第1話 師の店『楽養』①
お待たせ致しましたー
名古屋中区にある栄駅から程近いところにある錦町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三とも呼ばれている夜の町。
東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。
そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。
あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。
小料理屋『楽庵』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。
座敷童子の一端、真穂は悩んでいた。守護に憑いてはや数ヶ月経った、若い人間の女である湖沼美兎……彼女の恋愛問題について、日々悩んでいたのだ。
今は師走。世間で言うところの年の瀬とクリスマスで切羽詰まる時期だ。
だから、美兎も最近は楽庵にほとんど行けていない。
なので、楽庵の主人である猫人の火坑とも何も進展がないのだ。あの紅葉狩りのダブルデート以降、一向に、何も。
(さっさと付き合えないくらい……どっちも奥手過ぎるのよねえ?)
生き方も、種族も違うのにどう言うわけか似た者同士である。これには、真穂も少しお手上げだった。
しかしそれなら、逆に外堀を埋めてしまって、告白させる状況にまでしてしまえばいい。悪い考えかもしれないが、クリスマス目前にまでなにもない方が面倒だ。
真穂はある思い付きをしたので、界隈にある自宅でスマホを駆使して連絡をしまくった。そして、以前はしていた、美兎を定時で仕事を終わらせるようにさせてから彼女を錦に連れて行ったのだ。
「ど、どこに行くの!?」
「美兎にはいい場所よ〜?」
「? 楽庵じゃないよね?」
「大将の師匠がやってる店」
「え」
界隈に入ってから、角から角を曲がるだけでなく。さらに幾度か真っ直ぐ歩いて歩いて……その先に、行灯のような明かりが見えて、そこに『楽養』と書かれていた。
「ここが、火坑の大将の修行先。あと育った場所よ?」
真穂も来るのが随分と久しぶりだが、こちらの主人には既に連絡済みだ。
美兎は店の前に立つと、口をぽかんと空けてしまう。当然かもしれない。楽庵よりもはるかに大きな店構え。白と黒のモノトーンの壁だが洋風には見えない。今風の人間達の建築に合わせたかのような造り。たしか、一度改装したと真穂も聞いていたが。
「ここに……入るの?」
「ええ、そうよ? 大将の事が色々聞けるかもね?」
「そ、そう言う目的で?」
「ふふん。大将の育ての親にも、味方になって欲しいじゃない?」
「え、え?」
美兎が予想通りに可愛らしく慌てていると……店の引き戸が開いた。と同時に、中は温かいはずなのに冷気が出てきたのだ。
「お待ち……しておりました」
出てきたのは、店の主人ではない。
透き通るような白い肌に、銀色の髪と雪化粧の髪飾り。服装は料理人らしい割烹着だが、前掛けの紺色以外ほとんど色が白でしかない。
だが、真穂は彼女を知っていた。
「久しぶりじゃない、花菜?」
「ご、ご無沙汰しています、真穂様!」
「……この人が?」
「違うわよ? こいつは大将の妹弟子」
「? そちらの人間さんは兄さんをご存知で?」
「むしろ、向こうの常連ね?」
「おい。真穂が来たんだろ? 早く中に入れてやれよ?」
次に出てきたのは、狼に似た顔と手足を持つあやかしだった。彼の形相に、美兎はびっくりして真穂に抱きついてきたのが、予想通りの反応だったのでおかしかった。
次回は金曜日〜




