第3話 真穂と海峰斗③
お待たせ致しましたー
海峰斗のヘアメイクは綺麗で丁寧だ。
二十六歳と若手ながらも、柔らかい笑顔がトレードマークで腕も良く、女性客には人気のスタイリストとして活躍している。
今の彼を知っているのは、真穂でもこの程度。あやかしの情報網を駆使すれば……もっともっと密な情報を手に入れることが出来るのに、真穂はそうしなかった。
いや、出来なかった。
幼い頃とは違い、人間にしては整った顔立ちと適度に染められた綺麗な茶髪。その程度なら、真穂とてあやかし達の人化などで目が肥えているはずなのに。とあるあやかしの子孫であるだけで、この人間には『ほの字』になりかけていたせい。
長くて健康的に日焼けした指で、髪を触られるだけなのに鼓動が高鳴る。頬に手が滑るだけで、口から心臓が飛び出しそうになった。
たったそれだけの事なのに、真穂は海峰斗の所作のひとつひとつであやかしとして千年以上生きているのに、ただの娘っ子の様に挙動不審になってしまう。表面上は堂々としているが。
「あ、榊さん。シャンプー使い続けてくれているんですね?」
まず、髪を洗う時に海峰斗が真穂の髪質に気づいてくれた。榊は真穂自身が人間界で仕事をしている時に使っている戸籍名のようなものである。美兎の守護に憑いてからはサボりがちであるから、そろそろ再開しなくてはいけない。
「ええ。使い出してから髪艶がいいの。湖沼さんのお陰ね?」
「それは良かったです」
他人に髪を洗われるだなんて、あやかし達でも限られた存在しかいなかったのに。人間に洗われるなど滑稽かもしれない。しかし、海峰斗の腕前は確かだ。
「……あ〜〜、榊さんが来店すると店が映える〜!!」
「湖沼先輩とだと美男美女!! 絵面もやばいわ……」
「最初はびっくりしたけど、あの二人のペアだといつでも見てたい」
それと他のスタイリスト達からも、海峰斗との組み合わせを悪く思われていない。真穂も高飛車な態度を取るわけでもなく、普通の人間の客と同じようにしているだけ。誰も、真穂が海峰斗を気にかけているとは思わないだろう。
「はい、お疲れ様。今日の飲み物はいかがなさいます?」
「……んー。湖沼さんのオススメで」
「了解しました。じゃ、お菓子もお付けします」
「ええ」
カットモデルの場合、金銭関係は様々であるが真穂の場合は髪を綺麗にしてもらえる以外に、お茶などを出してもらうことになっている。カラーリングなどはしないが、長時間座った状態なのであやかしでも喉が渇く。だから、海峰斗に提案された時に真穂はそれを受け入れた。
そして、海峰斗は今日も寒いからと温かい紅茶に、フォンダンショコラをつけてくれた。
「お待たせ致しました。rougeで出してたのでつい買っちゃったんです。榊さん、チョコ好きでしたよね?」
「……ええ。話したかしら?」
「いいえ。俺がひと口チョコとか出す時、すっごい喜んでくれてたから」
「……あら」
たしかにチョコは大好きだが、人間相手に悟られているとは……それだけ海峰斗の前では気が緩んでいるかもしれない。幼い頃よりも今の方が。なら、と真穂はフォンダンショコラに手を付ける前に彼に振り返った。
「どうしました?」
「湖沼さん……今日の夕方予定あるかしら?」
「今日は……うーん。明日の夕方なら大丈夫ですが」
「じゃあ、私がオススメのお店に行かない?」
「え?」
「カットへのお礼」
「ええ?!」
出会う事は出来たけど、今以上の関係を持ちたい。
妹の美兎を導けたのだから、真穂も自分に正直になりたかった。
次回は水曜日〜




