間は、他の部族をかえりみずに侵略を続けてきた。酋長が俺たちを嫌うのは当然だ」


 寝床にあぐらをかいて、マジャウの者たちに傷を手当てしてもらう。


 彼らの手つきは乱暴だが、たくさんの薬を惜しみなく身体に塗ってくれた。


「お前は、他の人間とちがう。それは、俺もわかる」

「そうか」

「ほとんどの人間は、俺たちをバケモノと気味悪がる。だから、槍をむけてくる。でも、お前はちがう」


 ヴァレダ・アレシアに住む人間たちの中には、相手を外見だけで判断してしまう者は多いかもしれない。


 そんな彼らからすれば、マジャウの白い身体は異端にうつるだろう。


「マジャウと人間は見た目も、文化も、考え方もちがう。共通していなければ、嫌な感情が渦を巻いてしまうのは仕方がないことかもしれない」


 ビビアナと兵たちも、マジャウの者たちに薬をぬってもらっている。


 ビビアナは服をぬがされるのを嫌がっているようだが。


「だが、俺もわかるぞ。お前たちマジャウは、まっすぐな心をもった者たちだ。そして、よその土地を侵さない者たちだ。だから、俺もお前たちを信用する。邪悪な心をもつ人間よりも、お前たちの方が話しやすいかもしれないな」


 マジャウの者たちが笑顔をむけてくれた。


「酋長は、さすが。ひと目でお前を見抜いた。人間の中にも、お前のような者がいるのは、おどろき」

「俺以外にも、他の部族と融和したいと思っている者はたくさんいるぞ! 人間だって、捨てたものではないさ」

「お前がそう言うのなら、そうなのかもしれないな」


 マジャウの者たちが包帯を丁寧に巻いてくれた。


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