第3話 美樹①
お待たせ致しましたー
先の大戦がまだまだ始まる前の、現世。
人化していた空木はまだ名古屋と名が変わった土地をふらふら歩いていた。
黒髪に、白い肌。相棒である琵琶を担いで 。気の向くままに、歩いては途中で地面に座り込み琵琶と唄を奏でていく。気の向いた人間達が金を投げたりするが、結構な額にもなったので放っておくわけには行かず、大事に人間達の馳走を口にするのに使わせてもらった。
まだまだあやかしの界隈では、そう多く金銭を使う場所が少なかったからだ。ただし、『心の欠片』は別。至高の食材であり、素材であり……得難いくらいの極上の品だ。
空木も取り出せなくはないが、好き勝手に人間達から取るわけではない。わずかとは言え、魂の欠片だ。取りすぎは人間達の命を削ってしまう。
だから、気の向くままに演奏をして金銭を得るくらいでちょうどいい。
夜伽に誘う女達もいたが、下手にのめり込むとその女達の身体と寿命を作り変えてしまうため、断ることが普通だった。
だが、美樹と出会ったことでそれは変わった。
彼女は誘う女ではなかったが、空木の演奏を聴きにくる常連のひとりだった。時間がある女だったのか、空木が一定の場所で演奏する時はほぼ毎回やってきていた。
人間にしては愛らしく、身なりもまずまずの年頃の女。
投げ銭とかは、直接投げるわけではなく空木の前にそっと金を置くくらい奥ゆかしい。どこかの商家あたりの娘かと思った程度だったが。
いつしか、彼女の口から『演奏、素敵です』以外の愛らしい声が聞きたい。もっと話してみたいと思った気持ちが急いたのか……とある晩に、道端で彼女と出会い酒を共にした。
そこまではまだいいのだが……空木は取り返しのつかない事をしてしまった。
お互い酔っていたせいで、話が盛り上がり……出会い茶屋で一夜を過ごしてしまったのである。気がついたら朝で、お互いひと組の布団に寝ていて裸だったのだ。これはもう確定だと、空木は美樹を起こすことにした。
「美樹さん……美樹さん」
「……んぅ?」
寝起きの声が愛らしいとは、空木は過ちを犯した事で自分の気持ちに気づいてしまった。しかし、美樹はどうだかわからない。それに、彼女には二度と戻れない先を歩ませてしまっている。
起き上がった美樹は、空木と自分の格好を交互に見ると顔を朱に染め上げて布団の中に潜ってしまった。
「……その。すみません」
とりあえず謝罪をしても、過ぎた事を元に戻すのは出来ないから。
「わ、わわわ、私!? う、空木さん……と!!?」
「……僕も記憶にないんです」
「……私もないです」
「それと他に、あなたには謝罪したいことがあります。顔だけでも……出してくださいませんか?」
「……はい?」
本当に蓑虫のようにして顔を出してくれた彼女に、空木は誠心誠意を込めて、正座をしてから土下座をした。
「僕は……実は人間じゃないんです!! あなたと一夜を共にした事で……あなたも普通の人間ではなくなってしまったのです!! 申し訳ありませんでした!!」
「…………え??」
空木の言葉の意味がわからなかったのか、美樹からは困惑の反応しかなかった。
次回は日曜日〜




