第101話 白い異形の者たちの村へ
ビビアナと兵たちにまた応急処置をしてもらったが、うしなった血をすぐにとりもどすことはできない。
満身創痍の上に、兵を五名もうしなってしまった。
やはりヴァレンツァにもどって、再起を図るしかない。
「ドラスレさま。どうですか。起き上がれますかっ」
ビビアナの細い肩を借りて、立ち上がる。
全身の傷がうずくが、脇腹の深い傷が何より痛む。
「だいじょうぶ、だっ」
「無茶しないでくださいっ。傷口がひろがりますよ」
額から汗が流れ落ちてくる。
こんなに負傷したのは、ヴァレンツァでゴールドドラゴンのゾルデと戦って以来か……。
「やはり、この状態では満足に戦えないな。先ほども、サンドラを追いはらうのがやっとだった」
「あたり前です! こんなにけがしてるんですから。今すぐ入院しないといけない状態なんですよっ」
そうだな。今は数日間だけでいいから、病床につきたい。
「さぁ、カゼンツァにむかおう。ぐずぐずしている時間はない」
「はい。わかりました……」
疲れはてるビビアナと兵たちを叱咤して、潜伏していた洞窟を後にする。
森から出ればカゼンツァへと続く街道が見つかるだろうが、オドアケルに追われているこの状況で、森から出るのは得策なのだろうか。
「ビビアナ。カゼンツァに行く道はわかるか?」
「あっ、はい! ええと、調べますっ」
ビビアナがバッグから地図をとりだす。
バッグにむりやり詰めたのか、地図はくしゃくしゃになっていた。
「ええと……今は、この辺だから……」
彼女が目を落としている地図は、ラヴァルーサやカゼンツァの位置を示す広域地図だ。
ビビアナは短いひとさし指で地図を一生懸命なぞっているが……。
「ええと、こっちです!」
「いや、でたらめを言うな……」
ビビアナが「はっ!」と妙な声を発した。
「す、すみません……」
「気にするな。森の中では場所はおろか、方向すら定まらない。村や集落をさがして、道をたずねよう」
現在地がどのあたりなのか。
ラヴァルーサからそれほど離れていないはずだが。
「ここはラヴァルーサから近いのか?」
「そのはずです。あんまり遠くへ逃げられませんでしたから」
そうすると、オドアケルの追撃部隊にまた見つかる可能性があるということか。
「サンドラは兵と武器を補充して、すぐにまた追跡してくるだろう。まずは彼らを撹乱した方がいいか」
「撹乱って、どうやるんですか」
「そうだな。ビビアナ、きみなら、敵をどうやって追跡する?」
「どうやって、追跡?」
ビビアナが幼さののこる顔をしかめる。
「よくわかんないんですが、敵のいる場所にむかうんじゃないんですか?」
「では、その場所に敵がいなかったら、どうする?」
「えっ……ど、どうするんでしょう……」
ビビアナは、考える力もまだ育っていないか。
「今、きみが考えていることが、そのままサンドラたちの考えとなる。彼女たちも、そうやって俺たちを追跡するのだ」
「そ、そうなんですねっ」
「ようするにだ。彼女たちの考えの裏をつけば、彼女たちの追跡を撹乱……つもり混乱させることができるのだ」
「そうなんですね! さすがですっ」
すなおな娘ではあるのだがな。
「サンドラは兵と武器を補充して、まずあの洞窟へもどるだろう。だが、あそこに俺たちはいない。そうなれば、俺は近くの村や集落に行くと考えるだろう。俺はかなり負傷しているからな」
「は、はいっ。その通りです」
そう考えると、村や集落に行くのは安易か。
「俺たちが村や集落に行くと、そこに住む者たちを危険にさらしてしまうかもしれない」
「ええっ、じゃあ、どうするんですか!?」
これは、むずかしい問題だ。
村や集落で道をたずねなければ、カゼンツァへ帰れない。
しかし、戦いに無関係の者たちを巻き込むわけにはいかない……。
「村や集落には、寄れないな。戦いと関係のない者たちを巻き込んではいけない」
「でもそれだと、カゼンツァには帰れませんよ。自力でもどるのなんて、絶対にむりですってっ」
ビビアナの強い言葉が森にひびいた。
「長い時間、村にとどまらなければいいんです。道を聞いて、あと食事と薬をちょっとだけ分けてもらって、すぐに村からはなれればいいんです。そのくらいなら、いいでしょう?」
ビビアナの言う通りだ。俺は現実が見えていなかった。
「わかった。きみの言う通りに従おう」
「はい! わかりましたっ」
ビビアナの顔が、ぱっと明るくなった。
* * *
潜伏していた洞窟を発って、どのくらいの時間がながれていったのか。
満天に上っていた陽が、西の山にかくれようとしている。
「村、なかなか見つからないですね……」
「そうだな」
敵に追われていることを考えると、むやみに街道へ出られない。
しかし、森の景色は単調で、行けども行けども出口が見えない。
おなじ場所を行ったり来たりしている錯覚におそわれて、気が狂いそうになってくる。
「ドラスレさま。傷は、だいじょうぶですか」
「だいじょうぶだ。ありがとう」
ビビアナは絶えず俺の身体を支えてくれる。
傷が深くなければ、皆の足を引っぱらずに歩けるのだが……。
ゆるやかな傾斜を、一歩ずつのぼっていく。
ここの土地は小高い丘になっているのか。上り坂は傷口にこたえる。
「この方角で、合ってるんでしょうか」
「わからない。だが、のぼってみるしかない」
太い木の幹をつかんで、坂を這い上がる。
この森は、太い幹が多い……これは、幹じゃない!?
