第3話『サイフォンコーヒー』
お待たせ致しましたー
楽庵に行けなくて少し残念に思ったが、少々離れた場所にある喫茶店と言うのはとてもお洒落だった。
木材を活かした店構えに、アンティークらしい家具が目立つが高級感を漂わせているわけではない。落ち着いた、少し寛ぎたい気分にさせているような雰囲気。
これまた木製の大きな扉の取っ手を真穂が掴んで引くと、内側に設置されていたカウベルが揺れて大きな音が響いた。その音に、美兎もだが雪女の花菜もいくらか驚いて肩が跳ねた。
「来たわよー? 季伯?」
真穂がこちらを気にせずに、中に呼びかけると奥の方から初老の男性が出てきた。綺麗な白髪に、同じ色の口髭。
背はきちんと伸びていて、皺はところどころ目立つが貫禄があるように見えた。優しい微笑みに、思わずドキッとしてしまう。なんて、素敵なロマンスグレーの男性なのだろうかと。
界隈にいるからあやかしだろうが、人間に化けているのだろうか。
「いらっしゃいませ、真穂様」
「とりあえず、三人。いつものコーヒーでいいわ。美兎、花菜? ブラックでいい?」
「うん」
「だ、大丈夫……です」
「かしこまりました。お好きな席に座っていてください」
季伯と言う男性が軽くお辞儀をしてから、カウンターらしい場所に行ってしまう。その場所には何台も高級そうなサイフォンが置かれていた。
「……素敵」
席の方を見ると、美兎は思わずため息をこぼしてしまう。外観以上に、中はアンティークの家具がちょうど良く並べられているが……座り心地の良さそうなソファだけでなく、ローテーブルも落ち着いた感じの木材で出来たもので使っていいのか少し躊躇うくらい。
だが、真穂が気にせずに黒いソファ席に腰掛けて手招きしてきたため、美兎は彼女の隣に。花菜は向かいに座った。ソファは腰掛けると少し沈んだが、ふかふかでとても心地よい。
「……で、花菜?」
真穂が腕を組むと、早速花菜に質問をした。
花菜はびくんと肩を跳ねさせ、髪や目をだんだんと白くさせていく。人間に化ける術とやらが解けたのだろうか。
「は、はい!?」
「人間界に行くのは、別に悪くないわ? だからって、あんた達雪のあやかしが身につけておかなきゃいけない衣類を忘れてたのはなんで?」
「その……本当に、すみません!……実は無くしちゃって……」
「うっかりし過ぎ!?」
「……はい」
美兎は先程診療所で聞いただけだが、雪女などの肌が人間に触れてしまえば……下手をすると命を奪ってしまうらしい。そう思うと、美兎は真穂がいてくれたお陰で大ダメージを受けずに済んだのであるが。
「まあ、済んだことだからいいわ。てか、臆病なあんたが人間界に行くだなんて珍しいわね? 何しに行ってたのよ?」
「その…………ぷ、プレゼント選びに」
「! ふーん?」
花菜が理由を少し話すと、真穂は面白いものを見つけたかのように口端を緩ませた。
「プレゼント選びですか?」
「はい。……受け取ってもらえるかわからないですが?」
「あいつに?」
「う……」
「真穂ちゃん、知ってるの?」
「美兎も一回会ったでしょ? ろくろ首の盧翔よ?」
「え」
「ろ、盧翔さんにお会いされたんですか!?」
「ちょっと野暮用で、店に行っただけよ?」
「……そうですか」
と言うことは。
盧翔が想っている相手は花菜。
花菜が好きなのも、盧翔。
なのに、両想いでないのが少し不思議だが。
知ってしまった両片想いについて、美兎はどうしていいかわからなかった。
「ふふ。恋する女性の憂い顔も美しいですが、うちのコーヒーでひと息吐いてください」
もう出来たのか、季伯が三人分のコーヒーを持ってきてくれて。それぞれ置いてくれた後に、美兎達は出来立てのコーヒーのカップを手に取る。
香ばしい薫りやカップの温かさに気分が落ち着いていくと、ゆっくりとコーヒーを飲んでみる。苦味が少なく、まろやかだが深い味わいを感じ取れた。
「美味しいです!」
「お気に召したようで何よりです」
「あ、花菜!」
真穂が急に声を上げたので何事だと花菜の方を見ると。素手で、カップに触れたせいで、カップごとコーヒーが凍ってしまったのだ。
次回はまた明日〜




