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第6話 猫人の恋心

お待たせ致しましたー

 人間と出掛ける。


 然程珍しくないかもしれないが、猫人のあやかしになってから火坑(かきょう)は一度とてなかった。人間を相手にするのは、師匠の店にいた頃も店の中だけ。


 女性客に誘われることはあったが、火坑は大抵断っていた。料理人として未熟だった己がまだまだ客を満足させられるわけがないと。


 だが月日も経ち、自分の店を構えて何十年も経った今。あの頃よりは自信が持てたと思う。そう思ってはいたが、友人である赤鬼の隆輝(りゅうき)からの紅葉狩りの誘いにはすぐに頷いてしまった。


 彼の恋人である沓木(くつき)桂那(けいな)だけでなく、今年から常連になってくれた湖沼(こぬま)美兎(みう)が行くと言うことで……反射的と言っていいくらいすぐに了承の返事をLIMEで送った。


 さらに、個別で美兎にメッセージを送ったのだ。まだ返事がないが既読にはなっていたので、今は忙しいのかもしれない。



「胸がざわつく……と言うのか」



 自分らしくないくらいに、美兎からの返事が待ち遠しく感じている。店に来る度に、火坑の料理を美味しい美味しいと褒めちぎっては、本当に嬉しそうに食べてくれるのが……火坑にも嬉しかった。


 他の人間でもあやかしでも、今まで数多くの客に同じように自分の作る料理を美味しいと言ってくれた。それが当たり前になっていた時に、美兎と出会ったのだ。


 少々出会いとしては、驚く出会いではあったけれど。


 火坑は、明日に控えた紅葉狩りの弁当作りに必要な材料を選んでいた。冬間近なので、専用の水筒には豚汁を。あとは、小さなおにぎりに冷めても美味しく食べれる主菜に副菜をいくつか。


 菓子類は隆輝に任せてあるので、弁当は火坑の出番だ。だが、何か食べたいものがあるかな、と思わず美兎に個別でLIMEのメッセージを送ってしまったが……返事がすぐ来ないのに残念に思ったのだ。


 これでは、期待し過ぎた馬鹿な男だろう。同時に、少し前に閻魔(えんま)大王(だいおう)から意味深な忠告を受けた通りではないか。


 猫畜生から、猫人に輪廻転生して幾百年。伴侶も持たずに身一つで生活してきた己なのに……人間に懸想しているのではと思わずにはいられない。


 そこに行き着くと、火坑が持っていた包丁をまな板の上に置いてから頭を抱えた。



「僕が……湖沼、さんを?」



 気の迷い、気のせい。世迷いごと。


 頭の中から心の中までぐるぐる、ぐるぐると考えが巡ってしまう。だが、そうかもしれない。


 別に弁当の内容も、グループLIMEで言えばいいだけのこと。なのに、個別のメッセージで送ってしまっていた。


 返事はまだ、ない。



「あーいかわらず、あったま固いわよね!」



 頭を抱えていたら、店の中にいつのまにか誰かがいた。店は閉めているが、あやかしなら入って来るのは造作もない。美兎の守護に憑いている座敷童子の真穂(まほ)が、本性の子供サイズで腰に手を当てていた。



「……真穂、さん?」

「や〜〜っと気づいたようね? この頭トンカチ!」

「……え……っと、いつから?」

「僕が〜ってとこから?」

「ついさっき、ですか」



 情け無いところを見られてしまったが、この様子だと火坑が抱いていた気持ちを見破られていたのだろう。いつからか、と聞くのはいけないかもしれないが。



「ま〜〜ったく。元地獄の補佐官だった奴が、ひとりの人間を好きだって気づくの……遅過ぎ」

「…………そうですね」



 改めて言われると、心臓に矢などが刺された痛みを感じる。これほどまで鈍感だった火坑自身も悪いだろう。


 真穂はカウンター席に適当に座ってから、また大きくため息を吐いた。



「いいことじゃない? 桂那達のように付き合っているカップルもいるんだし? あんたが美兎となら、真穂も認めるよ?」

「……信頼してくださるのは嬉しいですが。僕なんかが湖沼さんと」

「けど。フィールドんとこのジェイクが言い寄った時、あんた何したか覚えてる?」

「あ……れは」



 あの時は、美兎が困っていそうだったから自然と手を伸ばしただけだ。だが、それなら彼女の肩を引き寄せるまでもない。


 であれば、それは。


 その気持ちが顔に出ていたのか、真穂には呆れた顔をさせてしまった。



「いいじゃない。自分に素直になっても」

「…………僕が、いいんでしょうか」

「元の地位。今の仕事。それに媚を売らない人間を想うのは自由よ?……遅くなって後悔する方がよっぽど悪い」



 と、アドバイスしてくれた真穂の顔はどこか寂しそうに見えた。そう言う彼女も、誰かを気にしているかもしれない。今聞くのはいけないだろうが。


 そうして、何も頼まずに彼女は帰っていった。本当に気まぐれか、火坑に説教するためだったのか。


 だが少なくとも、火坑も少し前に進もうと思えたので、彼女の来訪は有り難かった。



「湖沼さんは南蛮漬けが好きだったな……」



 鱧はもうないが、鯵で作ろう。今日たまたま残った鯵があったので火坑は気分を入れ替えてから仕込みを始めた。


 その後、美兎からはきちんと返事があった。その内容は、『美味しいお料理楽しみにしています』とあったので火坑は自然と口端に笑みを浮かべてしまったのだ。

赤鬼編終了


次回から新章スタート‼️


金曜日にー

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