「ビビアナ。これは……」
「どうかしましたか!?」
俺がつかんだのは、柱か?
不思議な形をした柱だ。人の顔と身体をあらわしたような形なのだ。
俺の背丈の二倍ほどの高さで、頭のような先端から二本のするどい角が生えている。
他にも悪魔を模したような彫刻や、木の精霊のような彫刻もある。
「ここは、どこかの部族の村なのか?」
「なな、なんかっ、こわくないですか!」
人を模した柱や悪魔の彫刻は、夕刻の暗さも手伝って気味悪さを際立たせている。
ヴァレダ・アレシアの奥地に、王国の手がとどいていない地域はたくさん存在する。
流刑地だったプルチアもそうだし、サルンの東部や西部にも、未開の森や山がひろがっている。
その地では、ヴァレダ・アレシアに忠誠を誓わず、独自のルールに従って生活している者たちが――。
「何者だっ!」
子どものような高い声が、坂のむこうから突然、聞こえた。
長い坂道の終端に、三つのもこもこした影がうごめいている。
彼らは綿のような、白い毛におおわれていた。
頭に派手な羽根かざりをつけて、胸や腰に布切れをまいている。
右手に木の長い槍をにぎりしめて、俺たちを待ちかまえているようだが……。
「お前たちは人間かっ。ここをマジャウの村と知って、侵略しに来たかっ」
俺たちをきびしく威圧してくるのだが、彼らの声が子どものようにかん高いから、まるで凄みが感じられないのだ。
木の槍をおっ立てた、ぬいぐるみだ。自分の意思をもつ、動くぬいぐるみ――。
「かわいい!」
ビビアナが俺を忘れて、彼らに抱きついて――待て!
「うぎゃっ!」
「な、なにするか、人間!」
マジャウと名乗ったぬいぐるみたちが、うろたえている……。
「なにこの子たち、かわいい!」
「や、やめっ」
いや、かわいい見た目なのは、みとめるが……。
マジャウの者たちも、抱きついてきたビビアナをしりぞけるべきか、まよっているようだった。
「え、ええいっ、はなせ、人間!」
「きゃっ」
ビビアナに抱きつかれていた真ん中の者が、ビビアナを突きはなした。
「お、お……お前たちは、われわれの敵だ!」
マジャウの者たちが、鋭利な木の槍をむけてきた。
しかし、ビビアナは少しもこわがっていないようだった。
「ええっ。こんなに、かわいいのに」
「われわれは長い間、人間たちと敵対していたっ。よって、お前たちは敵だ!」
このマジャウの者たちは、古くからこの森に住んでいる部族なのだろう。
プルチアに住んでいたインプのボルゾ族とおなじ感じか。
「マジャウの者たちよ。どうか、少しだけ話をさせてくれ」
俺は兵に支えられながら、三匹のマジャウの者たちの前に出た。
背たけは、幼児とおなじくらいだろうか。
近くで見ても、動くぬいぐるみのような見た目だ。
「俺たちは、お前たちを侵略しに来た者ではない。俺はこの通り、けがをしている。少しだけ、薬をわけてくれないか」
マジャウの者たちは槍をむけたまま、しばらく俺をにらみつけていた。
愛くるしい見た目の者たちだが、つぶらな瞳の奥に見える恐怖と憎しみの感情は、本物だ。
「侵略者ではない、というのは本当か」
「本当だ。信用できないというのであれば、村の中に案内してもらわなくてもかまわない」
マジャウの者たちは槍を下げて、輪になってひそひそと会話をはじめた。
侵略者ではない、という言葉は信じてもらえたか。
「わかった。ならば、話だけは聞いてやろう。だがっ、この先に進んだらただちに侵略者と見なす!」
「わかった。それでかまわない」
「すぐ、酋長を呼んでくる。そこから一歩も動くな!」
「わかった。心くばり、感謝する」
俺は痛む腰や背中を動かして、彼らに頭を下げた。